「アルト……」
「カイル、剣を拾ってこっちに来て。そっちの人も変な真 似はしないようにね」
　男に向かって微笑みながら、アルトは銃を構える。

「……その武器……銃……しかも、まさか連射式か？」
「へぇ、よく分かるね。これはねぇ、王国研究院の書庫に眠ってた 資料をやっと引っ張りだしてきたんだよ。……ということは、これが強力な武器になるって事は、当然わかるよね？」
「……我が国でも連射式銃の開発に成功した 者はいない。そなた、何者だ……？」
「僕？ 僕はアルト・クリュッセル。こう見えても王国研究員だよ」
「その若さでとは……おぬし、人ではないな……」
「ご 名答。一応エルフだよ」
　左手で長めの髪を掻き揚げて、アルトは男に尖った耳を見せた。
　話をしながらも、アルトは銃を構えたまま、決して男から目を離さない。男の方も、アルトの隙を窺っているようだった。
　
　カイルは剣を 拾うと、アルトの所まで一旦引いた。
「……邪魔すんなよ、アルト。一対一の勝負だったんだぞ」
「やられそうになってよく言うよ、馬鹿じゃないの？」
「なっ……だからバカバカ言うなっ！ 傷つくだろっ！！」
「うるさいっ、僕がどれだけ心配したと思ってんだ！ 何でいつもいつも無闇やたらに突っ込むんだよっ！ だから馬鹿なんだよっ」
「うっ……」
　カイルには返す言葉もなかった。
「だが、アルト殿。見ての通り、私とカイル殿は、互いの誇り をかけた真剣勝負の最中、邪魔をするというのは、いささか感心しませんな」
「そんなの知らないよ」
　ニッコリと笑いながら、アルトは銃を下ろした。
「僕は友 達が少ないんだ。友達を見捨てるくらいなら、僕はどんなに卑怯な手でも使うよ。一対一？ 真剣勝負？ バカじゃないの？ 僕には関係ないね」
　男の眉がピクリと揺 れる。
「生憎、僕はプライドなんかないからね、勝てばいいのさ」
　アルトは両手を前にかざすと、早口で言葉を唱える。
　アルトの手の先からバチバチと火花が上がった。

　「……スパーク」
　
　アルトが呟くと火花は一層激しい音を立てて、上空へと上がってゆく。
「くっ……ヤバい！ クロム！ みんな！ 僕の傍へ！！ 早く！！」
　少年が叫んだ。
「遅いよ……」
　アルトはそのまま力を解放する。
　辺りから音が消え去り、一瞬だけ静寂に包まれた。
　次の瞬間、空が黄金色に輝き、目を開けていられないほどの光が辺りを包んだ。
　
　空からいくつもの電撃が舞い降り、地面に突き刺さる。
　草が焼け、あちらこちらで火の手が上がった。
　焼け焦げたような臭いと黒煙が、辺りを薄っすらと包んでいる。
　
「やったのか……？」
「いや、しぶといね……」
　アルトはクスッと笑い声をあげた。
　半径５メートル程の大きさで、草の焼け焦げた跡がない場所がある。中心には、両手を前に突きだした少年の姿があった。
「魔法障壁……あの人、すごいね。たぶん、あの中じゃ一番でしょ？」
「ああ、たぶんな」
　少年の周りには、男と、数人の剣士が身を寄せ合うように して立っている。
　厄介だった弓隊は、アルトの電撃を受け全滅のようだ。
「まあ、弓は防いだし、よしとするか……」
　アルトは再び銃を掴む。
「追い払っちまえ ば俺たちの勝ち、だよな……」
　カイルも剣を構えた。
　無理する必要はない。
　最悪、ブレイズが来るまで保てばいいのだ。

「……君たちは下がっていて」
　今まで ずっと静観していた少年が、すっと剣を抜き放つ。少年の言葉に部下の剣士達は後ろに下がった。
「……済まない、クロム。僕の読みが甘かったよ」
「いえ、 閣下。私の力不足です」
　男も剣を抜くと、少年の横に並び立つ。
「……申し訳ない、君達を甘く見ていた。……今度は僕も相手をさせてもらう」
「真打ち登場だね」
「……アルト、そいつは任せた。俺はあいつと決着をつける」
　男を指差すカイルを見て、アルトはため息を吐く。
「……ご自由に」
「悪いっ」
　カイルは声を上げると、男に向かって走りだした。
　そ れを見届けると、アルトは少年と真正面から対峙する。

　アルトはエルフだ。
　そのため、相手の魔力の源、いわゆる『マナ』を見抜くのは得意である。
　アルトは黙ったまま、少年をじっと見つめる。
　身体中の穴という穴が、少年に向かって開かれていくような感覚だ。
　だが……、

「……あれ？」
　アルトは思わず声を上げた。
「……どうかした？」
　少年は笑いながらアルトを見つめている。
　おかしい……。
　アルトは目を疑った。
　少年のマナの動きがまったく読めない。
　優秀な魔術師ならば、ある程度は自分のマナの特性を隠すこと出来る。
　だが、完全に消し去ることは不可能だ。もし、マナの動きがないということならば、死体になってしまう。
「……来ないの？ なら、こっちから行くよっ！」
　少年が走りだした。
　一瞬でアルトの傍まで近づくと、袈裟に剣を振り抜いてくる。
　速いっ！
　アルトは銃身で剣を受けとめた。
　銃は接近戦には不利だ。アルトは左手に力を込めると、風の玉を作りだす。
　ブレイズが教えてくれた術で、非常に威力が強い。
　
「……吹き飛べっ」
　
　アルトの言葉と共に、爆発したように風が吹き荒れた。
「うわっ……」
　直撃を受け、小柄な少年が吹き飛ぶ。
　吹き飛んだ少年は空中で身体を捻ると、そのまま反転させ、ゆっくりと着地した。その態勢のまま、アルトをじっと見つめる。
　やがて、少年の口から言葉が零れ出た。
「……なぜ君が……今の術を……？」
「なぜって……教わったからに決まってるでしょ？」
「……誰に？」
　少年はじっとアルトを見つめている。
「誰って、うちの兄さん……って、それじゃあわかんないか……診療所のブレイズって医者だよ」
「……ブレイズ、だって……？」
　少年の顔色が変わった。
　下を向いて目を瞑り、じっと黙り込んでいる。
「まさか……そんな……うそだろ……」
　少年の目には既に何も映ってないようだった。

　「……最悪だ」
　やがて少年がポツリと呟いた。