第二話


ギルド

 なぜ、僕は呼ばれたんだろう。

 ねぇ、ごめんって言った君。
 君が僕を呼んだの? 何で、僕なの?
 僕には血の繋がった人がいないから、誰も心配しないと思った?

 でもね、僕にだって家族が、親友が……心配してくれる人がいるんだ。
 謝るくらいなら、どうして――――



「……イト君、ライト君。そろそろ時間だ」
 体を揺さ振られ、ライトは眠りから覚めた。
 
 いつもと違う背中の感触に、一瞬、自分がどこにいるか分からなくなる。見下ろしてくる男の顔を見て、ライトの頭はようやく覚醒した。
 部屋の中はまだ薄暗い。
 窓の外を見ると、東の空にうっすらと太陽が登り始めたようだ。
「……ブレイズさん。今、何時ですか?」
「朝の4時前だ。出発には少し遅いが、まぁしょうがないだろうな」
「はぁ……」
 朝の4時に起こされた事など久しぶりだ。
 頭では理解していても、体がベッドを離れることを拒否している。
 ダメだ、こんな事じゃいけない。
 ライトは目を瞑り、ゆっくりと呼吸を整えた。
 自分はルナに迷惑をかけないと誓ったばかりだ。初日からこれでは、この先が思いやられる。
 全身の力を込めて、ライトはベッドから起き上がった。



 まだ薄暗い町並みを、ブレイズに続いてゆっくりと歩いてゆく。
 海が近いからだろうか、風が僅かに湿り気を帯びていて、潮の香りを感じ取ることが出来た。
 
 村の中央に位置する十字路を抜け、さらに足を進めてゆくと、左手に昨日忍び込んだ学校が見えてくる。
 ブレイズとライトが目指すのはその正面の建物だった。
「カイルとルナは先に来ているはずだ。いい話があればいいんだがな……」
 欠伸を噛み殺して、ブレイズは呟くように言う。
 建物は古びた木造の2階建てで、一見、中に入りにくそうだ。ブレイズと一緒でなければ、正直近づきもしないだろう。
 ライトはこっそりと、横に並ぶ男の顔を盗み見た。
 昨日は夜半を過ぎるまで診療所を出たり入ったりを繰り返していた。表に出してはいないが、疲れていることは明白だ。これ以上、彼にも負担を掛ける訳には いかなかった。

「……それでブレイズさん。この建物には何があるんですか?」
 さっきから気になっていたことを、ライトは尋ねた。
 ブレイズはライトをちらりと見ると、頭を掻きながら言葉を発する。
「うん? そうか、きちんと説明してなかったな。……ここにはギルドというものがあってな。簡単に言えば、何でも仕事を請け負い、登録者に紹介してくれる組 織だ」
「……職業安定所、ってことですか?」
 ライトの言葉に、ブレイズはうーん、と唸り声を上げる。
「……それとはまた違うな。依頼の内容も運搬から討伐まで多岐に渡るし、国は一切運営に関わってないにも拘らず、カイゼル建国当初からの歴史を誇る団体 だ。ギルドの登録証は身分証明の代わりにもなるから、お前にも登録してもらうぞ」
「はぁ……」
 建物の前に立つと、早朝にも関わらず、中からはざわめきが聞こえてきた。建物内には、かなり沢山の人間が存在しているようだ。
「でも、僕はこの世界の人間じゃないですけど、大丈夫なんですか?」
「多分大丈夫だろう。カイゼル出身者ではなく登録している奴も沢山いるからな」

 ブレイズは明るく言い放つと、ゆっくりと建物のドアを押し開けた。



 建物の中は案外明るかった。
 いくつかのテーブルが置かれ、人々がそれを囲んでいる。いかにも剣士という風情の者から身なりの良い御夫人まで、様々な人物が何やら話し合っていた。
「……ここは情報交換の場でもある。政府の犬になった王都の新聞より、よっぽど早くて正確な情報が手に入るぞ」
「へーえ……」
 物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回すライトに、ブレイズはそっと耳打ちした。
 奥に目を向けると小さなカウンターがあり、中では中年の男が煙草を吹かしている。
 カウンターの前には、どこか見覚えのある後ろ姿が二つ並んでいた。何やらファイルのような物を開き、真剣に目を通しているようだ。
「……おっ。よぉ、ブレイズ先生!」
 カウンターの中にいる男の声に、二人はこちらへ振り返った。

「あっ、おはようございます、先生。それからライト君も……」
 ルナがにっこりと笑い掛けてきた。
 昨日は昨日の夜の事を思い出し、ライトは気分が落ち着かなくなる。

「おはよう。師匠、ライト」
 カイルは些か眠そうに、欠伸をしながら目を擦っている。

「ああ、お早よう、二人とも。それでカイル、めぼしいものはあったか?」
「それなんだけど……」
 カイルは言葉を濁すと、ちらりと受付の男を盗み見た。
 その視線を受け、受付の男が言葉を発する。
「……それがよぉ、先生。あんたが仕事を受けに来たら、必ず教えてくれって奴が沢山いてなぁ。皆、あんたに仕事を頼みてぇんだと。今、呼びに行かせてるか ら、とりあえず話を聞いてやっちゃくれないかい?」
 ブレイズの表情が明らかに変わった。口をへの字に結び、明らかに不機嫌そうだ。出発が遅れるのが嫌なのか、単に面倒臭いのか、どうやら正解は後者だった らしい。
「……どうせ護衛か討伐の類だろう。悪いがそれは無理だぞ」
「……まぁ、それは依頼主に言ってくれや」
 ブレイズは深くため息を吐くと、カイルとルナに向き直った。
「時間が勿体ない。お前達で簡単な運搬の仕事を二つ三つ決めておいてくれ。俺が戻ったらすぐ出発するぞ」
「はい、わかりました」
 ルナが元気良く返事を返す。

「それはいいけど、ライトはどうすんだ?」
 隣にいたカイルはライトをちらりと見やると、ブレイズに向かって問うた。
 ブレイズは「ああ」と一言呟くと、受付の男へ言葉を発する。
「それと、この子の登録を頼む」
 ブレイズがライトの頭をポンと叩き、肩にその手を置いた。
 それを見て、受付の男の視線が嫌という程ライトに注がれる。表情に不快感を出さないように気を遣いながら、ライトはさっと視線を逸らした。
「……例の異界人の子かい?」
「ああ、何か問題があるか?」
「いや、うちは来るモンは拒まねぇ主義だから問題はねぇな。……まさか、先生、あんたが紹介人になるのかい?」
 受付の男が驚いた様に尋ねる。
 ブレイズはライトの肩を引き寄せながら、はっきりと断言した。
「ああ、頼む」
 そうして再びライトの頭をポンと叩くと、男の返事を待たずにカウンター横の階段を登り、そのまま二階へと消えていった。
「……紹介人って、そんなに大事なの?」
「紹介人がいた方が仕事が貰いやすいんだよ」
 ライトの言葉に、ルナが素早く反応する。
 だがライトにとっては、受付の男が二階に消えたブレイズをじっと見つめている事の方が気になっていた。
 ブレイズが紹介人になるのは、そんなに驚くことなのか。ルナの口調を聞く限り、紹介人がそこまで重要な役割とは思えなかった。
 
 受付の男はライトの視線に気付き、「あっ」と声を発すると、カウンターの中をゴソゴソと漁り出す。
 そうして一枚の紙をライトに差し出し、早口で説明を始めた。
「……ほい、必要事項をここに記入してくれるかい?あっ、字が書けないなら代筆でも可だ。紹介人の欄に先生のサインを貰うのを忘れないようにな。これを提 出してもらえば、仮登録は完了だぞ」
「仮登録?」
 ライトが問いを返すと、男は些か口調を穏やかにして言葉を続ける。
「ああ。先生からうちがどんな組織かは聞いてるんだろ? な〜に、簡単な仕事を頼むだけだ。それをやり遂げて、初めて本登録ってことになる。登録しても最 初はCランクだから余り儲けにはならねぇが、先生のようにSランクになれば、仕事の依頼で引く手数多だ。頑張れよ、坊主」
「……Sランクって、凄いんですか?」
 ライトの言葉に、男は自分の事の様に胸を張った。
「ああ、カイゼルでも十人といねぇからな。ちなみに、そこにいらっしゃるルナ様はBランク。カイルの坊主はAランクだ。こいつでも、月に一回は仕事が来る んだぜ」
 男はカイルの事を指差しながら言った。
 カイルは書類と睨めっこしながら、気のない声を発する。
「俺は師匠の仕事を手伝ってるうちに、自然とランクが上がったんだよ。……それよりマスター。仕事、決まったぜ」
「おっ、そうか。どれどれ…………よし、んじゃ、ちょっと待ってな。詳しい資料を渡すからよ」
 書類を確認した男は椅子から立ち上がると、カウンター奥のドアを開け中に入っていく。
 男の姿が完全に見えなくなるのを待って、ルナはポツリと口を開いた。

「二人とも。この後少しつきあってほしいんだけど……」
 ルナの眼は真剣だ。
 聖女とは何なのか、何で旅をするのか、ライトはまだそれを聞いていない。聞くタイミングを逃してしまったし、聞く事が憚られる様な空気も流れている。
 だが恐らく、相当な覚悟が必要なものなのだろう。

 ライトとカイルは目を合わせると、ルナに向かって深く頷いた。


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 2006年9月25日更新