第三話


招かれざる来訪者


 「ったく、こんなに買って何に使うんだよ……」
 大きな荷物を抱えながら、カイルは呟いた。
 
 いくら鍛えているとはいえ、カイルはそれほど大柄ではない。大量の荷物を担ぐのは楽ではなかった。
 それでもカイルが黙って買い出しをするのは、ひとえにアルトの料理が旨いからである。

 『働かざる者食うべからず』
 
 これがクルト村診療所の掟であり、患者と客人以外は容赦なく適用されるのだった。
 村は活気で溢れている、こんなに明るい村を見たのは久しぶりだ。
 あの『異界人』のライトという少年。
 彼が来たことが、ルナの旅への加護、さらに、ルナが本当の聖女になり、国の復興の礎になる予兆だ、そんな話があちら こちらから聞こえてくる。
 ここ数年のカイゼル王国内の混乱。
 そんな中、この世の全てに平定をもたらすと言われている聖女。その元にかつての英雄・アイズと同じ異界人が来たとなれば、浮かれる気持ちもわかる。
 だが、カイルには正直あまりピンとこなかった。
 カイルにとってルナは、幼なじみの女の子であり、ずっと一緒に過ごしてきた友達だ。
 ライトに関しても、山で拾った行き倒れの旅人であり、カイルにとってはそれ以上でもそれ以下でもない。
 彼ら二人が国を救うと言われても、なかなか納得できるものではなかった。

「よぉカイル」
 考え込みながら歩いていると、いきなり声をかけられた。見ると、やきとり屋の親父だ。どうやら、屋台の準備をしているらしい。
 クルト名物といえば、山のクルトの実、海のハマチ、そして陸のニワトリ、そう相場が決まっている。
 牛や豚なら、『丘の町・ミジアス』が有名だが、気候の関係なのか、ニワトリはクルトのものが一番だとされているのだ。

「そんなに荷物担いで、アルト先生の買い出しかい?」
「ああ、張り切ってるぜ。あいつ」
「そうか……みんな、アルト先生の料理を楽しみにしてるからなぁ……」
 
 アルトが国の研究員になってから、村の者はアルトの事を親しみを込めて先生と呼ぶようになった。
 幼馴染が先生と呼ばれるのは、何だかむずがゆい。
  
 親父は喋りながらやきとりを焼いている。
 その手つきは手慣れたもので、表面がカリカリで香ばしい香りが鼻を擽り、見ているだけでよだれが出てきそうだ。
「ほらよ、カイル」
 親父はやきとりに太い串を刺すと、カイルに差し出した。
「えっ、くれんの?」
「おう、あの異界人の子供、拾ったのお前なんだろ? それの褒美だ。お前さんの行動は、ジャンボやきとり一個くらいの価値はある」
「へへっ、サンキューッ」
 言うや否や、カイルはやきとりにむしゃぶりつく。そんなカイルを見て、親父さんは笑いながら目を細めた。
「なぁ、親父さん」
 やきとりを頬張りながら、カイルは尋ねる。
「親父さんも思ってるのか?」
「なにを?」
「あいつ……ライトが落ちてきて、それがルナの旅の成功の証だとか……」
「ああ、その話か……」
 親父はまたやきとりを焼き始める。
「思ってるぜ、なにせ伝説の通りだもんなぁ……」
「そりゃそうだけど、そのアイズの伝説だって眉唾もんだろ?大体、ただの異界人をいくら英雄だからって神様に祭るか?」
「それだけ力があったんだろうよ。圧倒的な力ってやつが、な」
 親父はやきとりをひっくり反す。芳ばしい香りが周囲に広がった。
「……それに騒いでるのは異界人だから、っていうだけじゃない。この村に落ちてきたから騒いでるんだろ?」
「まぁ、そうだけど……」
 カイルは頭を掻く。
 
 初代国王ラファエルと英雄アイズ。
 後に親友となる二人は、この村で出会った。

「……まぁ、信じたいんだろうさ」
 親父がポツリと呟く。
「幸運とか、吉兆とか、そんなもん本当は誰も信じちゃいねぇよ。あの子を見たが、ただの少年だ。いい子だったけどな……」
 親父が下を向く。
「六年前の事件で前王が亡くなってから、国は荒れ放題。あの時の繁栄が嘘のようだ。明るい話題でもなけりゃやってらんねぇだろ?」
「そりゃそうだけど……」
 まだ不満げに話すカイルを見て、親父は笑いだした。
「でも、ここはまだ良いほうだぜ。大陸の端だからめったに人は来ないし、ブレイズ先生がいるおかげで平和そのものだ。他の街の有様に比べたら、ここは天 国だな」
 親父の言葉にカイルは素早く反応した。
「ってことは、ルナは旅に出たら、ずっとこんな扱いを受け続けんのか?助けてくれ、救ってくれって……」
「たぶんな、救いを求める声は強くなるぞ」
「ルナ、すげぇプレッシャーだよな……」
「ああ、そうだな……」
 二人の間を沈黙が包む。

 ルナが聖女の候補になった時、カイルは自分の事のように嬉しかった。
 ルナも嬉しそうに笑っていた。
 でも、本当にそれは嬉しいことだったのだろうか、本当に喜ばしいことだったのだろうか。

 皆の期待を一身に背負い、人々を救う存在である聖女。
 ここ最近、カイゼルから聖者、聖女は出ていない。ルナにかかる期待は、相当なものになる。
 少しでも、ルナの負担を軽くする方法はないだろうか……。
 だが、カイルにそれ以上の思考は許されなかった。

 突如、大きな音か村中に響き渡った。
 
 大地を揺らすような轟音、振動が足に伝わってくる。
「なっ、なんだ!?」
「村の入り口みてぇだな…」
 親父がポツリと呟いた。
 その声に合わせるように、村の入り口の方向から男が一人走ってくる。どうやら守備隊の一人らしい。
「誰か、ブレイズ先生を知らないか!!?」
 男が大きな声で叫んだ。かなり動揺しているのか、声が上ずっている。
「どうしたんだよ!?」
 カイルが慌てて駆け寄った。
「カイルか!よかった、すぐに来てくれ!!」
「……って、いったい何があったんだよ?」
「侵入者だ!」
 男は興奮したまま、早口でまくしたてる。
「村の入り口に武装した連中が現れて、聖女を出せと喚いてるんだ!今はルナの護衛の奴らが戦ってるけど、保ちそうにない!!」
「なっ……!?」
「異教徒の連中か……」
 親父が唇を噛む。
 聖女にとって、異教徒は一番危険な存在だ。
 すぐにブレイズに知らせる必要があったが、村への侵入を許しては元も子もない。
 カイルは必死で辺りを見回す。すると協会の通りからウィルが駈けてくるのが見えた。後ろからライトもついてきている。

「カイル! 何があったの?」
 開口一番、ウィルが叫んだ。
「侵入者だっ! ルナが危ない!」
「まさか……異教徒?」
「まだわかんねぇ。オレはなんとか食い止めるから、お前は師匠を連れてきてくれ!」
「了解っ! ライト、行くよっ」
「うんっ。でも、カイル。一人で大丈夫なの?」
 ライトが心配そうに尋ねた。
「ああ、伊達に修業はしてねぇよ。まかせとけって!」
 カイルはそう言うと、すぐさま駆け出そうとする。
 それをウィルが腕を掴んで引き止めた。
「……ホントに気を付けてよ、カイル。どんな奴らかもわかんないんだから。いつもみたく、フェイントに引っ掛かんないようにね」
「……ああ、お前こそ、出来るだけ早く頼むぜ」
「了解っ!」
 
 ウィルとライトが走りだすのを確認して、カイルは村の入り口に急いだ。 

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2005年11月23日更新