第二章 旅立ち 第一話 1 アキト ライト。
もしお前が俺のこと見たら、なんて言うかな。 どうしてここにいる!? ……って、やっぱり怒られるんだろうなぁ。 でもライト。 お前はいつも俺を助けてくれた。 今度は俺の番だよな。お前に貸しなんか作ってやらねぇよ。 待ってろよ、ライト。 俺が行くまで無事でいるように。 ・
ひんやりとした冷たい感触を手に受けて、アキトは目を覚ました。 周囲は薄暗く、日の光が入ってきてないようだ。壁や天井が炎に照らされて、ぼんやりと揺らめいているように見える。 アキトは体に力を込めると、ゆっくりとその身を起こした。 室内は壁も床も石で出来ている。更に周囲に目を凝らすと、入り口らしき所には鉄格子がはめ込まれていた。 ここは……牢屋? どう見ても、映画に出てくる牢屋そのものだ。アキトは立ち上がって鉄格子を揺すってみたが、鉄格子はびくともせずアキトの脱出を拒んでいた。 「なんだよ、これっ」 アキトは思いっきり鉄格子を蹴り上げる。 激痛と共に、鈍い音が周囲に響き渡った。 「痛っ!ちょっ……まっ……いった、本当に痛っ……」 その音が聞こえたのだろうか、突如、アキトの前に顔が出現した。 「うわっ!」 髭面の老け顔がアキトをじっと見つめている。アキトは驚いて後ろに引っ繰り返ってしまった。 その様子を見た老け顔の男は大きな笑い声を上げ、ほほ笑みながらアキトへ話し掛けてくる。 「……ラ……カ…………ウ?」 「はい?」 何を言っているのかまったくわからない。男が何かを問い掛けているのはわかるのだが、聞いた事もない言語で話されてもアキトには理解できなかった。 男はアキトに何度も話し掛けてきたが、アキトの様子を見て言葉が通じていないと察したらしい。 深いため息を吐き、ポケットからカギを取り出すと、鉄格子の扉を開け、アキトの事を手招きした。 どうやら、危害を加えるつもりはないらしい。 アキトはホッと息を吐くと、男にしたがって牢屋を後にした。 ・
連れてこられた先は、何やら立派な調度品に飾られた部屋だった。 床の絨毯には綺麗な紋章が施され、壁には絵画が掛かっている。部屋の奥に置かれた机は綺麗に磨き上げられており、机の上には書類らしきものが広がってい た。 「……ア……ヤ……ハ……ツ」 男が何事か話し掛けてくる。身振りからして、ここで待つようにと言っているようだ。 アキトは小さく頷くと、再び視線を前に向けた。 ここはどこなのだろう。 少なくとも大和ではないことは確かだ。恐らく、あの少年の力によって飛ばされたのだろう。 外国か、それとも……。 アキトは頭の中で状況を確認する。 横に立っている男はどう見ても人間だ。 部屋や建物の造りを見るに、人の手で作り出された文明を感じ取ることが出来る。 後は、言葉が通じさえすれば、何とかなるかもしれない。 そうすれば、ライトを探すことだって可能なはずだ。 『自分はライトを助けに来た』 この言葉を、もう一度心の中で繰り返す。 それだけで、恐怖が薄れていくような気がした。 不意に、男がアキトの肩を叩いた。 それと同時に部屋の扉が開き、二つの人影が室内に入ってくる。 一つはアキトと同じか、それより少し上の年齢に見える少年だ。 男に向かって軽く手を挙げると、そのままアキトをじっと見つめる。視線を向けられたアキトが思わず曖昧な笑みを零すと、少年はアキトに近寄り、にっこり と笑い掛けてきた。 そうして後ろを振り返り、部屋に入ってきたもう一人の人物に向かって言葉を発する。 こちらの人物も、年齢的にはアキトとそう変わらないように感じる。 金色の長い髪を邪魔にならないように結いあげて、顔立ちは綺麗に整っている。格好を見れば少年そのものだが、顔だけ見れば少女と勘違いしてしまいそう だ。 少年に導かれ、金髪の少年はアキトと対面した。 金髪の少年はアキトをじっと見つめると、おもむろに口を開く。 「……別に取って喰う訳じゃないんだし、そんなに緊張しなくていいよ」 「……へっ?」 言葉が……わかる。 アキトは思わず金髪の少年の肩を掴んだ。 「言葉……わかるの?」 「うん、僕はどんな動物とも話せる。人間相手なら簡単だ」 膝が笑っている。 全身の力が入らなくなって、アキトはズルズルと床に座り込んだ。 「どうしたの?」 「力、抜けちゃって……」 金髪の少年は目を丸くすると、次の瞬間、大きな声を上げて笑いだした。 ・
「……大体の経緯はわかった。ハマザキ……ファーストネーム、アキト、君も今の状況は理解した?」 「うん……ここは、僕のいた世界とは違うって事だろ?」 アキトの言葉に、金髪の少年は深く頷いた。 そのまま男と少年の方に向き直り、手早くアキトの言葉を通訳しているようだ。 「あっ、言い忘れてた。僕たちのこと、まだ紹介してなかったよね? 大きい方が『クロム・ベルセルブ』、小さい方が『シェン・アラン・モレク』、それで僕 が『ユキ』だ。こいつら二人はかなりエライから、ゴマすっておいて損はないよ」 ユキはにやけながら男――クロムと少年――シェンの二人を見つめる。 二人は互いに顔を見合わせると、金髪の少年――ユキに向かって何事か言葉を発した。 「……『何を吹き込んだ?』、だってさ。後ろめたい事があるから不安になるんだよ」 どうやら、最後のセリフは二人にも分かるように言ったらしい。 二人の顔が険しくなり、ユキに向かって声を荒げる。 「わかった、わかった。それよりも状況がわかったんだし、早くあいつに合わせた方がいいんじゃないの?」 その言葉を受けて、クロムがシェンに何事か話し掛けた。 シェンは頷き、ユキに向かって何やら話し掛けている。 「……わかった、僕が連れていく。アキト、行くよ」 「う、うん」 どうやら、この二人はついて来ないらしい。 ユキに背中を押され、アキトは扉を開き部屋を後にした。扉が完全に閉まったのを確認すると、ユキは小声でアキトに耳打ちをする。 「……ごめん。あいつら、今は色々と忙しいんだ。どうやら戦があるみたいだから」 「いくさ?」 「戦争ってこと。僕も武人だからわかるけど、戦の前の準備は大変なんだ。……あっ、僕は大丈夫。僕はここの国に協力してやってるだけだから、命令される ことはない。頼まれたら行くことになるだろうけど、今のところそんな話もないしね」 ユキに誘導されながら、アキトは廊下を歩き続ける。 窓の外を見ると、空には星が輝き、目線を下げれば、町の明かりがぼんやりと揺らいでいた。 廊下は鎧に身を包んだ騎士達が闊歩し、間を縫う様にして洗濯物を抱えた女性達が動き回っている。 ユキは真っすぐ前を向いたまま歩き続け、やかで大きな門のような扉の前で立ち止まった。 見張りの騎士に軽く手を挙げ、アキトに向かって軽く目配せをする。 「王が待ってる。行こう」 ユキがそっと肩を叩き、アキトはゴクリと唾を飲んだ。 扉がゆっくりと開いていく。 高鳴る鼓動を胸に、アキトは部屋の中へと足を踏み入れた。 |