4 海の向こうの国 「…なるほど、『異界人』ですか……」
クルト村村長であり、クルト地方の村々の領主であるバキンズ・クルト・ホープフルは、ブレイズの言葉に驚いたような声を上げた。 「ええ、それでルナの旅に同行させる許可を戴きたいのです」 ブレイズの言葉に、バキンズは笑いながら言う。 「ブレイズ殿の言うことならば、私はとやかく口を挟むことは出来ません。ルナ、どうかね?その少年、旅の邪魔にはならないかね?」 「はい、護衛の方もいてくれますし……それに、話し相手がいてくれたほうが、私も楽しいですから」 ルナの言葉にバキンズは愉快そうに声を上げる。 「そうかそうか、ルナもそんな年頃になったか……」 「お、お父さん!」 焦るルナを見て笑いながら、ブレイズが話を続ける。 「それで、護衛の人数は……」 「ギルドからA、Bランクの騎士を中心に十人。教会からは神兵を十人付けて頂く予定です。おそらくもう広場に集まっているか と……。最近は他教徒の動きも活発になっているとの話も聞いておりますから、出来るだけ人数も多めに、と思いまして。本来ならブレイズ殿、あなたにも同 行して頂きたかったのですが……」 「……バキンズ殿、私が同行出来ない理由は、あなたがよく知っていると思いますが……」 ブレイズの言葉にバキンズはブルリと肩を震わせる。 「い、いえ、決して今更蒸し返すつもりは毛頭ありませんっ、お気を悪くなされませんよう……」 ブレイズはにっこりと笑みを浮かべた。 「それではバキンズ殿。少年の件、よろしく頼みます」 ・
「閣下、まもなく到着です」 男の報告に、少年は書類から目を上げた。
「ご苦労さま、……兵の様子はどう?」 少年の言葉に、部下の男は苦笑を浮かべる。 「口には出しませんが、やはり不安なようです。いくら精鋭といっても、他大陸への侵攻は初めての者ばかりですから……」 「うん。その点では、僕も君も同じだよ。誰でも未知の経験というのは、不安なものだからね」 にっこり笑う少年を見て、 男は疲れたようにため息を吐いた。 窓の外に目をやると、漆黒の海が広がる。 先程までは星が見えていたのだが、今は雲に隠れていた。 「閣下のその顔を見ると、やっぱり力が抜けますよ」 「いい加減慣れてよ、付き合い長いんだし」 少年の言葉に、男は懐かしむように視線を泳がせる。 「もう、何年になりますかね……」 「そうだね……」 二人の間を静寂が包まれた。 「……君には感謝してるよ。そんな体にして、散々背負わせて、それでもついてきてくれる。……ありがとう」 少年はすっと目線を下げた。その様子を見た男は、軽く声を潜める。 「……今回の作戦、疑問がおありなんですね?」 「うん、いろいろね。確かに、今まで僕達はトルティーヤに対して敵対してき た。過去の事を考えれば、仕方ないところもある。でも、今更になって……」 「四大国の一つ、カイゼル王室の占領。それに、聖者、聖女の暗殺、ですか……」 「うん、あいつ が……王が何を考えているのかはわからない。とりあえず、時間の猶予を得るためにも、聖女の暗殺だけは行って、後は……」 「戦争だけは回避する、ですか……」 「……戦争になれば、何百という生き物が死ぬんだ。数十人の犠牲で済むなら……」 「その顔は納得しているようには見えませんが?」 ズケズケと言う男を見て、少年は眉をひそめる。 「僕には僕の目的があるの! 大体さっきから最後のセリフを取るな!!」 頬を膨らませて怒る少年に、男は軽く笑みをこぼす。 「ちょっとした意地悪ですから、気にしないで ください」 「意地悪ぅ?」 「はい、私に嘘をついている仕返しです」 男は口元に笑みを残しているが、目は笑っていない。 そのまま少年に問い掛ける。 「……この 船、兵の数にしては大き過ぎますね。本来なら、もう少し小回りの効いて、速度が出る船を使うはずですが……」 「……僕が大きい船に乗りたかったんだよ」 男は呆 れたように眉を潜める。 「閣下、自分の歳を考えてください。そんな理由、誰も信じません」 少年はむすっと黙り込んだ。 「……次に食料です。あの量があれば、 半年以上保ちますよね?」 「……ま、万が一に備えたんだ……」 「現地調達分を考えれば絶対余りますよ。文明のない未開の地に行くわけじゃあるまいし」 「……そ、 遭難したらどうする?」 「閣下、この船の構造を理解していますか?この船は『異界人』の技術を使って、最新鋭の航行システムがついているんです。現に夜間 でもこのように航行できます。漂流したってすぐに友軍艦が来ますよ」 「それは……」 畳み掛けるように男は言う。 「最後は船底倉庫です。どうして戦いに行くのに、大量のベッドを入れて、おまけ に鍵を付け直す必要があるんです?」 「……」 少年が男を大きな瞳で見上げてくる。 ヤバい、泣きそうだ。 少年の目がうるうるしている。調子に乗って少々いじ め過ぎたらしい。 男はこの顔が苦手だった。 不死将軍と呼ばれ、敵からより味方に恐れられるこの少年に仕えたのは、いったいどれ程前のことだろう。長い年月 を共に過ごすうちに、そんなことも忘れてしまった気がする。 「……すみません、貴方が私を信頼していないみたいで、ちょっと怒っただけですから」 「信頼して ないなんて……だだ、巻き込みたくなかったから……」 「巻き込んでください。何の為に副官の私がいるのですか?」 「ごめん……」 下を向いた少年の頭に、軽 く手を乗せる。 「……兵に対する細かい指示は私がやります。ご安心ください」 「……うん、ありがとう」 少年の考えは男にもわかる。 例えどんなに功績のある者でも、王に逆らう事は許されない。 万が一の時、この少年一人ならいくらでも逃げ切れようが、部下はそうはいかない。責任問題になった時に、部下だけは安全な状況を作らなくてはならない。 「聖女に対する対応はいいとして、カイゼル王室に対する対応はどうするんです?あてがあるんですか?」 男の言葉に、少年はゆっくりと頷いた。 「カイゼルの王室を動かして、尚且つ、うちの国も動かせる人物が、ただ一人だけいる」 男の目が見開かれる。敵対している二つの大陸、その両方で影響力を発揮する人物、かなりの強大 な力を持った人物に違いない。 「……かつてのお仲間ですか?」 「うん。仲間であり、友であり、そして、師匠だった人だよ」 過去形で語る少年の目が、一瞬暗く 曇る。 「まぁ、文字どおりの神頼みってやつだけど、あの人に協力が得られれば、何とかなるかもしれない」 「どこにいるかはわかっているんですか?」 「……そ れがわかれば苦労しないよ……」 少年は軽くため息を吐いた。 「……ただ、会えばすぐにわかるよ」 「長い間会っていなくてもですか?」 「うん。あの人は、どうせ姿形は大 して変わってないだろうしね」 何気ない調子で、少年は言葉を付け加えた。 船の速度がだいぶ落ちてきた。 窓から外を見ると、いつのまにか雨がぱらついているようだ。 「上陸には丁度いいかな……」 そうして窓の外に目をやる。 窓の外には漆黒の海が広がり、空は、なぜか明るく輝いていた。 「なっ!?」 少年と男が慌てて窓に駆け寄る。大陸の方の空で大き な白い光が輝いていた。 「閣下、あれは……」 「うん、『時の扉』だ」 光はゆっくりと中心に集まり、次第に形を作っていく。 扉の形になった光は、空中に制止 するとゆっくりと開いていった。 「閣下、あれを……」 男が扉の方を指差す。 見ると、扉の中から小さな白い点が舞い降りていくのがわかった。 「また一人、異 界人がやってきたようですね……」 「うん、しかも、クロノス直々のお呼びみたいだ」 「どうしますか?」 「ものはついで、その異界人の探索も行おう。もしか したら新たな知識を持っているかもしれないしね」 少年は戸棚から地図を取り出し、机の上に広げた。 「この辺りで一番近い町はどこ?」 「……クルト村、ですね」 地図を見ていた男が答える。 「地図を見る限り、あの光が降りたのはクルト山ですから、そこで保護される可能性が一番高いです」 「トルティーヤ大陸では、異界人は幸運をもたらすと言 われているから、捨て置かれる可能性も低いだろうね」 少年は地図を畳むと、男の方に向き直った。 「兵達に、目的地をミジアスからクルトに変更する、そう伝えて」 「わかりました、直ちに準備にかかります」 男は敬礼すると、慌ただしく部屋を出ていった。 |