第四話


ミジアスの女騎士

「ミジアス領主代行、シンシア・ミジアス・バークマン殿。貴方達の歓迎に感 謝します」
 ルナの言葉にシンシア・バークマンは頷き、そっとその手を握った。

「カイゼル教会聖女候補、ルナ・クルト・ホープフル様。貴女の旅に幸多からんことを。しばしの間でしょうが、ゆっくりとお寛ぎください、我が街は貴女方を 歓迎いたします」
「ありがとうございます、シンシア様………………へへへ、まさか、あなたとこうして歓迎の儀を行うなんて思いませんでした。シンシアさん」
「それはこちらも同じですよ、ルナさん。お久しぶりですね…………本来ならば我が父ウルが儀式を行うべきなのですが、生憎王都で待機させられていまし て…………」
 二人の会話が始まったのを見て、ライトはそっと小さなため息をついた。
 旅の道中はさほど緊張する場面はないのだが、一旦街に入ればルナの行く先では儀式の連続だ。流石に慣れはしたが、堅苦しい空気がライトにはどうにも苦手 だった。

 質素だが綺麗に磨かれた調度品が置かれるバークマン家の応接室は、どことなく家庭的で落ち着いた雰囲気を与えてくる。部屋の中央に置かれたゆったりとし たソファに腰掛けながら、ライトは隣に座るルナと、その正面に座るシンシアの語らいに耳を傾けていた。
 ルナの家を外から見たときも感じたのだが、領主の家がそこまで豪華でないことがライトにとっては意外だった。
 もちろん、街にあるどの家よりも大きく、立派ではあるのだが、贅を尽くした調度品や絵画、置物、壺、飾りといったものがほとんど見当たらない。
 田舎だからなのか、それとも領主の人柄なのか、クルトでもミジアスでも領主と領民の距離が近い気がする。ルナもクルト村の人々とは仲良さげだったし、そ の一番の友人は親のいない兄弟と村医者に引き取られたエルフの少年だ。ミジアスでも、バークマン邸に向かう最中、シンシアは領民から何度も声を掛けられ、 その度に彼らと話をしてコミュニケーションを図っていた。
 
 ミジアスの町並みはクルトを若干立派にした感じで、石畳の町並みに野菜や肉などを売る露天が所狭しと並んでいる。
 ブレイズの話では、クルト地方を含め、さらにミジアス地方の村々の農作物が一度ここ、『丘の街・ミジアス』に集められ、そこから大陸の中心都市である 『交易の街・ローグルブルグ』に運ばれるのだそうだ。
 行き交う人々もクルトに比べて多く、辻馬車を待つ人や定期船の川舟の切符を求める者など、多くの旅人の姿も見受けられる。鉄道は通ってないにしろ、流石 にこの地方の中心都市だとライトは妙に感心していた。
 
「……それで、ミジアス騎士団長に王都待機命令とは…………シンシア殿、何か王都であったのですか?」
 二人の話をじっと聞いていたブレイズが、驚いたように言葉を発した。
「それが…………わからないのです」
「わからない?」
「ええ、特に王都で何か起こったという話は聞いていませんし、命令がユート王子殿下やバウアー近衛将軍のものならば元老派閥への対抗措置かとも考えられる のですが、発令者はガイエン特務師団長で……」
「ガイエン? モーセル・ガイエンですか?」
 ブレイズの声が大きくなる。
 その声に頷いて、シンシアはゆっくりと紅茶を啜った。
「師匠、そいつ知ってんのか?」
「ああ、僅かだが面識はある」
 カイルの問いに一言そう答え、ブレイズは出されたミルクを口に運ぶ。
「元々、十貴族であるマルドラド家に仕えていた将軍だ。ファルカン・マルドラドが軍部大臣になってローグルブルグ騎士団は王国騎士団の特務師団に格上げさ れたとは聞いていたが、各地の騎士団を従わせるほどの力を持つようになるとは思わなかったな」
「我がミジアスだけではありません。ライヤブルグ、グアルブルグ、フェリトにラスカット…………各街の騎士団長も皆同様の招請を受け、未だに領地に返され ないのです。もうかれこれ半年近くに…………」

 シンシアの表情が翳るのも無理ないことだろう。
 まだ領主として独り立ちするには早い時期に、頼れる父が突如傍からいなくなったのだ。一人でミジアスを切り盛りしていくのは想像を絶する苦労を伴うに違 いない。

「もちろん、マキアベルグのように理由をつけて招請を断り続けている街もありますし、元老院にミジアスの議員を通じて要請して、父を帰してくれるように願 い出てはいるのですが……」
「全く、騎士団長を拘束とは……マルドラドもやってくれますな。バークマン将軍から、手紙の類は?」
「一通も……」
 ブレイズは軽く頭を抱えた。
 そうしてポツリと小さな声で呟く。

「…………やはり、関わるべきではなかったな……だが、もう遅いか」

 その声はとても低く小さく、隣に座るライトにしか聞こえなかったらしい。
 ライトの隣に座るルナも、その隣に座るカイルも、テーブルを挟んで向かい側に座るシンシアも特に反応した素振りは見せなかった。
 だが、カイルはカイルで先ほどから別のことが気になっていたらしい。
「……なあ師匠。さっきから気になってたんだけど、師匠とシンシアさんってどんな関係なんだよ?」
「あ、ああ、その話か…………あー……シンシア殿の父君、ウル・バークマン将軍とは……古い馴染みでな。何度かこの屋敷にお邪魔したこともある。会うと、 やれ宴だ、酒盛りだ、と付き合わされてな。体が持たないから顔を見せずにさっさと立ち去るつもりだったんだが……あー……」
 ブレイズが、シンシアの顔を見つめる。
 視線を向けられたシンシアは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐさまブレイズの言葉を引き継いだ。
「え、ええ。ドクター・ブレイズは私もお世話になっていたの。さっきは久しぶりで驚いてしまって……」
「まあ、そんな所だ。特に深い関係ではない。先ほどのルナの事といい、騎士団長のことといい…………マルドラド卿が何か行動を起こすつもりなのは明白だ。 俺は少し、シンシア殿と話がある、お前達は先に宿に戻ってろ、いいな?」
「あ、はい……」
 ルナは首を傾げながらも素直に返事をしたが、カイルはブレイズを見つめたまま何も答えない。
 
 カイルの気持ちも分かる。
 ブレイズの話は嘘ではないのだろうが、かといって真実でもない気がする。
 言うなれば、一部は事実でも、それより遥かに大きな部分が闇に包まれているような感覚だ。
 クルトを出発する前から、カイルはブレイズのことを気にしていた。弟子ではなく相棒として連れて行くというなら、自分をもっと信頼して欲しいのだろう。
 
 じっと視線をそらさないカイルに、ブレイズはため息をつきながら言葉を発した。
「……カイル、俺はお前達に伝えるべきことは全て伝えている。だが、人というものは、どうしても他人には伝えられないことを持っているものだ。例え、どん なに近しい者に対してでもな。お前にも、決して誰にも知られたくない部分があるのではないか?」
 このブレイズの言葉に、カイルの瞳が揺れた。
 表情が翳り、そのまま下を向いてしまう。
「今は宿に行っててくれ。いいな?」
「……わかった」

 カイルの顔色は戻らぬまま、一行はバーグマン邸を後にした。
 

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 2007年8月15日更新