第四話


キミの時間、ボクの時間


「止まって!」
 ウィルの言葉に、ライトとルナは足を止めた。

「うーん、マズイな、やっぱり侵入されてるね」
「えっ?」
 ライトは慌てて辺りを見回す。
 広場では村人達があちらこちらに走り回っている。子供の手を引っ張った母親が、ラ イトのすぐ傍を走り抜けていった。
「ど、どこ?」
「この辺りじゃないよ。どうやら別動隊がいたみたい……」
 目を瞑ったままウィルはじっと黙り込んでいる。
 何秒経っただろうか、ウィルはようやく口を開いた。

「……学校の方だ」
「うそ……」
 
 ルナは思わず走り出そうとした。
「待って!」
 ウィルがその手を掴む。
「ウィル、急がないとみんなが……」
「わかってる、だからこそだよ」
 ウィルの目は真剣だ。
「いい? 敵がどんな奴らかはわからないんだ。もし、相手がただの略奪者なら……みんなの事はあきらめるしかない」
「「ウィル!!」」
「だから聞いてって! でも、その可能性は薄い。なぜなら、ブレイズが仕掛けたトラップを突破してくるほどの、熟練された奴らだからだ。ただの山賊に突破 される ほど、あのトラップは甘くない」
 「うん……」
 「それでだ、ルナを出せって言ってることから、相手の狙いはおそらくルナ一人。だから真っ先に学校を押さえた。……はい、ここまではいい?」
 ルナとライトは黙って頷いた。
「このことから考えると、相手はルナのことを知らない、又は、性別しか知らないということになる。『聖者』じゃなく、『聖女』って指定してるからね。要 するに、 誰がルナかわからない以上、みんなには手を出せないってわけ。仮に、ルナの命が目的だとしても、無差別に子供を殺したりしたら騎士道に反するからね」
「なるほど……」
「で、解説はここまで。問題はどう対応するか、なんだけど……はい、三つ選択肢があります」
「みっつ?」
「そう、みっつ」
 ウィルは右手を突き出した。人差し指がパッと立てられる。

「一番、学校は後回しにして本隊を叩く」
「却下」
 ルナが素早く答えた。
 ウィルの中指か立てられ、立っている指が二本になる。

「二番、来た道を戻ってブレイズと合流する」
「でも、先生のことだから、もう村の入り口に向かってると思うよ」
「だよねぇ……」
 となると、選択肢は一つしか残ってない。
 ウィルが、しぶしぶながら薬指を立てた。立っている指は三本になる。

「……では三番、ボク達 だけでなんとかする」
「採用」
「……はぁ、やっぱりこうなるんだよね」
 ウィルが深くため息を吐いた。
 ウィルの行動を見るに、どうもルナに対して弱い気がする。
「でも、どうやって……」
 ライトの言葉に、ウィルは引きつった笑みを浮かべた。
「……まぁ、細かいことはおいおい決めていこう」
「えっ……」
 とても嫌 な予感がする。
 ライトには、ウィルが困っているときの態度が段々分かってきた。
「……うーんと……あれだっ!『その場に応じて、臨機応変に』ってやつ!」
「それって、無計画ってことじゃ……」
「うっ……」
 ウィルが言葉に 詰まる。頭を掻きながら、太陽を見上げた。
「……だってさぁ、どう考えても明らかに戦力が足りないんだよねー……」
「確かにそうだね……」
 その言葉にルナ が同意すろ。
 
 この時、ライトの体に悪寒が走った。
 嫌な予感がする。
 そして、今までの経験上、それが外れた例しはなかった。
 どうしても、ここに居てはいけな い気がする。
 二人の視線が宙を舞い、ライトの所で落ち着いた。

「……ライト」
「…………はい」
 ウィルが後から語ったことだが、この時のライトの表情は、今だに忘れ られないという。

 「キミ、武術の経験は?」



「……という作戦でいこう。ライト、いい?」
「無理」
 ライトの回答は素早かった。
 学校の校舎の壁に張りつくよ うにして、三人は小声で話し合っている。
 
「今更何言ってるのさっ。いい? 何もキミに戦えって言ってるわけじゃない、ほんの少しでいいんだ。それだけあれば、ボクとルナでなんとかする」
「だから、無理」
 決して二人と目を合わさないライトに、ウィルは軽くため息を吐く。
「ムリムリ言ってないでさ、武術の経験 あるんでしょ?」
「だから、武術じゃなくて剣道! 精神は武術でも実態はスポーツなんだよっ!」
「声が大きいって!」
 ライトは慌てて口を接ぐんだ。
「……だからキミは戦わなくて いいんだってば。ほんの少し、いや、一瞬でもいい。敵が気を逸らしてくれれば、それだけで勝ち目が出てくるんだよ」
「……」
「……やっぱりムリ?」
 
 当たり 前だ。
 大体、今日会ったばかりの人間にこんなことを頼む方が間違っている。
 親しい仲ならともかく、どうして……。
 そこまで考えて、ライトはハッとした。
 見 ず知らずという点では、村の人々もライトも同じだったはずだ。
 ……だが、村の人々は……ライトに対して真っすぐな好意を与えてくれた。
 ライトが泣き終えた 後に、ウィルは言っていた。
 
 幸運なんてホントは誰も信じてない。
 ただ、そう思っているだけで今日を暮らしていけるから、また明日も暮らしていけるから、だ から自分にそう言い聞かせているだけだ。

 (「だから、キミはあんまり気にしなくていいんだよ。久々にお客さんが来て、みんな嬉しいんだから……」)

 温かな好 意を与えてくれた村人達、ライトだってその好意には報いたい。
 だが、だからといって、怖いものは怖い。
 ウィルが持つ刄でさえ、ライトにとっては恐怖の対象 でしかなかった。

「……ゴメン、確かにそうだよね」
 ウィルがポツリと呟いた。
「……自分でも無理言ってると思う。キミにはこんなこと頼む義理もないってこ ともわかってる」
 違う、義理はある。
 もしカイルが拾ってくれなければ、ライトは確実に野たれ死んでいた。
 義理も恩もあるけど、怖い。
「……ボクね、今、とっても怖いんだ」
「えっ?」
 ライトはウィルの顔を凝視した。
 今までの行動を見ても、そんな様子は微塵も見えなかった。現に、今だって笑っている。
「……はっきり言って、あいつらの気配が怖い。まともにやったら死ぬんじゃないかって思う」
 ライトは初めて、ウィルの手が微かに震えていることに気が付いた。
 「ボクはカイルみたいに戦えないし、アルトみたいに魔術は使えない……いや、戦うことも、使うことも出来ない。だから、ボクは頭を使うしかないんだ」
 ウィ ルはライトの肩を掴んだ。

「危ない目に遭わせないとは言えない。でも、その分、ボクも代償は払うよ」
「……代償?」
「うん、ボクの残りの時間をキミにあげる」
  
「ウィル!それは……」
 ルナが初めて口を挟んだ。
「いや、最初からこう頼むべきだったんだ。誰かにもの頼むなら、こっちもそれなりの『義』を見せなくてはいけない……ライト、キミが元の世界に帰るまで、 ボクがキミの傍にい る。キミの帰る方法を探して、キミの身を守る。キミを独りぼっちにはしないよ。……だから、力を貸して。キミの協力が必要なんだ」

 ウィルの赤い目に引き込 まれるようにして、気が付くとライトは頷いていた。




  戻る
2006年2月5日更新