第四話 2 ささやかな抵抗 立ち上がったブレイズを、セイロン以外の二人の騎士が取り囲んでいる。 食堂内にいた女主人と宿泊客は、いつのまにか姿を消していた。 「セイロン様、これは……」 「申し訳ありません、ルナ様。出来れば穏便に済ませたかったのですが、仕方ありません。もう一度申し上げます、我々と同行して頂けますか?」 「断る」 答えたのはルナではなく、ブレイズだった。 セイロンはそっとブレイズに向き直ると、眉を潜ませて言葉を発する。 「……あなた、さっきからお顔が見えないので、話がしづらいのですがね。帽子を取って頂けませんか?」 「……貴殿に従う義理はない。ジルバート家に仕える者よ」 次の瞬間、ブレイズの右手が動いた。 ブレイズを取り囲む騎士の首に手刀が入り、短く悲鳴を上げて男が倒れる。男が倒れきる前にブレイズは体を反転させると、もう一人の騎士の首を右手で掴み 上げた。 「先生!?」 「おい、師匠!」 「全員動くな」 ルナとカイルの叫びを無視して、ブレイズは低い声で呟いた。帽子の下から覗くブレイズの瞳が、セイロンをじっと睨み付けている。 ブレイズに向かって行こうとした騎士達が、その場でピタリと動きを止めた。 「……どういうつもりですか?」 「そちらこそどういうつもりだ? 教会が認めた聖女候補に手を出せばどうなるか、わからぬはずがあるまい。このような王国騎士にあるまじき振る舞いを指示するほど、あいつは……ヒースは落 ちぶれたのか?」 セイロンは黙したまま、ブレイズの問いには答えない。テーブルを取り囲んでいる騎士達の輪は、徐々に狭まっているようだ。 ライトは椅子に座ったまま周囲の様子を必死に見極めようとした。 カイルとルナはブレイズの言う通り椅子に座ったまま動こうとしない。だが、いつでも飛び出せるよう自身の武器に手を掛け、タイミングを見計らっているよ うだ。ブレイズとセイロンは睨み合ったまま、互いに隙を窺っている。 食堂は殺気に包まれ、緊迫した空気が沈黙を生み出していた。 「……ヒースのことを……あいつ、ですって……?」 ここで、セイロンがポツリと声を上げた。 「…………その目……この威圧感……もしや……あなたは……」 だが、その言葉の続きが聞かれることはなかった。 「一体何をしているのですか!?」 突如、食堂内に女性の声が響き渡る。 続いて、金髪の若い女性が声を荒げながら、セイロンに向かって走り寄ってくる。その女性を見た瞬間、セイロンの顔色が変わった。 「セイロン・ジルバート将軍、わが領内で聖女様に無礼を働くとは、一体何のつもりですか!?」 「い、いえ、シンシア殿。これは王都からの指示でありまして、我々はそれに……」 「問答無用です! 今すぐ兵を引いてください!」 シンシアと呼ばれた女性はセイロンを思いっきり怒鳴り付けた。 セイロンは黙ったまま、騎士達に向かって目配せをする。それに合わせて、ブレイズも掴んでいた騎士の首をようやく離した。 咳き込んだ男はブレイズをきっと睨み付けると、倒された騎士を担ぎながら食堂を後にする。 騎士達がみないなくなると、シンシアはようやく表情を緩め、ルナに向かってにっこりと笑いかけた。 「……シンシア様」 「ルナ様、お久しぶりです。駈け付けるのが遅くなりまして申し訳ありませんでした」 シンシアの後ろには、宿の女主人を始め、食堂にいた旅人達が並んでいる。 どうやら、皆でシンシアを呼びに行ったらしかった。 「ギルトの方からクルトで一騒動あったと聞いて、道中のご無事かと心配しておりました。お連れの方共々、どうぞごゆっくり…………あら?」 ここで女性の視線がある人物のことを捉えた。 「……何か?」 「い、いえ……」 ブレイズの問い掛けにも女性は答えず、ただじっとブレイズを見つめ考え込んでいる。一方ブレイズは、居心地悪そうに帽子を深くかぶり直した。 「……ブレイズさん、お知り合いですか?」 ライトは思わずブレイズに問い掛ける。 だがそれは、ブレイズにとっては計算外だったらしい。「げっ……」と一言呟くと、慌ててライトの口を押さえにかかる。 「…………ぶれい……ず?」 しかしここで、女性がハッと顔色を変えた。 「ブレイズ……しょ……ぐ……? ……あ、貴方! ブレイズ・ロッ……」 「いやー! 申し訳ないシンシア殿! ちとイタズラが過ぎましたかな? クルト村診療所のブレイズです。お久しぶりですな! いやいや、その節はお世話になりましたなぁ。お父上はお元気ですか?」 女性の言葉を遮るようにして、ブレイズは一気に喋りかけた。 女性は一瞬唖然としたように目を丸くしていたが、やかで……。 「……え、ええ。お久しぶりですね、ドクター・ロッ……」 「ブレイズ」 「あ……ああ、そうそう。ドクター・ブレイズ」 女性は引きつった笑みを浮かべると、ブレイズの差し出した手を握り返した。 |