3 赤髪の少年 「どう?すごいでしょ」
ウィルの言葉にライトはぼんやりと頷いた。 「今 日は出発の儀があるから、村を挙げての大仕事なんだよ」 ウィルの言葉通りに、村は活気づいている。噴水がある広場には何か舞台のようなものがあり、辺り には出店が並んでいる。 「お祭りみたいだね」 「うーん、そうだね。それが一番近いかな」 ウィルは積極的にライトに話し掛けてくれるため、ライトにとっては 有り難かった。 朝食の後、みんなの行動は早かった。ブレイズとルナは、ライトの同行の許可を得るために、ルナの家に向かった。 アルトは、今夜の料理 の仕込みのため、家に籠もっている。 カイルはアルトに頼まれて、買い出しを手伝っていた。 結局、仕事の無いウィルが、ライトの案内役を任されたという訳だ。 ライトの首には、返してもらったペンダントと指輪の他に、木でできているプレートが掛けられていた。アクセサリのようで、なかなかおしゃれだ。 「村の中を歩く時は、これを付けておいてくれ」 家を出る前に、ブレイズにそう言われ渡されたものなのだが、その意味をライトはすぐに知ることになった。 「おーい!そこの坊主」 どうやら自分のことらしい。ライトは声がした方を振り向いた。 「お前さんか?ブレイズ先生の所に来た『異界人』ってのは?」 「はい、そうですけど……」 「そうか、そ うか。ほら、こいつを持ってけ」 出店の親父さんはライトに肉の塊を押しつける。 「えっ、いいんですか?ありがとう!」 ライトはそれを口に運ぶ。見た目は肉の塊だったが、芳ばしく、塩の味と肉の旨味が絡み合って絶妙だ。 「おいしい……」 ライトは思わず呟いた。親父さんは豪快に笑いだす。 「がっはっは、そうか、旨いか。そうなら、俺にも幸運を分けてくれよな」 幸運を分ける?どういう事だろう? 「親父さん、ボク達急ぐから、また今度ね」 「おうっ、楽しんでこいよ!」 ウィルの言葉に親父さんは力強く返事をした。 「ねぇ、ウィル?」 「何、ライト」 「何か、ぼく、さっきからよく食物を貰うんだけど、どうしてかな?」 「あー、それのおかげだよ」 ウィルは木のプレートを指差す。 「それ、なんて書いてあるかわかる?」 ライトは目を凝らしてプレートを見つめる。 「……読めない」 「旅人……ク ルト村診療所滞在……ライト・サワダ。ねっ、つまり、お客さんだからってわけ」 「でも……」 それだけでは腑に落ちない点がいくつもある。 「でも普通、お客さんって言うだけでここまでしてくれる? さっきなんて『幸運を分けてくれ』なんて言われたし……」 どう考えても、今のウィルの説明では納得がいかない。そもそも、彼らにとっては異世界からやって きた者に対して、抵抗感がまったく無さ過ぎるのだ。 「そっか……、まずそこから説明しないといけないんだった……」 ウィルは頭を掻いた。 「ここじゃ落ち着か ないから、教会で話そう」 ウィルはライトの手を引っ張ると、ぐいぐい進んでいく。いくつかの角を曲がると、立派な神殿らしい建物が見えてきた。 「ボク達は教会や神殿って呼んでるけど、お年寄りの中には寺院って呼ぶ人もいるね」 確かに、ライトの感覚で言えば、教会に、世界史の授業で写真を見た西洋の寺院 を混ぜ合わせた感じだ。 「さっ、入って」 ウィルに勧められるまま、ライトは教会へと足を踏み入れた。 ・
「ライト、キミの世界にも神話や、伝説っていうのはある?」 教会の中は少し薄暗かった。正面には二体、大きな像が立っていて、さらにその左右に三体の像が立っている。 「うん、あるよ」 「そっか、それなら話しやすい。ホントはブレイズかアルトの 方が詳しいんだけど……とりあえず簡単に説明するね」 ウィルは軽く咳払いをした。 「えーと、まず、この国は『カイゼル王国』って言うのは聞いたよね」 「うん」 「そのカイゼルってのは、初代国王・大天使ラファエル様が、自分のミドルネームを付けたと言われているんだ。それで、そのラファエル様があれ」 ウィルはそう言 うと、正面にある、右側の背が高い像を指差した。 「そして、さっきからキミが気にしていることの答えも、それに関係してくるんだ。ラファエル様が国を建て た時にある有名な言葉を残している」 「有名な言葉?」 「うん、ボク達の国では学校で真っ先に教わるね。それが『義を以て、義に報いろ』って言うんだ」 「……どういう意味?」 「さぁ? 今は『他の人に施しを受けたら、自分も他の人に返しなさい』って意味だと言われてる。言葉が単純な分、正確な意味はわから ないみたいだね」 ライトは段々意味が解ってきた。 「つまり、この国の人は、そのラファエル様の教えに従ってるってこと?」 「そうだね。それに従ってる、というより、それが風習になっている、と言 う方が正しいと思う。皆が皆、親切って訳でもないし」 でも、それだけではまだ分からないところがある。 「で、後は『異界人』について、だったよね」 そうなのだ。それが一番の問題だ。 自分がこの世界でどう扱われるのか、ライトにとっての一番の心配はそこだった。もし王都に着いて、この身の自由を奪われてしまったら、帰るどころか本末 転倒だ。 「簡単に言えば、異界人は吉兆の現われと言われている」 「要するに、いいものってこと?」 「うん、そうだね。はっきり言って メチャクチャいいもの。国に平定と幸運をもたらすとまで言われているんだ」 それは驚きだった。村の皆がライトを歓迎していた理由も分かる気がする。 「理由は簡単。ラファエル様の隣にいる小さい像があるでしょ? あれが英雄アイズ様。そして周りの三体の像が、それぞれにカイゼル四大国の初代国王であるミカエル様、ウリエル様、ガブリエル様。ラファエル様はアイズ様 の親友であり育ての親であり、共にカイゼルを建国したんだ。彼は『異界人』だっ た、だからカイゼルでは、『異界人はいいもの』なんだよ」 ライトはアイズの像をじっと見つめた。だが、その像は、どことなく寂しげに見えた。 「ブレイズがキミをルナの旅に同行させようと言いだしたのも、幸運をもたらす異界人なら、バキンズ殿だって反対しないと踏んだからだと思う。ブレイズ の読みはまず外れないから、安心していいよ」 大人びた表情でウィルは言った。 恐らく、ライトの不安を感じ取っているのだろう。先程、朝食の席で見せたのとは違う表情だ。 まだ幼い、自分よりも随分年下の少年に思えていたのに、今は 同い年かそれ以上に感じる。 そういえば、朝食の席では薬を飲んでいたが、何かの病気なのだろうか? 「どうしたの?ボクの顔に何 かついてる?」 気が付くと、ウィルの顔をぼんやりと見ていたらしい。ウィルが心配そうにライトを覗き込んでいる。 「ううん、何でもないっ」 「ホントに? 何 だか、じっと見つめられてた気がするんですけど?」 ウィルはじっとこちらを見つめてくる。 耐えきれなくなったライトは、思わず吹き出した。 「ちょっと!何 ヒトの顔見て笑ってんのさ〜!」 「はははっ、ごめん、ごめん、なんかイメージが違ってさ」 「イメージ?」 「うん。気を悪くしないで欲しいんだけど…………最初、ぼくがウィルに感じたイメージは、 もっと子供っぽい感じだった。でも話してみると、ぼくより全然大人っぽいや……」 ウィルは黙って前を見つめている。 教会のひんやりした空気が、二人を包ん でいるようだった。 わずかに差し込んでくる光が、スポットライトのように床を照らしている。 「……ボクだって同じだと思うよ」 長い沈黙の後、ウィルはそう呟いた。 「えっ?」 「仮に、ボクがキ ミの世界に迷い込んでしまったら、今のキミと同じように感じると思う。不安で、淋しくて、心細くて…………何も出来ない、何も知らない自分が、子供で、頼 り なく思えるんだろうと思う。でも、キミはさっきから泣き言は言わない。普通は自分のことで精一杯で、周りの事なんか気に出来ないのに、相手の事ばかり気に 掛けてる。ボクは、キミの方こそ大人だと思うよ」 ウィルは下を向いたまま言った。 ウィルの言葉を聞いて、ライトは目から涙が零れ落ちそうになるのを必死に堪える。 最初は何も感じなかった。 自分は恐怖を感じない、勇敢な人間だとまで思っていた。 だが、状況を理解してくるにつれて、恐怖が込み上げてくる。目が覚めたば かりの頭は、ショックで何も考えられなくなっていただけだと、今、初めて解った。ライトの頭は今、ようやく状況を理解した。 夢でも幻でもない、もしかした ら一生この世界で、一人ぼっちで暮らすことになるかもしれない。 「泣きたかったら、泣いていいよ。誰にも言わないから……」 その言葉でついに涙腺が壊れた。 教会の神聖な静寂の中、ライトは子 供のように泣きじゃくった。 |