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クルト村診療所 ……おかえり。 ――誰かの声がする。 ……ずっと、待ってたよ。 ――あなたは誰? 一体、誰を待っていたの? あなたは――――――― ・
ハト時計の声が聞こえる。 久々に聞いたその音に懐かしさを憶えながら、ライトはゆっくりと目を開いた。 やわらかいベッドの上に寝かされて、上から何枚も毛布がかけられている。それなのになぜか体がスースーと肌寒かった。それもそのはず、毛布を剥ぐとライ トは何も身に着けていなかったのだ。制服も、下着も、そして首からかけてあったペンダントと指輪もなくなっている。思わず起き上がって周りを見るが、どう やらここは自分の部屋ではないようだ。 ここはいったいどこだろうか。 起きたばかりでボーっとする頭を回転させ、自分の身に起きた事を振り返る。 ――たしか学校にいて、昼飯食べてて……それで……光の扉に、吸い込まれたんだ……。 あの光のことを思い出すと、体が震えてくる。 どうやら、死んではいないようだ。 だが、死んでないというのなら、一体ここはどこなのだろう。 どこか遠くに飛ばされてしまったのだろうか。 しっかりと毛布を体に巻きつけると体を起こし、ライトは部屋の中を見て回ることにした。 フローリングの床に、先ほどまでライト寝ていたがベッドが一つ置かれている。ベッドのすぐ側にある机の上には白衣が投げ捨てられていた。 ――なんか、病院の診察室みたいだな……。 心の中で言葉を発しながら、ライトは探索を続ける。 ベッドのすぐ横の机は、紙やら本やら人体の標本やらでいっぱいになっている。 その横の棚は、なにやらガラス瓶でいっぱいだ。 透明な液体だけでなく、赤や 青、緑色のどろどろとした液体が入ったビンもある。思わず手に取ってみたが、中で何かが動いた気がしたので、ライトはそっとビンを棚に戻した。 ベッドの上には窓があり、光が差し込んでいる。 窓から外を覗き込んで見ると、この建物は川沿いの土手に建てられているらしく、穏やかに流れる川を見ることが出来た。 空では太陽が明るく輝いて、川面がキラキラと光っている。 建物の内部に続いているらしい扉の上には立派な時計が飾られていて、 時刻は7時を少し回ったところを指していた。 先ほどのハトの声は、この時計の物だろう。 扉の横、机に近い壁際にはもう一つ棚が おいてあって、その棚は細かく仕切られてたくさんの書類らしきもので一杯だ。 手に取ってみると、どうやらカルテらしい。ちらりと覗いてみたのだが、アルファベットらしき文字が羅列していたが、その 内容を理解することは出来なかった。 どうやら部屋の中をただ歩き回っていても埒があかないようだ。だ が、かといって、この格好で外に出るわけにも行かない。 とりあえず誰かいないか探すことにして、ライトは建物の中に続くドアへと手をかけた。 その時、ノックの音がした。 それに続いて……「先生、いますかー?」という、ドアの外から女の子の声が聞こえてくる。 ……マズイ、この状況は非常にマズイ。 ライトの心が飛び跳ねた。 外には女の子、服を着ていない自分。この格好で人前には出られない。でも、だからといって、このまま無視するわけにもいかない気がする。 ――ど、どうしよう……。 そうやって迷っていたのがいけなかった。 「……先生? 開けますよー……?」 ドアがゆっくりと開く。 「うわッ!!」 ライトはベッドまで戻ろうと慌てて駆け出した。がしかし、焦ったせいで体に巻きつけた毛布を踏んづけてしまい、体が宙に投げ出される。 盛大な音を立てて、ライトは思いっきりずっこけた。 その反動で体に巻きつけていた毛布が剥がれ落ちる。 ――げっ……や、やばっ! ライトは素早く毛布を掴もうとする。だが、ライトが毛布を拾う前に、ドアのほうから何かが落ちる音がした。 恐る恐る振り向くと、ドアの所で立ち尽くしてる少女の姿が目に入る。 部屋のほうが暗いため、その顔をはっきりとは見ることが出来ないが、明らかに驚いているということだけはわかった。 それもそうだろう。 誰だってドアを開けて全裸の少年が倒れていたら、驚くに決まっている。恐らく、持っていたものを落としたのだろう。床に、黄色い果物が転がっていた。 さっきの音はそれに違いない。 ライトは慌てて毛布を掴むと、素早く体に羽織った。今度は転ばないようにしながらベッドに飛び込み、頭から毛布を被る。 「ゴメン! 決してぼくはその……怪しい者、じゃなくて……なんていうかその……好きで裸でいたわけでもなくて……あの……えっと……」 何を言ったらいいかわからない、頭がジンジンする。 そもそも勝手にドアを開けたのは向こうなのだから、こちらが謝らねばならない道理はない。だが、そんな事を考える余裕は今のライトにはなかった。 「だからその……えっと……とにかくゴメン……」 バタンと、ドアが閉まる音がした。 少女が出て行ったかと思ったが、そうではないらしい。 足音がベッドへと近づいてくる。 |