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銀髪の少年 「いいよ、アルトっ」 今にも駆け出しそうなアルトを制して、ルナがさっと立ち上がった。 「先生なら私が呼んでくるから、その子……ライト君を見てあげてて」 「そう? ありがとう、ルナ。それじゃあ頼むね」 「うん、わかった」 そう言って、ルナは建物の奥へと続く扉を開け、診察室から姿を消す。 アルトはそれを見届けてからライトの方に向き直り、笑みを浮かべながら口を開いた。 「……えーと、紹介が遅れたね。僕の名前はアルト。アルト・クリュッセル。この診療所で医師見習いをやってるんだ。それで、君は…………」 そういえば、アルトにはまだ自分の名前も伝えていなかった。 ライトは慌てて名を名乗る。 「え、えっと……ぼくの名前は来人、沢田来人って言うんだ……それで、あの……君が助けてくれたの?」 ライトの言葉を聞いて、アルトは突然笑い出した。 腹を抱えて笑い転げる姿は、その愛らしい容姿には似合わないように思える。 一見、利発そうに見えても、恐らくアルトはライトより年下なのだろう。年相応 の反応と考えれば違和感はないのだが、白衣を着て医師として話をしているアルトと、今笑い転げているアルトのギャップが激しすぎて何だが不思議な気分だ。 「あっはははははっ…………まさか、そんなわけないでしょ? 僕の体格で君の事を担げると思う? 助けたのは僕じゃないよ。君を拾ったのはカイルさ。よかったら、後からお礼を言ってやって」 確かに、ライトは背が大きいほうではなく、どちらかというと小柄だったが、アルトはそれよりも小柄な体格をしている。ライトを担ぐのは到底不可能だろ う。 そのカイルという奴がどんな奴かはわからないが、ライトを山から一人で担いで来たのならば、恐らく体格のいい大男に違いない。 「さてと、お互い自己紹介も済んだところで、それじゃあ、ライト……でいいよね? 君の服は汚れてたから、洗濯しちゃったんだ。下着はさっき買って来といたから、それでいいとして…………とりあえず、サイズの合いそうなやつを探してみ て」 アルトは再びカルテに目を向けながら、ベッドにぶちまけられている服の塊を指差してた。服の塊の使用用途は、ライトの着替えだったようだ。 ルナがアルトの代わりに『先生』とやらを呼びに行ったのも頷ける。恐らくルナは気を遣ってくれたのだろう。さすがに女の子の 前で着替えるのは気が引ける……というか正直恥ずかしい。 「うん、わかった…………あっ、それと……」 そういえば、首から下げていたペンダントと指輪はどうしたのだろうか。 胸の辺りを探るライトの動作に合点がいったのか、アルトはカルテを書きながら言葉を発した。 「指輪とペンダントなら、兄さんが預かってる。心配しなくていいよ」 「そう、よかった……」 吸い込まれる時に、指輪とペンダントが強く光ったのだ。 まるで、光の扉に呼応するかのように。 もしかすると、あれがなくては後々困ることになるかもしれ ない。 「問題は、サイズがあるかどうかだね……」 首筋を掻きながら、アルトがポツリと呟いた。 とりあえず下着だけを身につけると、ライトは作業を開始した。 服を掻き分けるが、なかなかサイズが丁度いいと思われるものが見当たらない。アルトの服とおぼしき物はサイズが小さすぎるし、かといって、アルト曰く 『兄さん』の、ルナ曰く『先生』のものとおぼしき服は逆にサイズが大きすぎるの だ。 「カイルのやつ借りてくればよかったな…」 アルトがぽつりと呟く。 「そういえば、そのカイルって……?」 ついさっき聞いた名だ。 たしか、ライトを診療所まで担いで連れてきてくれた人の名ではなかったか。だが、借りてくればよかったということは、カイルというのはライトと体格が同 じ、子供ということなのだろうか。 「うん。さっき言った通り、君を拾って運んできた奴で、そして僕の友達。背も少しカイルの方が大きいだろうけど、大体君と同じく らいだね…………まぁ、ちょっとバカだけど、いいやつだよ」 そう言ってアルトは笑った。いい笑顔だ。 アルトの言う通り、おそらくカイルはいいやつなのだろうとライトは思う。名前を口にするだけで、自然と笑みが零れるようなやつならば、そいつは決して 悪いやつではない。 その時ふと、ある人物のことがライトの心を過ぎった。 ――…………アキト。 あの後、アキトは大丈夫だったんだろうか…………。 それに父さん……母さんも……心配してるかな。 あの時、他に吸い込まれた人は……村中に須藤…………あいつらはどうなったんだろう。 そもそも、『くると』ってどこなんだろう。うやむやになって聞いてないけれど、ここがどこなのかはっきりしないと、これから何にも出来ないじゃないか。 「…………どうかした?」 気が付くと手が止まっていたらしい。 「ごめんッ、なんでもない」 そう言って手を動かすが、やはりサイズが合いそうな服は見つからない。一度他の事が気になってしまうと、どうにも作業に集中出来ないものだ。 気を紛らわすように、ライトは口を開いた。 「ごめん、服着たらでいいんだけど、電話貸して貰えるかな?」 「……デンワ?」 アルトは服を引っ掻き回す手を止めると、ライトのことをじっと見つめてくる。 なんだか嫌な予感がする。 ライトも手を止め、アルトの方に向き直った。 「デンワって……何?」 「えっ……何って…………知らない……の?」 「う、うん」 「……あ、あははは。な、なら、いいや……」 失望と不安を表に出さないようにしながら、ライトは服を探す作業に戻った。 電話を知らないなんて、一体、どこの田舎なのだろう。 とにかく、これで連絡する手段が一つだけ少なくなった。だが、電話がなくても最悪郵便くらいはある だろうし、どうしても電話が必要になれば電話が繋がっている街まで行けばいい話だ。 何の事はない、それだけの話なのに……この言い知れぬ心のざわめきは一体なんなのだろう。 どうも思考がマイナスになっている気がする。 今度こそ気を紛らわせるように、ライトはさらに口を開いた。 「……その……カイル……だっけ、ぼくを助けてくれた人。その人にも早く会って、お礼しないとね」 「すぐ会えるよ」 「えっ?」 「いつも、うちにご飯食べに来てるから。カイルは」 ライトの方に視線を向けながら、アルトは得意げに言葉を続けた。 「そ・れ・に……今日はお客さんがいるから、いつもより張り切って作ったからねっ! 豪華版だよ〜」 「お、お客さんって……」 「そりゃあ、もちろん君のこと!」 躊躇うことなくアルトは言い放った。 自分を元気付けようとする心遣いと、そのにこやかな笑顔。 ライトは何だかむずがゆいような気持ちになった。同時に、先ほどまで感じていた不安や焦りが、いつの間 にか収まっている。 どうやら、アルトに気を使わせてしまったようだ。そういえばルナにはお礼を言ったが、アルトにはまだお礼を言ってなかった気がする。 「…………ありがとう」 「はい、どういたしまして。でも、お礼なら食べてから言って。味にも自信ありだよ!」 「うん、わかった……」 こんな純粋な好意を受けたのは久しぶりだった。 自然と笑みが零れてくる。 アルトには気付かれないように顔を隠したしたつもりだったのだが、どうやら笑いが伝わってしまったようだ。 「……あ、何笑ってるの?」 「……ううん、なんでもない……はははっ」 「それ、笑い方がいやらしいよ」 「はははッ、何だよ。それ」 軽口を叩きながら服を掻き分ける。 出会ったばかりのアルトと打ち解けられたことが、ライトにはとてもうれしかった。 アルトはアルトで自分の台詞に少し照れているのか、やや乱暴に服の塊を引っ掻き回している。そうしておもむろに一枚の半袖のシャツを掴むと、ライトの眼 前にぐいっと押し付けてきた。 「ねぇ、これなんかサイズ合うんじゃない?」 差し出されたシャツを受け取り、ライトはマジマジとそれを眺めた。 薄黄色のシャツで触り心地もよく、ふんわりといい香りが漂ってくる。前面にボタンがつ いていて、胸ポケットもついてることから、下着の上から羽織るものなのだろう。 だがそれだけではない。 そのシャツを手にした瞬間から、どこか不思議な感覚を……何かに包み込まれるような感覚をライトは感じていた。 「試しに着てみたら?」 「うん、そうだね……よっと……」 そう言ってシャツに腕を通す。 サイズはやや余裕があって、下着の上に着るには丁度いい。着心地もよく、そして何だか……どこか、ひどく懐かしい感じがす る。 ――この感覚、どこかで……。 「どう? サイズのほうは」 「うん、ちょうどいいよ」 「そう、だったら……下はこれぐらいの大きさかな……?」 続いて、アルトはそのシャツと一緒に絡まっていた緑色のハーフパンツを差し出してきた。さっそく身につけてみると、これも履き心地がよくサイズも丁度よ い大きさだ。 そして、どこか……ひどく、懐かしい気がする。 「兄さんのタンスの奥の方で、封印魔法が掛かってたやつを持ってきたんだけど……うん、なんとか格好は付いたね」 封印魔法? アルトは当たり前の様に魔法という言葉を口にする。先ほどルナにしてもらったには、治癒魔法だとルナ自身が説明していた。 ――なんだか、ゲームの世界みたいだ。 そう考えた瞬間、ライトの心臓がドクンと大きく跳ねた。 ゲームの世界……そんなまさか。 頭では否定していても、心に浮かんだ疑念は消えない。 小さい頃に見たアニメや絵本では、自分と同じくらいの少年が不思議な世界で冒険する話が沢山あった。 最近やったゲームでも、主人公は異世界に召還され て、そこから物語が始まったはずだ。 ――まさか、ね……。 「だけど、かなり昔のデザインの服だし……なんで兄さんがこんなの持ってんだろ? 昔、自分が着てたやつなのかな…………まぁ、とてもよく似合ってるよ。少なくとも、パンツ一枚よりはマシだね」 「……それ、ほめてるの? けなしてるの?」 そんなライトの考えなど知る由もなく、アルトはしきりに自分の服に関する見立てを自画自賛している。 本当に大丈夫なのだろうか。 ライトは目線で鏡を探したが、生憎と見つからなかった。 2005年7月11日 掲載 |