2 優しき人々 「うむ、なるほどな……」 ライトの話を聞き終えると、ブレイズは深くた め息を吐いた。 北都の町で、行方不明者が続出していたこと。 いきなり上空に白い扉が開き、そこに吸い込まれたこと。 他にもたくさんの人が、吸い込まれてしまったこと。 これまで起きたことを、ライトはすべて話した。 「つまり、『時の扉』に吸い込まれたってことだよね……」 「アルト、時の扉ってなに?」 しみじみと呟いたア ルトの言葉に、ウィルが素早く反応する。 あの、白い扉のことなのだろうか?ライトは耳をそばだてた。 「つまり、ここの世界と他の世界が触れてしまった時に、二つの世界 を繋ぐ道ができる。それが時の扉なんだよ」 アルトが皆に説明を始める。ブレイズは当然知っているのか、アルトの説明を聞きながら、時折頷いたりして話を聞いている。 「時の扉は自力で作り出すことはほぼ不可能なんだ。自然にできるのを待つか、あとは時の 神・クロノスによって作り出してもらうしかない」 「クロノスって、簡単に会えるのかよ?」 今度はカイルが言葉を挟んだ。 アルトは一瞬言葉に詰まり、ブレイズの方をそっと見上げる。 「まぁ……まず、無理だろうな」 ブレイズが 厳しい顔をして言う。 「クロノスはめったに人前には姿を現さない。仮に、運良く出会えたとしても、力を貸してくれるかどうかはわからん」 「じゃあ、こいつ、帰れねぇってことじゃんか!」 まったく以てその通りだった。 ライトの心を黒い影が覆っていく。クロノスだの時の時の扉だの、知りもしないし考えたくもない。要するに、自分は帰れないということがはっきりしただけ だ。 「落ち着け、カイル。あま り使いたくはないが、奥の手がある」 「おくのて?」 下を向いていた皆が顔を上げる。ライトも顔を上げ、ブレイズの方を真剣に見つめた。視線を受けたブレイズはライトに頷き返し、今度はルナの事を見つめ る。 「ルナ、お前に頼みがある」 「はい、先生。何ですか?」 「バキンス殿へ、お前の旅にこの子を連れていってくれるよう頼んでくれないか?」 「父に……ですか?」 ルナが不思議そう呟いた。 それが奥の手なのだろうか? 周囲を見回しても、みな怪訝そうに首を傾げている。 「ああ。勿論、お前がよければ、の話だか……今回の旅では、当然王都にも立ち寄るのだろう?」 「はい。陛下と殿下、それから老師様に謁見することになっています」 「異界人が落ちてきた際には、必ず速やかに王都へと届け出る決まりになっている。聖女が連れていけば、当然、対応も変わる。この子が帰れるように、最大限 の努力をしてくれるだろう。王都には王国騎士団も王立大学院もあるしな。まぁ、お前の地位を利用するようで、あまり気は進まないのだが……」 「いいえ、先生。私は構いません。それに、私の名前もそんな風に利用してもらえるのなら、かえって嬉しいです」 ルナがきっちりとブレイズを見据え、言葉を発する。 そんなルナを見て、ブレイズがにっこり笑った。 「そうか、それではルナは俺と一緒にバキンズ殿のところへ向かおう」 「はい! 先生」 「カイルは買出しに行ってくれ。ライト君の旅支度をせねばならん」 「おう! わかったぜ、師匠」 「アルトは王立大学院のマッサーロ・バルバトス学長に手紙を書いてくれ。確か面識があったよな?」 「うん! マサは僕の同期だからね。任しといて! 兄さん」 「ウイルはライト君に村を案内して、そして、可能な限りこの世界について教えてやってくれ」 「オッケー! ブレイズもしっかりね」 「ああ。よし、それでは……」 「ちょっ、ちょっと待って!」 ライトは慌てて声を上げた。あまりにもリズムよく物事がポンポンと決まってしまい、一瞬呆然としていたが、呆けている場合ではない。 「ん、どうした?」 「えっ、だ、だって、助けてもらった上に、これ以上迷惑かけるなんて……」 確かに、願ってもない申し出だ。だが、見ず知らずの自分を助けてくれて、その上、これ以上迷惑をかけるわけにはいかなかった。 「それに、ルナ、君にとっては大事な旅なんだろ?ぼくがついていって、足手まといになったら……」 「……じゃあどう するの?」 ウィルがポツリと呟いた。 「えっ?」 「キミはこの世界に来たばかり、当然右も左もわからない。違う?」 「うっ……」 確かにその通りだった。この 世界では、ライトは赤ん坊同然だ。 そして、今、ライトが頼ることが出来るのは……。 「そして、今、キミが頼ることが出来るのは、キミを助けたボク達だけ。そしてボク達の中で、最もキミを助ける手助けを出来るのは、これから旅に出るルナ だ。そ れでも、キミはそれを拒むの?」 「それは……」 ウィルの言うことはすべて正しかった。躊躇うライトの背中を押すように、他のみんなも口々に言葉を掛けてくる。 「せっかく助けたのに、『結局報われませんでした』なら、オレの立場がなくなるだろ?」 「僕たちはやりたいようにやってるだけだから、気にしないでドンと任せてよ」 「私は全然迷惑とかじゃありませんから、一緒に行きましょう?」 カイル、アルト、ルナ……みな、ライトを安心させるかのように笑いながら声を掛けてくる。 「ライト君……」 皆を見守っていたブレイズが、ライトを諭すように口を開いた。 「今の君の状況で尚、他人のことを考えられるというのは素晴らしいことだ。だが、今は自分のことを考えたほうがいい。他人の好意に頼るのは、決して悪いこ とでは ないぞ」 皆がライトのほうを見つめている。 「……わかりました、よろしく……お願いします」 ラ イトはみんなに向かって、深々と頭を下げた。 |