第三話 3 謀略の王都 「……全く、殿下にも困ったものだ。あそこまで頭が働くのなら、我らの言うことも理解できるだろうに……」 男の言葉に、傍らに立つ若者は苦笑を浮かべた。
男よりも背が高く、そして鋭い目をした若者だ。
若者は窓の外を眺めながら、手に持ったペンを忙しなく動かしていた。
「仕方ありませんよ、父上。ユート王子殿下は中道右派ですから。国を愛する気持ちは我らと変わりありませんが、向かう先には大きな隔たりがある………… ねぇ、ソフィア王女」 若者の言葉に、傍らに立つ少女は重々しく頷いた。 「いかにも。我が兄は優し過ぎるのです。私とて出来るならば、武力に物を言わせることは避けたいのです。ですが……」 「さよう。国内はまだしも、国外はどうだ? タイガもアイゼンバルトもフィリスも、隙あわばカイゼルを我が物にせんと手を伸ばしている。六年前がいい例だ。あの時奴らは何をしたか、前王陛下が亡くな られたと知るや否や大軍を送り込んできた。同盟など名ばかりのものに過ぎん」 「その通りです、マルドラド卿」 ソフィアの言葉に、男――ファルカン・マルドラドはソフィアの目を見る。 ソフィアは力強くその目を見返すと、若者の方へ向き直り言葉を繋いだ。 「そして我が夫、ギルバート。この国を守れるのは貴方達だけだと私は思っています。頼りにしています」 「……有り難きお言葉」 マルドラド親子は深々とソフィアに礼をしたのだった。 ・
「……と言うわけです」 「……ソフィア、相変わらずギルバート君を尻に敷いてるんだね。我が妹ながら……そっちの方が凄いよ」 「私はそんなつもりはないのです。あの者達が勝手にやっているのですよ…………で、話を戻しますが、マルドラド卿は、減税にも、各街の自警団・騎士団に正 規軍の権限を委任するのも反対のようです。軍部大臣として、自分達ローグルブルグ騎士団の特権にしたいのでしょう。彼らが軍拡を主張するのは、他の町を自 らの監視下に置きたいだけ。父・ファルカン、息子・ギルバート共々、自らがカイゼルの軍事を牛耳っていると絶対の自信を持っているようですね。王都の治安 の維持と銘打って騎士団長を拘束しているのがいい例です」 マルドラド卿の治めるローグルブルグは国の中心に位置するため、交易の中心地であると共に軍事の中心でもある。 軍部大臣の特権で権限が強化されたローグルブルグ騎士団、現在の特務師団は、カイゼル正規軍四個師団分の兵力を誇り、他のマルドラド派貴族の兵を合わせ れば正規軍を大き く上回るほどだ。 王国騎士団の人事権。 各街の騎士団長への出頭、王都待機命令。 軍部大臣の一方的な命令に逆らえる者はほとんどおらず、名のある騎士団長ですら大人しく従っているというのが現状だ。 「……して、ユート兄さま」 ソフィアは恐る恐ると言ったように、ユートの事を見上げた。 何かを窺うような視線に、ユートは微笑みを以てそれに答える。 「なんだい?」 「さっきはそのう……先程はあれでよかったのですか? ……わらわとしては、兄さまにあのような暴言を吐くのは心苦しいのですが……」 「あれ位しないとあの人達は騙せないよ。寧ろ、もっとお互いに罵るくらいじゃないと……」 「そうですか……何だか、つらいですよね」 ソフィアは下を向いたままポツリと呟く。 王家の兄弟は仲が悪い。 特に長男と次男、長女は互いに憎み合っている。 この噂を流したのはユートであるし、そうしなければ各派の動向を掴むことはできなかった。 だがそれでも、自らの兄弟と会う事さえ満足に出来ないのは、はっきり言って少し寂しい。 兄弟揃って仲良く楽しく暮していければ、それだけで……。 そこまで考えて、ユートはその考えを慌てて打ち消した。自分は王子であり、国王の名代であり、そしてこの子達の兄であるのだ。決して、俯く事は許されな い。 「……それでソフィア、何か他に報告することは?」 「マルドラド卿についてはありません。ですが……」 ソフィアはここで、一旦言葉を切った。 「……なんだい?」 「先日、クルト村が何者かに襲撃にあったという噂を、兄さまはご存知ですか?」 その噂はユートも耳にしていた。だが、クルト領主であるバキンズ卿からも、その界隈の治安維持に当たっている第一師団のヒース・ジルバート将軍からも、 未だに何も報 告がないため手が付けられずにいたのだ。 バウアーにも調べさせたのだが、いまいち状況が分からないらしい。 「うん、知っているけど……それについて何か情報が?」 「はい。我が夫ギルバートが言うには…………そこで『風を自在に操る男』が目撃されたらしいと」 一瞬、ユートは言葉を失った。 「まさか……いや、それなら……」 アーサーも呆然としていたが、すぐに自分を折り戻す。 そうして、ユートに向き直った。 「兄上、実は昨日、ギルドでこんな話を聞いたんです。クルトの聖女にハイエル王国が軍を差し向けた。それをそこに住む村医者と……異界人の少年が追い払っ た…………異界人などそうそう現れるものではないですし、まさかハイエルがわが国に軍を派遣すると思えませんでしたので、ガセネタだと思って放っておいた のですが……」 アーサーはよく城下に出入りし、様々な情報を仕入れてくる。 噂話や風説、今回の情報もそんな中の一つだったのだろう。 噂好きな旅人の、尾ひれがついたしょうもない冒険談。しかし、そんな話が役に立つことも稀にあるのだ。 「……ユートにいさま、アーサーにいさま、ソフィアねえさま」 ここで、今まで黙っていたククルが初めて口を開いた。 「……ククルにもみえました。ここからとおいいきたのほうで、ちいさなひかりがおちてきました。そのちいさなひかりのそばには、ほかにもちいさなひかりが たくさんあって……それをまもっているおおきなひかりが、おなじようなおおきなひかりとぶつかって……いっしゅんもえたようになって、おさまりました。ろ うしさまも、ククルとおなじものがみえたとおっしゃってました」 「……老師殿とククルに見えたのであれば、何かがクルトで起こったのは間違いないでしょうね」 ソフィアが一生懸命に話し終えたククルの頭を撫でながら言葉を発する。 「風を操る男……クルトの聖女……ハイエル……そして、異界人……か……」 ユートは眉を寄せたまま、じっと考え込んでいる。 三人の兄妹は、そんなユートを見つめたまま黙っていた。 「……マルドラドが大きく動いている以上、今後何か仕掛けてくることは明白だ。火種になりそうな問題を放っておく訳にはいかないね…………アーサー、バウ アーを付ける。調べられるかい?」 「はい、任せてください。兄上」 「もしかしたら、他にも動いている勢力があるかもしれない。気をつけて」 もしこれが噂どおりであったならば、国を大きく変えるきっかけになるかもしれない。 それがプラスに働くかマイナスに働くかは分からないにしても、だ。 これから何が起ころうとしているんだろう……。 ユートは目を瞑ったまま、じっとそれを考えるのだった。 ・
「……見えてきたぞ。アレだ」 ブレイズの言葉に、ライトはじっと遠くを見つめた。 丘陵地帯の草原の向こうに、建物がたくさん並んでいる。いくつかの煙突からは煙が出て、夕飯の準備をしているようだ。 クルトを経って4日目。 ようやくルナたち一行はミジアスに辿り着いた。 日は既に傾きかけ、夕焼けが西の空を覆っている。本来なら三日程で到着する行程を、ブレイズはゆっくりと丸4日間掛けて移動した。 宿場町ごとに宿泊をしたため、一日しか野宿はしていない。 このペースで既に限界に近かったライトにとって、その判断は有り難かった。 結局、足を引っ張ってるな……。 そんなライトの想いが顔に出たのか、カイルが笑いながら話しかけてくる。 「一応言っとくけど、クルト〜ミジアス間を三日で移動するのは、超〜旅慣れてる人間が、荷物をほとんど持たない場合だけだぜ。俺たちはギルドの荷物がある んだし、これぐらいで丁度いいんだよ」 「ホントに?」 「ああ……ただ……」 ここでカイルは、殊更声を低くして、小さな声で言った。 「……それはルナには当てはまらない。あいつ、馬鹿体力なんだよ」 「えっ?」 「その証拠に、俺は脚がパンパン。ルナはあの通りピンピンしてる」 ブレイズと楽しげに談笑しているルナを見つめて、カイルはそっとため息を吐いた。 「あいつといると、男としての自信がなくなるんだよなぁ……」 確かに、自分より体力のある女の子が傍にいれば、自然と自信もなくなるだろう。もっとも一番多くの荷物を背負っているのはブレイズなのだが、疲れている 様子は全くない。 カイル曰く、『師匠は別。あの人に敵う奴なんて見たことねぇよ』とのことだ。 渋い顔をするカイルの表情がおかしくてライトは笑おうとするのだが、正直笑う元気もない。 「町に入ればしばらくのんびりできるぜ。どうせ挨拶とかでしばらくは滞在するだろうから」 ライトはそっと頷くと、町の明かりに向かって一歩一歩進んでいった。 |