第四話


ミジアス騎士団

 領主の館からの帰り道、ライト達は黙り込んだまま宿への道を急いでいた。

 シンシアの命を受け、ミジアス騎士団の騎士達数名が、ルナの護衛として前後を固めている。騎士の中には見習いなのか、ライトと同じか一つ二つ年上かと思 われる少年の姿も見て取れる。だが、緊張の為か余りにも真剣な顔で周囲を見渡しているため、ライトは声を掛けることが出来なかった。
「あれ、なんかいい匂い……」
 ずっと黙っていたルナが、不意に顔を上げ周囲を見渡した。
 通りの至る所に屋台が並んでいるのだが、その一つに人だかりが出来ている。匂いの元はどうやらそこらしかった。
「では、覗いてみますか? ルナ様。何なら御賞味下さい」
 先頭を歩いていた若者が、ルナに向かって声をかける。
「え、不知火様、いいんですか?」
 食いしん坊の血が早くも騒ぎだしたらしい。ルナはさっと目を輝かせる。
 不知火と呼ばれた若者は、ルナをエスコートするように屋台へ歩き始めた。

 背中に弓を背負い、長剣と短剣を左の腰に、短刀を逆の腰に装備するのが、ミジアス騎士団の決まりらしい。馬産地であるミジアス騎士団の騎士達は、馬を操 らせれば右に出る者達はいないのだと、シンシアは自慢げに話していた。
 この若者、一見華奢に見えてしまうが、シンシアの紹介によればミジアス騎士団副長で、団長不在の今、騎士団を取り仕切る立場にいるとのことだ。若者と話 すシンシアの様子を見れば、シンシアが如何に彼のことを信頼しているかを感じ取ることが出来る。
 その顔は女性のような童顔であるため、一見頼りなげな印象を受けるのだが、彼を見たブレイズは一目で市中の護衛として彼にルナを任せて大丈夫だと言い 切った。
 余りの即決に、シンシアの方から逆に不知火に任せて本当にいいのかと問い掛けがあったのだが……。

「ミジアスの副長なら安心だよ。俺より頼りになるに違いないからな。ルナをよろしくお願いいたしますぞ」
「そんな……お褒めの言葉を頂き光栄なのですが……自分もまだ修行中の身。団長からも迷いを捨てよと常々言われております。貴方には遠く及びませんよ」
「何を仰いますか、ウル殿が未熟な者に副長を任せるはずがない…………それに、迷いはあれど躊躇いのない目をしておられる……ウル殿はいい副官を持ったよ うですな」
 ブレイズは穏やかに、若き副長を見つめたのだった。

 実際に共に歩いてみると、不知火がブレイズ同様、剣の道を極めんとする者だと知ることが出来る。目線の配りや歩き方に、全く隙がないのだ。
 ライトの視線に気付いて微笑む姿は、優しい顔をした中学の部活の先輩そのものなのだが。
「……不知火様……我々の任務はルナ様の安全を確保することなのでは……」
「構わないよ、ベルクート。シンシア様から、ルナ様をきちんとお持て成しするように、と言われてるからね」
 隣を歩く少年騎士の問い掛けに、副長・不知火は笑いながらそれに答える。周りの護衛騎士か渋い顔をするのも構わず、先陣を切って屋台の暖簾をくぐって いった。
「御覧ください、ルナ様。これがミジアス名物の豚焼肉丼です。ルナ様の故郷・クルトの鶏は有名ですが、我がミジアスの豚と牛も、それに負けぬものだと思い ますよ……おかみさん、豚焼肉丼3つ、お願いします」
「おやまぁ、不知火様じゃないかい。今日は随分とお早いお越しだねぇ……おや、そちらの娘さんは……?」
 屋台の女将は不知火に向かって話し掛けながらも、その手は止まる事無く動き続けている。
 大きな鉄板に油を引くと、スライスされた肉の塊を思いっきりそこへぶちまけた。続いてボウルに入ったネギを片手で掴むと肉の上にまぶし、それらを纏めて 掻き混ぜ、炒めていく。
「この御方はクルトの聖女、ルナ様です。現在我がミジアスに滞在中との事で、シンシア様から案内をおうせつかったのですよ。で、どうせならミジアス料理を 堪能して頂こうかと」
「あらま、そいつは光栄だねぇ。そういうことなら、張り切って作らせてもらうよ!」

 肉が焼ける香ばしい香りが周囲に広がっていく。
 女将は何やら香辛料らしいものを取り出すと、肉に対して万遍無く振り掛けていった。上手く油と絡んだ豚肉を見ているだけで、涎が出そうになる。
 不知火副長が三人前を頼んでくれたという事は、自分とカイルも豚焼肉丼にありつけるのだろう。
 カイルの事だから、きっと目を輝かせているはずだ。
 そう思ってライトはカイルに目を向けたのだが、予想に反してカイルは豚焼肉丼に全く興味を示していなかった。
 遠くに見える領主の館を、ただ黙ってじっと睨み付けている。
 食いしん坊万歳ないつものカイルからは、想像できない姿だ。

 先程のブレイズとカイル、二人の会話。
 付き合いの短いライトには、あの二人の会話が何を意味していたか理解できない。
 ライトにわかるのは、ブレイズの言葉がカイルの心の中にある何らかの闇の部分に触れてたのだろうということだ。
 己のその部分に触れようとした、弟子への戒めとして。
 自分は、彼等の事を何にも知らない。
 彼等の会話を聞くたびに、ライトはそう痛感させられる。
 でも、それでいいのかもしれない。自分はこの世界に迷い込んだだけ、この世界で彼等と共に暮らしていくわけではない。
 サイアウインドでオリエンスという風の神様に会えば、自分の世界に帰る方法は見つかるはずなのだ。
 
 きっと……そうに決まっている。

 ライトがそんな考えに耽っている間に、ルナと不知火、屋台の女将の三人はすっかり意気投合したらしい。
 屋台の女将は、ルナの昔からの冒険談やクルトからここまでの旅の話を聞き、笑ったり目を丸くしたりと話に聞き入っているようだ。一仕切り話が盛り上がっ たところで、屋台の女将は声の調子を落とし、探る様にしてルナに話し掛けてきた。
「ところで……ルナ様はクルトからいらしたんだろ。旅の途中で、獣人の噂なんか……聞かなかったかい?」
「じゅ……獣人、ですか?」
 ルナの声が震えた。
 

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 2008年2月5日更新