戦いの狭間


 ライトの前をウィルが走っている。
 広場を川の方に向かえば、診療所はすぐそこだった。

「あっ」
 前を行くウィルが声を上げた。
 見ると、向こうからアルトが歩いてくる。
「……あれ、ウィルにライト。二人ともそんなに急いで……」
「アルトっ、ブレイズは!?」
「えっ、兄さん?」
 アルトは面食らったような顔をする。
「ルナと家にいるけど、どうしたの?」
「大変なんだよっ、村が襲われてるっ!」
「えっ……」
 ウィルの言葉に、アルトの目が光った。
「カイルが今時間を稼いでるっ! アルトっ、銃は……?」
「大丈夫、もってる」
 アルトは懐からスライドの長い銃を取り出した。映画で見たことがある、確かリボルバーと言うはずだ。
「ボクの武器はっ?」
「僕の研究室に置いてある。僕はこれからカイルの援護に行くから、二人は早く兄さんを……」
「わかったっ」
 二人は頷き合うと、再び走りだした。
 
 診療所の前まで来ると、ウィルは突き破る様にして中に飛び込んだ。
「ブレイズっ!」
「な、ど、どうした?何かあったのか?」
 白衣を着たブレイズと、その横に立っているルナが、びっくりしたようにこちらを見つめている。
「村が襲われてる! 入り口のトコっ! 早く来てっ!」
 とたんに、ブレイズの顔色が変わった。
「ルナっ!」
「は、はい……」
「お前はここから出るな! ライト君、君もだ。いいか、この家の中にいれば安全だ。騒ぎが落ち着くまで、二人で待っていろ!」
 ブレイズはそう言い残すと、二階に駆け上がった。ウィルもそれに続く。
 上から何かを引っ繰り返すような音が聞こえてきた。
 音が止み、すぐに二人が階段を駈け下りてくる。
 ブレイズの手にはTVの時代劇で見たことがある、細身の長刀が。アルトの両手には、二本の剣が握られていた。
 そのまま玄関のドアを開けようとして、ブレイズはぴたりと動きを止める。
「来てるな……」
「うん、橋の方だね」
 二人は目を合わせると、ゆっくりとドアを開いた。
 二人とも、先ほど迄とは顔つきがまったく違っていた。以前、テレビで人命救助に向かう兵士の姿を見たことがあったが、それに似通ったものを感じる。
 ライトはともかくルナの傍にいようと辺りを見回したが、ルナの姿は見えなかった。
 
「あれっ?」
 
 続いて階段を駈け下りてくる音が聞こえる。見ると、ルナが自分の身長よりも大きな槍を持って立っていた。
「ちょっとルナっ、隠れてないと……」
「無理だよ。だって、たぶん狙いは私でしょ?」
 ルナの黒髪が輝いて見えた。
「みんな戦ってるのに、私だけ逃げらんないよ」
 ルナはにっこりと微笑むと、ドアを開けて外に出ていく。
「…………あーっ!もう……」
 
 こうなれば自分だけ隠れているわけにも行かない。
 ライトは思いっきり息を吸い込むと、勢い良くドアを開けた。



「あーっ、ライトまで出てきてどうするのさっ!」
 扉を開けるや否や、ウィルの怒鳴り声が聞こえた。
 
「隠れてろって言ったでしょ!?」
「だって、女の子が飛び出したのに一人だけ隠れてられるっ?」
「そーゆー問題じゃ……」

 爆発音が響いた。
 
 耳を劈くような音が周囲にこだまし、白煙が辺りを漂っている。
 橋の方を見ると、ブレイズが十人くらいの黒装束の一団に囲まれているのが見えた。
「あーもー、しょーがない。ルナっ、ライトっ、行くよっ」
 ウィルは橋とは反対方向に、元来た道を戻り始めた。
「ウィル!ブレイズさんを助けなくていいの!?」
「必要ないよっ」
 ライトの言葉に、ウィルはすぐに答える。
 
 「ブレイズなら心配ない。むしろ、ボク達が居ちゃ足手まといになる!」

                                   ・

「お前ら、どこの者だ?」
 黒装束の一団は沈黙したまま答えない。
 
 数は十五人以上いるだろうか。
 囲まれてしまっては、さすがに分が悪かった。
 動きを見るかぎり、かなり鍛えられているようだ。ただの異教徒の一団とは思えない。
 しょうがないな……。
 ブレイズは軽くため息を吐いた。
 本当はあまり魔術を使いたくはないのだが、子供達が心配だ。
「……さすがに、十五人以上を同時に相手するのは難しい。少し減ってもらおうか……」
 ブレイズはそう言うと、右手を前に突きだした。
 早口で何事かを呟く。
 まさか魔術を使えるとは思わなかったのだろう。黒装束が一斉に飛び掛かってきた。
 ブレイズの右手に、風の渦が集まっていく。

 「……吹き飛べ」
 
 ブレイズが力を解放する。
 右手の先の空気が歪み、次の瞬間、前方に大きく弾け飛んだ。正面と側面から向かってきた黒装束が吹き飛び、木に当たって鈍い音を上げる。
 前方と側面は潰した、後は後ろから向かってくる者達だけだ。
 ブレイズはすぐさま振り向くと、刀の柄を掴んだ。

「……居合い」

 後ろから向かってきていた一団に向かって刀を一振りする。
 一瞬にして、激しい剣圧が黒装束を突き抜けていった。
 突風かと思われるような風が通り過ぎ、黒装束は呆気にとられたようにその場に立ち尽くす。
 だが、

「…がっ……はっ……」

 ブレイズの一番近くにいた黒装束が、突如声を上げた。
 胸を掴み、フラフラと二、三歩歩いたかと思うと、ゆっくりとその場に倒れこむ。
 続いて、次々と黒装束が順番 に倒れていく。
 もう、そこに立っているのはブレイズだけだった。
「さて、急がなくてはな……」
 思わぬ時間を食ってしまった。
 カイルならば死にはしてないだろうが、 長引くと万が一ということもある。
 ここからなら、川沿いを下ったほうが早い。
 ブレイズは刀を鞘に収めると、村の入り口に向かって走り始めた。




 
「そりゃっ」
 迫ってくる剣をギリギリでかわすと、カイル はすぐさまケリを入れた。
 相手が吹き飛び、ようやく動かなくなる。
 敵の数も大分減ったが、まだ半分以上が残っていた。

「くっ……」
 休む間もなく降り注ぐ矢を避けな がら、カイルは剣を振るう。
 敵は思いの外強く、一度吹き飛ばしたくらいじゃ動きは止められなかった。
「……引け」
 敵の将らしき男の声で、敵兵が一斉に引いて いく。空を覆うかに見えた矢も飛んでこなくなった。
 カイルは男をじっと見つめる。
「クロスフォード……と言ったか?」
「カイル、で構わない」
 男はカイルをじっと見つめる。
「……どうやら、とんだ失礼をしたようだ。私はクロム・ベルセルブ、ハイエル王国副将軍だ。……カイル殿、今一度、手合せを願う」
 
 男はそう言うと、剣を納めた。右手を胸に当て、騎士の礼をする。
 カイルも剣を納めると、答礼を返した。

「よろしいですね、閣下」
「構わないよ、クロム。好きに戦って」
 男の上官とおぼしき少年が、笑いながら言う。
 男と少年、この二人だけは他の敵とは空気が違っていた。
 カイルはゆっくりと前に進み出る。
 男と真正面に向き合うと、カイルは刀の柄に手を掛けた。
 男は剣を抜くと、走りながらこちらに向かってくる。カイルは柄を掴んだまま、ギリギリまで男を引き付ける。
 
 ここだ!
 カイルの剣が引き抜かれた。衝撃が腕に伝わる。
 斬ったっ!
 そう思っ たときにはもう遅かった。

 剣は、男の剣によって受けとめられていた。
 男は剣を返すと、素早くカイルの剣を凪ぎ払った。

 鈍い音がして、カイルの剣が宙に 舞う。
 ヤバいっ!
 一旦男との距離を取ろうとケリを入れようとするが、男のほうが速かった。
 上に目をやると、すでに剣がカイルに向かって振り下ろされている。

  斬られる……。
 カイルはとっさに右手で顔を庇った。
 
 だが、次の瞬間。

 鈍い音がして男の剣が弾き飛んだ。
 何が起きたのだろう、おそるおそる、カイルはゆっくりと後ろを振り向く。

 「……カイ ルはやらせないよ」
 そこには、銃を構えたアルトが、にっこりと笑いながら立っていた。



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2006年1月25日更新