第四話


訪問者

「ライト、起きろー」
 のんびりとした問い掛けに、ライトはそっとその瞳を開いた。

 視界一杯に青い目の少年の顔がある。
 ライトを覗き込む様にして、カイルはぐいっと顔を近付けていた。
「……カイル、近いよ」
「おっ、わりわり。そろそろ昼だぞ、いい加減起きないと一日が潰れちまうぜ」
「もうそんな時間なんだ……」
 窓の外には、青い空が広がっている。
 太陽の日差しが町並みを照らし、草木は青々とした緑を僅かに漂う風に揺らされていた。

 昨日は夕飯の後、急激に眠くなり、今日の予定を立てていたカイルとルナの声を子守歌にそのまま眠りに落ちてしまった。
 確か今日は、午後からミジアスの領主に挨拶に行くと話していたはずだ。
「みんな、もう起きてるの?」
「いや、師匠はまだ寝てるぜ。あの人、出発前もごたごたしてて寝てねぇし、移動中も寝ずの番してただろ? いい加減寝てくれって無理矢理寝かせたんだけど、やっぱ疲れてたみたいだな」
「そっか……」
 ライトは特に何か仕事をしたわけではないし、どちらかというとこっちの世界に来てからの睡眠時間は長い方だ。体調の方も斬られた傷の影響もなく、筋肉痛 が治まればすぐにでも活動できる。
 何だか、一番働いていない自分が寝過ごしてしまったのは申し訳ない気がするのだが、ここは旅慣れていないと言う事で勘弁してもらいたい。
「とりあえず、なにもかも飯食ってからだな。先に食堂行っててくれ、オレは師匠を起こしてくるから」
「わかった」

 大きな欠伸をしながら、ライトはその言葉に答えたのだった。



「……アルトの飯が恋しい」
 パンを咬みちぎりながら、カイルがポツリと呟いた。

「これ、あまり贅沢を言うな。この値段でこの飯なら豪華な方だぞ。昼までとっておいてくれたしな」
「そりゃそうだけどさー……」
 確かに不味いわけではなくどちらかといえば美味しい部類に入るのだろうが、アルトの料理を思い出せば些か見劣りする。
 宿場町の宿屋では、「たまには違う味付けもいいよな」、などと言っていたカイルも、ここに来てアルトの料理が恋しくなってきたようだ。
「……それで先生、領主様の所には何時頃伺うんですか?」
「ああ、今朝、宿に使いが来たらしい。午後1時頃に来てほしいそうだ。あー……でだ、それなんだが……」
 牛乳を飲み干しながら、ブレイズは何でもないように言葉を続けた。

「領主様の所には、お前達だけで行って来てくれ」

「え……」
 その言葉に、ルナの表情が曇る。
 カイルも食事の手を止め、ブレイズの方をじっと見つめた。
「先生は……行かないんですか?」
「ああ」
「何で行かねーんだよ?」
「……俺は行かねばならぬ所があるんでな」
 ブレイズはテーブルに目を向けたまま、淡々と食事を続けている。
 一体どういう事だろう……。
 まだ会って数日しか経ってないが、ブレイズの様子がどことなくおかしい気がする。
 道中、常に自分達三人を気遣いながら歩き、夜は寝ないでルナを守ったブレイズが、領主に会いに行く彼女を放っておくだろうか。
 そもそも、保護者がいるのに子供だけで領主に会いに行くのは、些か失礼に当たる気がする。

「ブレイズさん、ぼく達だけでホントに大丈夫なん……」
「静かに」
 ライトが口を開いた瞬間、ブレイズか素早くそれを制した。
 刀に手を掛け、油断なく辺りを見回している。
「……囲まれてる、か?」
 カイルも食堂内を見渡しながら、自身の剣をいつでも引き抜けるよう準備しているようだ。
 ライトも慌てて周囲を見渡す。
 すると、宿の女主人がこちらのテーブルにパタパタと近づいて来るのが見えた。
「ルナ様! お食事中申し訳ありません。お客様がいらしているのですが……」
「急ぎ、なんですか?」
「はい……申し訳ありません」
 ルナの言葉に答えながら、女主人は申し訳なさそうに頭を下げる。
 その様子から、来客というのが何やらあまり穏やかな人物でないことが窺えた。
「それで、どなたなんですか?」
「それが……王国軍第一師団の方が、ヒース・ジルバート将軍の使いだと仰って、早急にルナ様と……あっ」

 ここで、食堂内に騒めきが奔った。
 
 腰から剣を下げた三人の男が、真っすぐにルナへと近づいてくる。
 黒と白を基調とした騎士服に、左胸には金糸で鳥の紋章が縫い込まれている。男たちはテーブルの横に立つと、右手を左胸に当てて直立不動の態勢をとった。
 そのまま一人、上官らしき男が進み出て、ルナに対して優しく笑いかける。
「……カイゼル教会聖女候補、及びクルト領主ホープフル卿が一子、ルナ様ですね? 私は王国軍第一師団で副長を務めております、セイロン・ジルバートと申します。ルナ様は覚えておられないかもしれませんが、お久しぶりですと挨拶させて下 さい」
「……こんにちは。そして、すみません。お会いした事があるんですね」
「まだルナ様が小さい頃の事ですから無理もありません。大きくなられましたね、ルナ様。我らが将、ヒース・ジルバートが、あなたにお会いしたいと申してお ります。お連れの方と共に、我らとご同行願えますでしょうか?」
「あ、でも……」
「申し訳ないが、今は見ての通り食事中でな。この後は残念ながら領主様にお会いすることになっている。済まないが、出直してもらえまいか?」
 ルナと男に割って入るようにして、ブレイズが言葉を挿んだ。
 男たちの視線がブレイズに集中する。
 当のブレイズはいつのまにか帽子を深くかぶり、下を向いたまま食事を続けていた。

「……これは申し訳ありません。では、バーグマンの屋敷には使いを出しておきましょう。お食事が終わり次第同行して頂く、と言う事で如何でしょうか?」
 ルナは黙ってブレイズの方を見つめた。
 ブレイズは一気に牛乳を飲み干すと、ゆっくりと席を立つ。そうしてルナと男を見つめてから、軽くため息を吐いて言葉を発した。
「ルナ、お前に任せる…………が、こうまで言われてしまっては断ると角が立ってしまう。この場合、一番穏便なのは先約を優先し、どうしても必要ならば彼ら 自身に交渉してもらうことだろう。『先約の領主様との約束を違える訳にはいかない。が、もし仮に領主様が是というならば、先に騎士団長にお会いすることも 考える』とな」
「はい、先生! ……セイロン様、お聞きになったとおりです。それで……」

「……困りましたね。私は何としても皆様をお連れするように命令を受けているのですよ」

 セイロンがポツリと呟く。
 その言葉と共に、テーブルを取り囲む様にして、食堂の四方から騎士達が姿を現わした。  


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 2007年6月16日更新