第三話 1 招かれざる来訪者 「ったく、こんなに買って何に使うんだよ……」
大きな荷物を抱えながら、カイルは呟いた。 いくら鍛えているとはいえ、カイルはそれほど大柄ではない。大量の荷物を担ぐのは楽ではなかった。 それでもカイルが黙って買い出しをするのは、ひとえにアルトの料理が旨いからである。 『働かざる者食うべからず』 これがクルト村診療所の掟であり、患者と客人以外は容赦なく適用されるのだった。 村は活気で溢れている、こんなに明るい村を見たのは久しぶりだ。 あの『異界人』のライトという少年。 彼が来たことが、ルナの旅への加護、さらに、ルナが本当の聖女になり、国の復興の礎になる予兆だ、そんな話があちら こちらから聞こえてくる。 ここ数年のカイゼル王国内の混乱。 そんな中、この世の全てに平定をもたらすと言われている聖女。その元にかつての英雄・アイズと同じ異界人が来たとなれば、浮かれる気持ちもわかる。 だが、カイルには正直あまりピンとこなかった。 カイルにとってルナは、幼なじみの女の子であり、ずっと一緒に過ごしてきた友達だ。 ライトに関しても、山で拾った行き倒れの旅人であり、カイルにとってはそれ以上でもそれ以下でもない。 彼ら二人が国を救うと言われても、なかなか納得できるものではなかった。 「よぉカイル」 考え込みながら歩いていると、いきなり声をかけられた。見ると、やきとり屋の親父だ。どうやら、屋台の準備をしているらしい。 クルト名物といえば、山のクルトの実、海のハマチ、そして陸のニワトリ、そう相場が決まっている。 牛や豚なら、『丘の町・ミジアス』が有名だが、気候の関係なのか、ニワトリはクルトのものが一番だとされているのだ。 「そんなに荷物担いで、アルト先生の買い出しかい?」 「ああ、張り切ってるぜ。あいつ」 「そうか……みんな、アルト先生の料理を楽しみにしてるからなぁ……」 アルトが国の研究員になってから、村の者はアルトの事を親しみを込めて先生と呼ぶようになった。 幼馴染が先生と呼ばれるのは、何だかむずがゆい。 親父は喋りながらやきとりを焼いている。 その手つきは手慣れたもので、表面がカリカリで香ばしい香りが鼻を擽り、見ているだけでよだれが出てきそうだ。 「ほらよ、カイル」 親父はやきとりに太い串を刺すと、カイルに差し出した。 「えっ、くれんの?」 「おう、あの異界人の子供、拾ったのお前なんだろ? それの褒美だ。お前さんの行動は、ジャンボやきとり一個くらいの価値はある」 「へへっ、サンキューッ」 言うや否や、カイルはやきとりにむしゃぶりつく。そんなカイルを見て、親父さんは笑いながら目を細めた。 「なぁ、親父さん」 やきとりを頬張りながら、カイルは尋ねる。 「親父さんも思ってるのか?」 「なにを?」 「あいつ……ライトが落ちてきて、それがルナの旅の成功の証だとか……」 「ああ、その話か……」 親父はまたやきとりを焼き始める。 「思ってるぜ、なにせ伝説の通りだもんなぁ……」 「そりゃそうだけど、そのアイズの伝説だって眉唾もんだろ?大体、ただの異界人をいくら英雄だからって神様に祭るか?」 「それだけ力があったんだろうよ。圧倒的な力ってやつが、な」 親父はやきとりをひっくり反す。芳ばしい香りが周囲に広がった。 「……それに騒いでるのは異界人だから、っていうだけじゃない。この村に落ちてきたから騒いでるんだろ?」 「まぁ、そうだけど……」 カイルは頭を掻く。 初代国王ラファエルと英雄アイズ。 後に親友となる二人は、この村で出会った。 「……まぁ、信じたいんだろうさ」 親父がポツリと呟く。 「幸運とか、吉兆とか、そんなもん本当は誰も信じちゃいねぇよ。あの子を見たが、ただの少年だ。いい子だったけどな……」 親父が下を向く。 「六年前の事件で前王が亡くなってから、国は荒れ放題。あの時の繁栄が嘘のようだ。明るい話題でもなけりゃやってらんねぇだろ?」 「そりゃそうだけど……」 まだ不満げに話すカイルを見て、親父は笑いだした。 「でも、ここはまだ良いほうだぜ。大陸の端だからめったに人は来ないし、ブレイズ先生がいるおかげで平和そのものだ。他の街の有様に比べたら、ここは天 国だな」 親父の言葉にカイルは素早く反応した。 「ってことは、ルナは旅に出たら、ずっとこんな扱いを受け続けんのか?助けてくれ、救ってくれって……」 「たぶんな、救いを求める声は強くなるぞ」 「ルナ、すげぇプレッシャーだよな……」 「ああ、そうだな……」 二人の間を沈黙が包む。 ルナが聖女の候補になった時、カイルは自分の事のように嬉しかった。 ルナも嬉しそうに笑っていた。 でも、本当にそれは嬉しいことだったのだろうか、本当に喜ばしいことだったのだろうか。 皆の期待を一身に背負い、人々を救う存在である聖女。 ここ最近、カイゼルから聖者、聖女は出ていない。ルナにかかる期待は、相当なものになる。 少しでも、ルナの負担を軽くする方法はないだろうか……。 だが、カイルにそれ以上の思考は許されなかった。 突如、大きな音か村中に響き渡った。 大地を揺らすような轟音、振動が足に伝わってくる。 「なっ、なんだ!?」 「村の入り口みてぇだな…」 親父がポツリと呟いた。 その声に合わせるように、村の入り口の方向から男が一人走ってくる。どうやら守備隊の一人らしい。 「誰か、ブレイズ先生を知らないか!!?」 男が大きな声で叫んだ。かなり動揺しているのか、声が上ずっている。 「どうしたんだよ!?」 カイルが慌てて駆け寄った。 「カイルか!よかった、すぐに来てくれ!!」 「……って、いったい何があったんだよ?」 「侵入者だ!」 男は興奮したまま、早口でまくしたてる。 「村の入り口に武装した連中が現れて、聖女を出せと喚いてるんだ!今はルナの護衛の奴らが戦ってるけど、保ちそうにない!!」 「なっ……!?」 「異教徒の連中か……」 親父が唇を噛む。 聖女にとって、異教徒は一番危険な存在だ。 すぐにブレイズに知らせる必要があったが、村への侵入を許しては元も子もない。 カイルは必死で辺りを見回す。すると協会の通りからウィルが駈けてくるのが見えた。後ろからライトもついてきている。 「カイル! 何があったの?」 開口一番、ウィルが叫んだ。 「侵入者だっ! ルナが危ない!」 「まさか……異教徒?」 「まだわかんねぇ。オレはなんとか食い止めるから、お前は師匠を連れてきてくれ!」 「了解っ! ライト、行くよっ」 「うんっ。でも、カイル。一人で大丈夫なの?」 ライトが心配そうに尋ねた。 「ああ、伊達に修業はしてねぇよ。まかせとけって!」 カイルはそう言うと、すぐさま駆け出そうとする。 それをウィルが腕を掴んで引き止めた。 「……ホントに気を付けてよ、カイル。どんな奴らかもわかんないんだから。いつもみたく、フェイントに引っ掛かんないようにね」 「……ああ、お前こそ、出来るだけ早く頼むぜ」 「了解っ!」 ウィルとライトが走りだすのを確認して、カイルは村の入り口に急いだ。 |