2 代償 ウィルとルナが校内に入ってから、ライトはたっぷり一分を数えた。
もういいだろう。 裏口のドアから、ライトは校内に侵入した。 校内は古い田舎の校舎といった佇まいだ。木張りの廊下が長々と続いている。 ライトはウィルの指示どおり、左へと真っすぐ進み、突き当たりの部屋に入った。 ウィルの話の通り、そこは職員室だ。いくつもの机が並び、その上には書類が散乱している。いつもは活気あるだろうこの場所も、今は誰もいなかった。 「えーっと……ドアのすぐ傍……」 目的の物はすぐに見つかった。 壁に斧が掛かっている。火災などのときに緊急で使うものなのだろう。 小振りで武器とは言えないようなものだが、贅沢は言えない。後はこれを持ち、廊下の反対側の突き当たり、上級生クラスに急がなく てはならない。 ライトは斧を掴むと、急いで廊下を引き返した。 あまり大きな町ではないからだろうか、学校といってもそれほど大きな建物ではない。 一階建てでL字になっており、長い廊下が続いている。仮に見張りがいたとすれば、一発で見つかってしまうに違いない。 廊下の突き当たり、L字の角の所で、ライトは向こうの様子を窺った。 打ち合せでは、ウィルとルナが見張りを倒し、廊下を確保することになっている。ライトが覗き込むと、上級クラスの前で中の様子を探っているウィルとルナ を確認することが出来た。 ウィルはライトの姿を認めると、手振りでそばに来るように指示する。ライトは音を立てないように慎重に近づいていった。 「ご めん、遅くなって……」 「いや、ベストタイミングだよ」 ウィルは小声で言う。 「思ったより敵の人数が少なかったから、作戦を建て直してたんだ。……といっても、キミの役割は変わらないから安心して」 ライトはコクリと頷いた。横に視線をずらすと、黒装束の兵士が倒れているのが見える。 「……あれ、死んでるの?」 「いや、動けないようにしただけ。……不安ならとどめをさしておく?」 「……いや、いいよ」 可愛い顔をして恐ろしいことを平気で言う。ライトはウィルが少し恐くなった。 「とりあえず、今日一日は確実に伸びたままだよ。急所を潰したから」 「きゅ、急所!?」 思わず股間を守ったライトに、ウィルは苦笑する。 「まぁ、代表的なのはそこだけど、他にも色々あるんだよ。こめかみや鳩尾、首や背中なんてのもそう。そこを潰せば、殺さずに敵を制することが出来るって わけ」 どこが『戦えない』だよ……。 ライトはそう思ったが、口には出さないでおいた。 口は災いの元、余計なことは言わない方がいい。 「よーし、じゃあ始めるよ。……中の敵は六人。人質は大体十人ちょと。この奇襲で相手を二人減らせれば成功、半分に出来たら大成功だ。いい、ムリは禁 物、いざとなったらすぐ逃げる、自分の身の安全が最優先だよ。わかった?」 ライトとルナが頷く。 「それじゃあ……」 ウィルが右手を差し出した。その上にルナ、ライトの手が重ねられる。 三人は目を合わせると、それぞれの持ち場に散った。 ・
ライトは二つある教室のドアのうち、前の方のドアへと張りついた。 後のドアに待機するウィルと目を合わせる。ウィルの合図で、ライトの役割はスタートするのだ。 心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。体全体が麻痺していくような感覚、自分が緊張していると言うことが嫌というほどわかる。 ウィルはこちらに向かって微笑むと、大きく頷いた。 次の瞬間、ウィルの右手が上下に大きく振られた、合図だ。ライトは思いっきってドアを開けた。 中には沢山の子供が教室の端の方に座らされている。下は幼稚園児位の女の子、上はライトと同じくらいの男の子もいた。二人ほど大人が混ざっているのは、 おそらく教員だろう。一人は年配の女性、もう一人は中年の男性だ。 教室中の視線が自分に集まっていくのを感じる。ライトは斧を構えると力の限り叫んだ。 「み、みみみ、みんなをははは、放せ!!」 (「出来るだけ慌てて、落ち着きなく言ってね」) ウィルの言葉通りに実行する、むしろ演技ではなく自然とそうなったと言うほうが正しいだろう。 ライトの言葉に黒装束は一瞬顔を見合わせた。 一番扉に近い所にいた兵士が、ライトに近づいてくる。 (「斧を構えてゆっくりと後ろに下がる。怯えた フリを忘れずにね。出来れば二人は連れ出してほしいんだけど、無理はしなくていいよ」) ライトは斧を構えたまま、一歩ずつ後ろに下がる。自慢じゃないが、 構えと足捌きだけは自信があるのだ。 ライトを捕まえようとした黒装束が、仲間の一人に目線を送った。仲間の黒装束が頷き、ライトの捕獲に加わる。ライトはゆっくり廊下に出ると、いきなり後 ろを向いて逃げ出した。 ライトを捕まえようとした二人は、慌てて追い掛けてくる。 計算通りだ。 ライトは二人が追い掛けてきたのを確認すると、いきなりその場に倒れこんだ。 黒装束の視線が下を向く。 その瞬間に、ウィルは扉の影から飛び出した。 反応が遅れた黒装束の一人に、全身の力を込めて掌底をたたき込む。 黒装束が吹き飛び、壁に当たって動かなくなった。 もう一人の黒装束が慌てて剣を抜く。 しかし、ウィルはそれを素早くかわすと、相手の背後に回り膝を思いっきり蹴りあげた。 バランスを崩して後ろに倒れる相手の後頭部に、今度は膝をたたき込む。黒装束は一瞬体を強ばらせたが、力が抜けたように崩れ落ちた。 それを見届ける様にして、今度は後のドアからルナが室内に突入する。 ウィルに気をとられている黒装束の一人の脇から、思いっきり槍を突き刺した。 鮮血が飛び、その光景を見た子供たちの悲鳴が教室を包む。 作戦は大成功だ。 残った敵は二人がウィル、一人がルナに向かい、ライトの事を気に掛けてはいない。 ライトは後ろのドアから教室内に侵入すると、教員らしき二人の男女に駆け寄った。 「立てますか?みんなを連れて逃げてください」 「……君は?」 「いいから、早く!」 ライトの言葉に、男ははっとしたように言う。 「マチルダ! 立てるかい?子供達を……」 「え、ええ。でも、ウィルとルナが……」 「あなた達が逃げないと、ウィルもルナも逃げれないんです!」 ライトの言葉に、二人はびくりと肩を震わせた。 「わ、わかりました。みんな、私とバロウズ先生についてきてください!クロード、あなたもよ、手伝って頂戴。 さぁ早く!」 女性教師は一番年上だと思われる男の子に、指示を与えている。 「マチルダ、私は最後に行く。先導は頼んだぞ」 「え、ええ、ジャッキー。……気をつけて」 「……君もな」 女性教師は小さい子供達を抱きかかえるようにして走っていった。 すぐ後ろを、子供達が続いていく。 「君はどうするんだ?」 一人の女の子を抱え上げながら、男はライトに尋ねた。 「あなた達が無事逃げてから……」 ライトが言い終わる前に、鈍い音が響いた。と同時に、足元に何かが突き刺さる。 「うわっ!」 思わず飛びのいたライトは、その正体を知って愕然とした。 見覚えのある物体、それは、ルナの槍だった。 慌ててルナに目をやると、武器を失い、徐々に壁際に追い込まれている。 迷っている時間はなかった ライトは床に刺さった槍を引き抜くと、そのまま黒装束に突進した。 槍は使い慣れていない。 迷った挙句、ライトは黒装束に全身の力を込めて体をぶつける。 予想外の衝撃だったのだろう。黒装束はその場に転倒した。 「ルナ!これ!!」 ライトは手を伸ばし、ルナに向かって槍を手渡す。 ルナは手を伸ばしかけたが、次の瞬間大きな声で叫んだ。 「避けて!」 えっ? 思わず振り向いた先には、黒装束がこちらを見下ろしていた。 何かが目の前を通り過ぎた、そう思った瞬間、体の力が抜けていた。 続けて、鋭い音が耳の中をすり抜けていく。 確か、一度聞いた音だ。 そうだ、師範が居合いの練士って言う人を連れて来た時、抜刀見せてもらったんだっけ……。 アキトなんか、居合いもやるとか言い出して、母さんに怒られてたっけな……。 あれ、目の前が真っ暗になるって、こういう…………。 ライトの意識は、そこで途絶えた。 ・ 《……何をそんなに急いでるんだい?》 耳の奥から聞こえる声に、ブレイズは眉を顰めた。 「……悪いが、無駄話をしている暇はない」 ただでさえ全力で走っているのだ。余計な労力は勘弁して欲しい。 《ひどいね、せっかく久々に話しをしてるってのにさ》 「どこがだ? 暇さえあればしゃしゃり出てくるくせに」 《うっ…………いいだろ? こっちは一人でどうしようもなく暇なんだからさ》 声の主は拗ねた様に言った。 「……で、何の用だ?」 《うん。大変そうだから手伝ってあげようかと思って》 「いらん」 ブレイズは一言で切り捨てた。 《なんでさ!?》 「あのな、今の俺にはそんな力は残ってねぇんだ。殺す気か、お前?」 声の主は長いため息をつく。 《天下のブレイズ・ロックともあろうお方が、この状況に気付かないとはね……》 「状況?」 《うん、ボクも気まぐれで言ってるわけじゃないんだよ。ただ、懐かしい顔に会えるかと思って、ね……》 口調は変わらないが、声の調子は落ちている。 「おい、まさか……懐かしいって……」 《うん、そのまさかだよ》 一瞬、空気が止まった。 ブレイズの表情からは、感情というものが抜け落ちてしまったかのようだった。 長い長い沈黙の後、ブレイズは空を見上げ、確かに笑みを零した。 《……っ》 声の主は思わず息を呑んだ。 ブレイズは息をゆっくり吐いて、呼吸を整える。 「…………そうか、なるほど。確かに、感じるな……」 《……だろ? 必要だよね? ボクの力……》 ブレイズは刀を抜くと、空に向かって掲げた。 「……いにしえの約束、今こそ果たすべき時なり。……我が前に姿を現せ……風界王オリエンス」 ブレイズの言葉と共に周囲から音が消えた。 鳥も、虫も、川のせせらぎでさえ、そこには存在しなかった。 やがて、小さな風の渦がブレイズの元へと集まってくる。 一本、また一本、渦は重なり大きな渦を作り上げていく。 小石を巻き上げ、水を巻き上げ、そこにあるもの全てを巻き上げるようにして、渦は巨大化していく。 やがて、それは大きな竜巻となった。 竜巻はうねる様にその身を震わすと、ブレイズに向かって覆いかぶさっていく。 ブレイズが竜巻に飲み込まれると同時に、辺りに閃光が飛び散った。 目を開けていられない程の光が辺りを包む。 光が止むとブレイズの姿は消え、そこには何事もなかったように川が流れていた。 |