第四話 5 ケモノノヒト 穏やかな笑みを浮かべていた不知火も、一転してその表情を曇らせる。
――獣人……『ケモノ』の……ヒト? アルトの様にエルフがいるのだから、別に獣人がいたとしてもおかしくはない気がする。これから向かう『風の谷』も、シルフ族の里だとブレイズが言ってい た。 人々 の生活に馴染んでいるみたいなエルフやシルフと違って、獣人というのはこの世界において何かよくない存在なのだろうか。 ルナは屋台の女将と話しているし、 カイルを見れば今度は何やら女将を睨み付けている。ブレイズは領主の館に残っているため、聞こうにも聞く事が出来ない。 ……だが、よく事情が分からないまま放 置されるのも、些か気分が良くない。 ――さて、一体どうしようか……。 「…………ちっ」 ふと、すぐ傍で舌打ちが聞こえた。 思案にくれていたライトの隣には、先程ベルクートと呼ばれた少年騎士が立っている。 ――思い切って聞いてみようか。 だが、初対面で話し掛ける最初の言葉が「獣人ってなんじゃらほい?」というのもちょっとどうかと思う。 ここはやはり、当たり障りのない話題から質問に入るべきだろうか。 あれやこれやと悩んでいるライトの心中を察したのだろう。 「……何か用?」 横目でライトを見ながら、ベルクートが口を開いた。 先に声を掛けてもらったことに安堵しながらも、自分の思い切りの無さに少々失望しながらライトは質問を口にする。 「あの……ちょっと聞きたいんですけど…………」 「……敬語はいらないよ」 「う、うん……あの、獣人って、なんなの?」 ベルクートは一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて得心がいったように頷いた。 そのまま、静かな口調で語り始める。 「…………君、冗談言っているわけでは……ないようだね。君が『例の異界人のヒト』?」 「う、うん……『例のヒト』かはわからないけど、ぼくはその……異界人ってことになるかな」 「それなら、獣人を知らないのも当然だね…………獣人っていうのは、ヒト並に賢いケモノ達の種族で……僕らヒトを喰らったりするんだ。トルティーヤじゃ、 『鬼神族』、『魔族』、『獣人族』って言えば、悪魔並みの恐怖の対象なんだよ」 悪魔並みの恐怖の対象という割には、ベルクートの口調は落ち着いている。 ベルクート自身があまりそれらを恐れている様に見えないからなのか、それともただ単にベルクート本人の性格の問題なのか、彼の話を聞いた後もライトは 今、周囲を埋め尽くす重い空気をなんとなくしか理解することは出来なかった。 ――人を喰うって事は、ライオンとかオオカミみたいなもんかな。 自分の世界に当てはめて考えるが、動物園で眠そうにしているライオンやオオカミしか思い浮かばないため、いまいち緊張感に欠けてしまう。 ライトが暢気にそんな事を考えているうちに、話はさらに盛り上がっていたらしい。 「いやぁね、クルト地方か ら来る旅人に、あたしも聞いたんだけどね。何でも、あの辺の山道を根城にしていた山賊の連中が、突然下の集落に下りてきたらしいのさ。 それで、村でも襲う つもりなのかって警戒してたら、どうも様子がおかしくてね。怪我人と気が触れたやつばっかで、村に助けを求めに来たってのさ。それで村の自警団の連中が奴 等の砦まで行ってみたら、それはひどい有様で…………ほとんどの連中は喰い殺されていたんだと。だからね、ミジアスじゃあ、獣人が現れたんじゃないかって みんなで噂してるんだよ」 「は、はぁ…………」 女将の話が興味を引いたのか、街行く人達が屋台の傍へと集まってきた。 何せ、聖女が来ているというだけで注 目を集めていたのだ。そこに今、最も旬な話題を話しているとなれば、否応無しにさらに注目されるの仕方がない。 「ちっ……良くないね」 「えっ?」 ベルクートが呟くと同時に、不知火がこちらに向かって目配せをした。 それを受けたベルクート が配下の若手騎士に合図を送り、ルナを取り囲んでいた騎士達が左右に散り、人垣を屋台に近付けないよう陣型を組んでいく。 ――これは、一体どういうことだろう。住民を 不安にさせないようにしているのかな……。 そう思ったライトだったが、すぐにその考えを打ち消した。 女将さんの話では、獣人の噂は街中に広がっているらしい。な らば、別に女将さんの話を聞かれても支障はないということになる。 すなわち、話の内容とは別の所で何か住民を遠ざけなくてはいけない理由があるということだ。 ここにいるのは、ライト達とミジアスの騎士団。 ミジアス騎士団は獣人の事を知っていれば、当然警戒を強めているはずだ。住民が不安にならないように呼び掛けたり、巡回を行うのが普通だろう。 だがそれなのに、ミジアスについて二日目になるが、ミジアス騎士団にそのような様子は見られない。 つまり、獣人の話はあくまでただの噂、ガセネタということか、もしくは…………ミジアス騎士団は獣人に関して、かなり正確な情報を掴んでいるのではない か、ということになる。 それも、あえて表沙汰にせずに事を進めた方が有効な事態…………つまり獣人は既にミジアスに入り込んでいて、ミジアス騎士団はその居所を把握、監視して いる…………ということになるのではないか。 もし、獣人対策にミジアス騎士団が乗り出したとなれば、きっと獣人側も警戒することだろう。 ミジアス騎士団は獣人の噂を知らぬ存ぜぬで通さねばならないのではないか。 獣人を早期に、安全に捕まえるために。 今まで見たサスペンス劇場と読み漁った推理小説を元に、ライトは素早く推理を組み立てた。 もし、ライトの想像が当たっているならば、今の女将の話は不知火にとって予想外の事態ということだ。 屋台の女将の口調はさらに勢いを増し、止まらなくなっている。 「まぁ、うちの街には有り難い事に騎士団がいるし、王国軍の第一師団も居座ってんだから心配はいらないんだろうけどさ。やっぱり怖いよ、獣人は。不知火 様、捜査は進んでるのかい?」 「女将さん、進んでるも何も……そんな事件、我々には報告されてませんよ。どうせまた、いつものように話が大きくなって伝わってきたんじゃないですか?」 「そうは言っても、クルトにバーヌースの悪魔共がやってきたのは本当だったんだろ。南のミジアス・ラードル街道では辻斬りもあったっていうし…………ホン ト、獣人なんて化け物、さっさと捕まって…………」 女将の演説は最高潮に達しようとしていた。 お客相手に培った話術は相手が聖女であろうと騎士団副長であろうと関係なさそうだ。彼女の喋りは止まらない、いや、止められない。おそらく、相手が国王 だろうと彼女は喋り続けるだろう。 だが、ライトの予想は身近な人物によって破られることになった。 「化け物なんかじゃねぇ!」 不意に、大きな声が周囲に響き渡った。 |