第二話


再会

 一時間が経過したが、光一達は未だに部屋で待たされていた。

 周囲を見渡してみても、緊張疲れからか皆ぐったりと疲れ切っているようだ。
 光一達が到着してか らも三十分ほどは人の出入りがあり、新人がドアを出入りしていたのだが、今はそれも途切れ、時折トイレに立つ者がいる程度だ。隣に座る須崎は本を読んでい るし、その隣の荒川は大きないびきを掻いて爆睡している。
 頬杖をつきながら、光一はそっと目を瞑った。
 昨日は緊張でよく寝付けなかった。眠ってはいけない と思うのだが、自然と目蓋が重たくなる。
 思わず眠りに落ちそうになったその瞬間、ドンという大きな音が室内に響き渡った。
 続いて、

「ふざけんな!」

 という 怒号が光一の鼓膜を揺さ振る。
 何事かと目を開け周囲を見渡すと、須崎が本から目を上げ、前方のホワイトボードをじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「ほら、ホワイトボードの横のドア、さっきまでは閉まってたのに、今は少し開いてるでしょ? あそこから声が漏れてるみたいだね。用具室か何かと思ってたけど、多分、奥にも部屋があるんだ」
須崎の説明の間にも、怒鳴り声は止まる事無く続いている。 どうやら、二人の人物が何やら言い争っているらしい。
「才川、お前だってわかってんだろ? 新人育てんのってのはいつもの倍以上仕事が増えんだよ! ……まぁ、それはいいさ。新人が入って来なけりゃ後々困る。ただな、俺が言いたいのは、なんで新人ばっかでまともに使えるやつがいないのかって事だっ。今 ですら一杯一杯なのにこれからどうすんだよ!」
「……だから新人ばかりではない、陸軍で日向戦争を経験した者もいる。そりゃあ、空軍では陸軍出身者を新人 として扱ってはいるが、実力は折り紙付きだ。君たちだってそれは知ってるだろ?」
「……ああ。あんたに陸軍への偏見が無くてそこは助かったよ。だけどな、 パイロットとメディック(救難員)は経験がないと勤まらない。悪いけど、新入りに明日すぐ命を預けろって言われてもムリだぜ」
「ムリだろうと何だろうとこ れは決定事項だ。書類上はともかく、私の考えの中で彼らは訓練生ではない。もし足りないと言うのなら、その分は整備班と話し合ってなんとかしたまえ」

 何やら、話の雲行きがよくない。
 どことなく 聞き覚えがある声なので、もしかしたら光一達を助けてくれた隊員の一人なのかもしれない。だがそれ以上に、もしかしなくても光一達新人の事が話題の中心の ようだ。
 しかも、明らかに歓迎されていないらしい。
「……これ、聞こえてるって分かってんのかなぁ?」
「多分、気付いてないんじゃない?」
 二人が呑気に話 している間にも、声は止むことはない。
 いい加減気付かれないようにドアを閉めてしまおうか、光一が椅子を立ち上がりかけた瞬間、低い声がそれを押し止めた。

「……止めておけ、田島大尉」

 決して大声ではないが、不思議と良く耳に飛び込んでくる声だ。
「才川司令に不平をぶつけても仕方ない。原因は俺たちにあるんだ。新人のリストを見たが、『使えそう』なやつが何人かはいる。それだけで例年よりは恵まれ てる さ。……拓実、親父さんに無理言ったんじゃないか?」
「……お前が気にすることじゃない、ゆうい……いや、石月隊長」
 石月隊長……それに、田島大尉。
 北都市特別合同人命救助隊副隊長及び北都救難隊長、石月裕一大尉。
 北都市特別合同人命救助隊副隊長補佐及び北都救難隊主任救難員、田島雄太大尉。
 間 違いない。
 光一を助けてくれたあのパイロットと、救難員だ。
「光一、光一っ」
「うん、あの時の……」
 てっきり須崎も同じことを考えているのだと思って光一は返事をし たのだが、須崎の思うところは違ったらしい。
「そうじゃなくて、あれっ!」
 須崎が指差すほうを見ると、一人の新人がドアに向かって早足で歩いていく。
 先程 光一に絡んできた、ナオヤ・ササハラという金髪だ。その後ろからは、先程同様サイトウの友人らしき二人の隊員が必死にそれを止めようとしているのだが、ナ オヤはまったく気に掛ける様子はない。
 何かに取り付かれたかのように、真っすぐドアに向かって直進していく。
 げっ、うそ。
 光一の心の叫びをよそに、ナオヤ の手がドアノブを掴む。
 そうして勢い良くドアを開け放った。

 室内が静寂に包まれる。
 視線が小柄な金髪に集中した。

 誰がどう考えても、マズイ状況だ。余程の 理由がない限り、会議を中断させることなど許されない。
 何やってんだ、あいつ……。
 光一はそっと頭を抱えた。
 沈黙が重い。
 誰もが息を呑む中で、不意に、

「…… あーっ」

 という大声が室内に響き渡った。
「朝倉っ、ヨシヒコっ、もしかしてお前らかよ? 『使える』新人って……」
 名指しされた二人は、ナオヤを止めようとしていた二人の事らしい。
 年上の方がナオヤから朝倉と呼ばれていたので、小さい方がヨシ ヒコなのだろう。
 二人はさっと敬礼を返すと、燐とした声で言葉を発した。
「お久しぶりです! 朝倉隆介准尉であります!」
「ヨシヒコ・タカヤ准尉であります! 本日付けで……」
「……あー、いい、いい。戦友にそんな事をしてもらうつもりはないぞ。よく来てくれたな」
 二人の挨拶を遮って、一人の人物がドアから姿を現す。
 飛行服を身に纏った男、いや少年はまず朝倉と、続いてヨシヒコと強く握手を交わした。
「石月大尉もお元気そうで何よりです」
「君達もだ。俺が特殊部隊を離れて以来だから……約二年ぶりか。そうそう、会議が長引いてしまってな、時間を知らせにきてくれたのだろう?  相変わらず気が利くな」
「ま、まあ。ハハハハ……」
 朝倉は頭を掻きながら、曖昧な笑顔でその問い掛けを誤魔化した。
 ナオヤの暴走は、再会の場面で上手く流 されたらしい。
 当のナオヤといえば、石月隊長をじっと見つめたまま、何も言わずに立ち尽くしている。
「……あの人達、陸軍出みたいだね。さっきの日向戦争の経験者ってあの人達のことなんだ」
「うん……」

 『日向戦争』とは、大和の飛び領である『日向』に隣国ザルークから進攻があり、それを撃退した一年前の戦争だ。
 元々、大和は多民族国家であり、暮らしている人種は様々なのだが、日向は人種的にも文化的にも隣国ザルークに酷似している。その為、日向内のザルーク系 住民の解放を名目に、ザルークは戦いを挑んできた。
 一時は本国からの救援が間に合わず陥落寸前までいったのだが、ギリギリの所で一つの大隊が踏み止まり、そこから何とか反撃に転じる事が出来たのだ。
 その大隊は敗走兵と民間人、さらに学兵や少年兵といった寄せ集め大隊であったため、この勝利は『日向の奇蹟』と呼ばれている。

「あ、そうだ。呼びに来たついでに、資料配っといてくれ」
 石月隊長は一旦部屋に戻ると、分厚い資料の束を持ち出して二人に手渡した。
「……相変わらず 人使いが荒いなぁ」
「何か言ったか? ヨシヒコ」
「……別になにも」
「まぁそう言うな。勤務が明けたら久々にメシでも食いにいこう。……あ、ナオヤ、お前も配っといてくれ。頼むわ」
 ここで隊長は、さり気なくナオヤ の名前を呼んだ。
 呼ばれたナオヤが驚いた様に口を開く前に、隊長は隣の部屋に戻ってしまう。
「もしかしてあの人、新人の名前全部覚えてんのかな?」
「確か に資料には写真も当然ついてるはずだから、きっとそうなんだろうけど……」
 ここで須崎は一旦言葉を切った。
「須崎?」
「あの言い方はもっと…………いや、何でもない。 健を起こそう、もうすぐ始まるみたいだしね」
「う、うん……」

 須崎の物言いが光一は気になったが、それ以上須崎は何も語ろうとはしなかった。


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2007年6月16日 掲載