第二話
2 日向の勇士 「こちらで少しお待ちください」 「あっ、はい」 案内役の曹長の言葉に、光一は軽く頷いて部屋に入った。 金髪の曹長は自分より少し年上に見える。 階級で考えれば自分の方が上官だが、新兵の分際で偉そうにする訳にもいかない。それに、光一の階級は正確には少尉候補生だ。 「……意外と広いね」 「うん」 健の言葉に、光一は軽く頷いた。 昔から北島の防衛拠点である北都基地は、規模、範囲共に北部方面隊最大の基地だ。だが、本島に比べ設備や人員は劣っているというのが通説になっている。 もっと古くて、こじんまりとしたイメージを持っていたのだが、中々どうして、綺麗で比較的新しい。 床もキレイに磨かれていて、部屋全体が明るく見えた。 会議室のような室内には前方にはホワイトボードがあり、そこから三人掛けの長机が三列に整頓されて置かれている。 見ると既に、何人かの新兵が座っていた。 「どこに座る?」 「前の方」 言うや否や、光一は一番前の長机まで歩いていく。 「あらら……あれ、一体誰だろうね?」 「多分、僕らの幼なじみ、でしょ?」 荒川の言葉に、須崎がため息を吐くようにして答えた。 光一の後を追う様にして、二人は小走りに掛けていく。 一方、席に着いた光一は座ろうと椅子に手を掛けた。椅子を引こうとした瞬間、もう一つの手が光一に重なる。お互いの手がぶつかり、思わず光一は手を引っ 込めた。 「あっ……」 向こうも驚いたのだろう。 慌てて手を引き、驚いたように声を上げる。光一は顔を上げて、相手の顔をマジマジと見つめた。 鮮やかな金髪の少年が、光一をじっと見つめている。 肌の色素が薄く見えることから、もしかすると異国の血が入っているのかもしれない。目線は光一と変わらないため、他のルーキーと比べても小柄な部類に入 るだろう。 お互いに見つめ合うようにして黙り込んでいたが、やがて金髪の少年が口を開いた。 「……俺はナオヤ・ササハラ。飛行隊所属の少尉」 「あ、ぼくは……」 「いいよ、名乗らなくて。青葉光一少尉だろ? お前の事は知っている」 「……はぁ?」 自分は目の前の人物とは初対面のはずだ。 怪訝そうに尋ねる光一に対し、ナオヤは表情を変えずに言葉を続けた。 「ファイター(戦闘機乗り)のくせに、俺の他にも回転翼の免許を取った奴がいるって聞いて、色々調べたんだ。これから長い付き合いになると思う。よろし く」 ナオヤが右手を差し出してくる。光一としては心中複雑だ。 資格を持っているとはいえ、光一の主は回転翼、つまり救難ヘリのパイロットだ。 戦闘機乗りのライセンス取得も希望したのは、出世が早く、しかもパイロット数が絶対的に不足しているため配属が早まると予想したからであって、特別思い 入れがあったわけではない。 救難隊を強く希望して正式な辞令を貰った今となっては、それほど価値を感じないライセンスの一つだ。 ナオヤの右手を握り返しながら、光一は言いにくそうに呟いた。 「こ、こちらこそ…………で、でもぼくは救難隊所属だから……」 「……何だって?」 ナオヤの表情が変わった。 握手した右手を振り払うと、光一の両肩をぎゅっと掴む。 「……信じられないな、何でわざわざヘリに乗る? ファイターになれる(戦闘機に乗れる)のに……」 「いや、あまり戦いには向いてないというか……」 ナオヤの手に力が入り、指が肩に食い込む。 痛みに、思わす光一は顔をしかめた。 「嘘をつくな。戦いに向いてない人間が適性検査に受かるはずが……」 「「はいっ、ストップ!!」」 室内に大きな声が響いた。 誰かが光一の後ろ襟を掴み、無理矢理ナオヤから引き離す。見ると、そこにはナオヤを睨み付けている健と康の姿があった。 一方、ナオヤの方も、突然現われた人影に首をはがい締めにされている。 「失礼しますよ、少尉殿」 「ごめんなさいね、少尉殿。ボクの幼なじみに絡まないでくれる?」 康と健は光一を庇うように前に立つと、油断なくナオヤを見つめた。 「だ、誰が絡んでなんか……」 「いやいやいや、絡んでるようにしか見えないって!」 ナオヤをはがい締めにしている人物が、呆れたように言った。 ナオヤが邪険に腕を振り払っても、それを気にした様子はない。 背はナオヤや光一とそう変わらない。襟を見ると、准尉の階級章を付けている。少し茶色掛かった髪と、首から下げたドックタグ(識別章)が印象的だった。 「そうだよ、ナオヤ君。初日から問題起こすなんて……」 ナオヤの後ろからもう一人の人物が言葉を発する。光一よりはやや年上に見えるが、襟を見るとこちらも准尉らしい。若干長めの黒髪を掻き上げて、声の主は 光一に近づいてきた。 鋭いナオヤの視線に苦笑しながら、光一に向かって口を開く。 「すみません、青葉少尉。彼には僕からよく言っておきますので……」 「は、はぁ……」 年上の准尉に頭を下げられ、光一はどうしたらよいか分からず視線を泳がせた。 「い、いえ、ただ話していただけですから」 「それなら良いのですが……ほら、ナオヤ君。行きますよ」 「あ、朝倉さん。俺は……」 「はいはい、話は後で聞きますから」 引きずられるようにして、ナオヤは二人に連れていかれる。 三人はぼんやりとそれを見送っていたが、やがて健がポツリと呟いた。 「……今の何だったんだろ?」 「さあ?」 須崎は肩を竦めると、椅子を引き、それに腰を下ろした。 2007年3月24日 掲載 |