第三話


兄弟


「なんです! 偉そうな事を言っていても、結局元老のご機嫌窺いではありませんか!?」
 ソフィアの声を聞きながら、ユートは元老院を後にした。

 アーサーはすでに退室し、自室の方へ戻っているようだ。
「……よう、ご苦労だったな」
 後ろから声を掛けられ、ユートは軽くため息を吐いた。自分に対して平気で話しかけてくる人物は王都ではそういない。幼馴染の友人達か、それとも幼い頃か ら知り合いの騎士達か、声から相手が推測できたユートはゆっくりと後ろを振り向いた。
 予想通り、近衛騎士団を率いるバウアー将軍がユートに笑いかけている。
「バウアー、いいの? こんなところでそんな口訊いて。誰かに聞かれたらマズイんじゃ……」
「構わんさ。俺はお前の指南役の一人だからな、ごちゃごちゃ言いたい奴には言わせておけばいい…………もっとも、殿下がダメだと仰いますならば、今すぐ口 調を改めますが?」
「……うわっ、気持ち悪い」
 ユートが顔を顰めると、バウアーはニヤッと笑ってユートを引き寄せた、
「そうだろう? 人間自然が一番だ」
 
 そう言いながら、ユートの手に素早くメモを握らせる。
 ユートはしっかりとそれを握り締めると、バウアーに向かって小さな声で囁いた。

「……ご苦労様、近いうちにもう一仕事頼むと思う」
「了解だ。後、例の件だが……もう少し時間をくれ。確証を得るまでな」
 バウアーはそっとユートから離れた。
 互いに目を合わせ、確認するように頷きあう。そうして、バウアーは何事もなかったように言葉を続けた。
「さて、騎士団長の方々のご機嫌を伺ったら、陛下のお見舞いにでも行ってくるか……何か伝言は?」
「いや、後から僕も行くからいいよ」
「了解」 

 バウアーはヒラヒラと手を振りながら、足早に廊下の角を曲がっていった。それを見送って、ユートは頭をこれから為すべき事に切り替える。
 一つ目のコマは手に入った。タイミングを考えて、もう少し時間を潰した方がいいだろう。
 そう判断したユートは真っすぐに部屋へ向かわず、王城の中を歩いて回ることにした。
 
 王都クラストブルグの最奥に位置し、背後をクラスト山によって守られるクラストブルグ城は、今まで一度も攻め落とされた事がないと言われる難攻不落の堅 城だ。
 初代国王・大天使ラファエル自らが先頭に立って建城を進めたとあって、城内には未だに仕組みがわからぬ仕掛けが多数存在している。もっとも、その多くは ユートやその弟のアーサーが幼い頃の城内探険で解明し、兄弟の秘密として互いの胸の中に納めていた。
 城内の廊下を歩きながら、ユートはそっと窓の外を見つめた。
 
 表向き、王都は平穏を保っているように見えるが、それはあくまで城壁に囲まれた範囲のみだ。三の丸から外、王都の郊外にはマルドラド卿、リッチモンド 卿、サムエル卿のそれぞれの軍勢が治安維持の名目で陣を構え、王家の喉元に刄を突き付けている。
 王都への圧力とも取れるこの行為を止める力は、今の王家にはない。教会や騎士団といったかつての王家を支えた勢力も、代替りで幼き者が上に立てば自然と 力は衰え分裂していく。
 もっとも、その『代替り』さえ、自然なものかどうかは不明なのだが。
 駐屯地、城壁の外の郊外の治安の権限は各軍勢が握っているため、一部の地域は貧民街となり野盗や麻薬が蔓延し、またある地域では人身売買や色街が形成さ れるなど、かつて『偉大なる王都』と呼ばれたクラストブルグの面影は、皆無に等しいと言えるだろう。
 さらに、貴族の綱引きの中で取り残された地方の街には、厄介なレジスタンスがその手を伸ばしているらしい。
 この光景を始祖たるラファエル様に見せたら、ひどく落胆し、嘆くことだろうな……。
 自らの腑甲斐なさを呪って、ユートは嘲笑を浮かべた。
 だが、このまま黙っている訳にはいかない。
 六年前のあの一件以降、この国は不幸に見舞われ続けた。運命がカイゼルを見放しているのならば、運命を力ずくで手繰り寄せなくてはならない。そしてその 役目は、国を預かる自分が行うべきことなのだ。
 ユートは一人、ぎゅっと拳を握り締めた。

 時計を見ると、時間は十分に潰せたようだ。
 ユートは周囲を確認すると、部屋に向かって足を進めた。



 部屋のドアを開けると、室内にいた小さな人影がパッとユートを見上げ、満面の笑みで出迎えてきた。
「ユートにいさま、おかえりなさいませ」
「ああ。ただいま、ククル。お帰り。早かったね」
「はい、あにうえさまのおかえりをおまちしておりました。おはなししたいことがあるのです」

 室内にいた少女――ククル・カイゼル・トルティーヤは、ユートに近づくと手探りでユートの腕を掴む。
 教会の巫女を務めるククルの目は、その瞳に光を映し出すことはない。
 だが、代わりに常人では見ることの出来ないものを知ることが出来る。
 末妹を抱き上げながら、ユートは奥にある机の真後ろの本棚をじっと見つめた。
「分かったよ、ククル。みんなの話と一緒に聞こう。さて、そろそろかな……」
 そのユートの言葉に応えるように、本棚がゆっくりと横にスライドし始めた。
 留め金を外してあるので、棚は向こうから簡単に動かすことが出来る。完全に移動が完了すると、それまで本棚に隠れていた場所には大きな空洞が広がり、そ こには二人の人影がユートに真剣な眼差しを向けていた。
 ユートは背が高い方の人影に向かって、明るく声を掛ける。

「やあ、丁度よかったみたいだね、アーサー」

「ええ、ばっちりです。兄上」
 ユートに向かって、アーサーはにっこりと微笑だ。
 すると、小さい方の人影も言い訳をするかのように言葉を挟む。
「……わ、私は少し早すぎるかとも思いましたが……ククルが待ちくたびれていたら、と……」
「ソフィアは何よりも、早く兄上に会って謝りたかったのでは?」
「あっ、アーサー兄さま!」
 アーサーの言葉に声を荒げるも、二の句を継げなくなったソフィアは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
 そんな妹の頭を軽く撫でながら、ユートは軽くため息を吐く。
「……二人とも、それぐらいにして。とりあえず座って」
 ユートに向かい合うようにして二人がソファに並んで座る。
 ユートはククルの手を引いて自分の隣に座らせた。

「それで……リッチモンド卿は?」
「はい。どうにかして減税を防ぐ方法はないか、色々と企んでいるようです。息子のパール殿が既に根回しに回っている事は確認しました」
 先程のユートの提案は、派閥に属さない貴族や王家支持派の貴族に賛同を受けた。マルドラド、リッチモンド両派とも、何らかの手段を持って対抗してくるこ とは明白だろう。
「アーサー兄さまも大変ですね……」
 アーサーの言葉に、ソフィアはため息を吐きながら言った。
「あの狸じじいを相手にするなど、私では到底できません」
 心底嫌そうにするソフィアに苦笑しながら、アーサーはそれに答える。
「あの御方は確かに銭勘定には煩いけど……僕には優しいからね」
「はぁ……普段からは想像もつきませんね」
「はははっ、まあね。……それでアーサー、対抗策としては?」
「リッチモンド派の貴族の中にも、切り崩せる所はあります。まずはそこを何とかしようかと……」
「うん。アーサーの目は僕より鋭いからね。任せるよ」
 アーサーは一瞬照れたように下を向いたが、すぐに表情を引き締めるとユートに向かって頷いてみせた。

「続いてサムエル卿だけど、バウアーの情報によれば傭兵を多数集めているらしい」
 ユートの言葉に、アーサーは不思議そうに首を傾げた。 
「ですが兄上、傭兵ならば、マルドラド卿、リッチモンド卿も掻き集めていますが、何処か不審な点でも?」
「うん。それが出来るだけ目に付かないようにやってるらしいんだ。互いに戦力を見せ付け合っている両家とは違って、何か別の目的があるんじゃないかってこ と」
「なるほど……」
 ユートの言葉にアーサーは頷くと、そのまま黙り込んでしまった。
 サムエル卿は、強硬派のマルドラド卿や利潤最優先のマルドラド卿と違って、表向きは親王家の立場を取っている。それでもユートは裏に何かあるのではない かと思いバウアーを使って調べさせていたのだが、それが当たりだったらしい。
 信頼できる者と出来ぬ者、その見極めがこれからのこの国を左右する。
 国政を預かって以来、ユートはそれを身に染みて分かっていた。

 ユートはソフィアの方に向き直ると、今度は妹に発言を促す。
「それでソフィア、マルドラド卿の方はどう?」
「はい、それなのですが……」

 ソフィアは一度黙ると、ゆっくりとした口調で話し始めた。




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 2007年3月31日更新