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自分の居場所 「それで、準備の方は?」
「……出来てるぜ」 どうやら僕と会話を弾ませ る気はないらしい。 無線機を持ったまま、仲間は上空を浮かぶヘリを見つめている。 「さすがに、準備は早いみたいだね」 「……」 無回答。 こちらとて、楽しく 仲良くやるつもりはない。目的が果たせれば、後はどうでもいい。 「……ヘリは?」 双眼鏡を構えたもう一人の仲間に声をかける。 「……最後の被災者を回収し ようとしてるよ」 つまり、時間はそう無いはずだ。タイミングは今しかなかった。 「連絡は?」 「まだない」 無線機を持つ仲間は、相変わらずの調子だ。 「もうタ イムリミットだ、実行しよう」 「ダメだ」 無線機を構えた仲間は、珍しく強い調子で答えた。 「今日、俺たちが基地にいないことは、掃除のおばちゃんまで知っ てるんだぜ。下手に疑われる訳にはいかねーんだよ……もっとも、お前にはどーでもいいんだろうがな」 そうだ、どうでもいい。 こいつらがなぜこんなことを しているのかも、成功した後、自分がどうなろうとも、僕にとっては些細なことに過ぎない。 「……お前、ホントにいいのか?」 ここにきて初めて、無線機を持つ仲間が感情を見せた。 「何が?」 「このままやっちまってさ、後悔しないのか?」 「後悔? しないね。……自分の居場所を失ってから、僕はそんなものを感じたことはない」 そうだ、今日まで、この瞬間の為に生きてきた。 ……躊躇いはない。 いや、あってはいけない。 「……また、居場所がなくなるんだよ」 どうやら、余程人の決心を挫けさせたいらしい。双眼鏡を持つ仲間も、こちらをじっと見つめてくる。 「……構わないさ。何を失ったって、今更大差ない」 「……そう」 仲間は再び双眼鏡を構える。 自分の居場所、そんなものはとうの昔に捨てた。 あの基地にそれらしいものがあったのだとし ても、それを考えたくはない。 余計な情は目的の邪魔にしかならないのだ。 《……マリンスターから01へ。石月隊長、聞こえますか?》 ついに来た、僕は無線機の傍まで駆け寄った。 《こちら石月。海原くん、どうした?》 《桜井隊長から連絡です。02のヘリは、無事に指定の病院に到着。重傷者の搬送は完了しました。我々も現在、基地へのアプローチに入っています。石月さ んもお気を付けて。……後、約束の方もよろしく》 《はっはっは、了解した。わざわざすまなかったな。白木さんにもよろしく言ってくれ》 《はい、ではまた後で》 交信が終わる。つまり、実行のサインだった。 これで、この空域には01のヘリ一機のみとなる。これから何があったのか、それを知るすべはない。 僕はポケットから携帯電話を取り出した。 順番に番号をダイアルしていく。全ての数字がディスプレイに表示された。 後は、通話ボタンを押すだけで、目的は果たされるのだ。 寒さのせいか、手が震えてきた。 いや、寒さだけのせいではないだろう。 無関係のバスの乗客を巻き込むことの罪悪感か、それとも……再び居場所を失う恐怖からか……手の震えは止まってくれそうになかった。 別に、震えていることに問題はない。 もう数字はダイアルしてある。通話ボタンを押すだけなら震える手でも問題ない。 両手で携帯を掴みながら、僕は通話ボタンをプッシュした。 ・ 携帯電話を操作する子供を見て、少年は軽くため息を吐いた。 結局、決心は変わらないらしい。 少年はこの子供の事情は知らない。 だが少なくとも、自分達の仲間の一人ではないことは明確だった。 おそらく、うまい具合に利用されているのだろう。使い 捨ての駒を用意するのは、組織の常套手段だ。 少年には信じられなかった。 どうしてようやく得た居場所を、自ら捨てるのか。 この子供は自分よりもさらに若い。だからこそ、この子供の考えが尚更理解できなかった。 子供には悪いが、少年にも事情がある。 少年だって、自分の居場所を失う訳にはいかない。こうなった以上、奥の手を使う必要があった。 無線機を持つ仲間に視線を送る。仲間はそれに気付き、そっと近づいてきた。 「……やるのか?」 「……うん。やってみるよ」 少年はポケットから小さな機械を取り出す。 スイッチを押すと、無線機に甲高い電子音が流れた。 動作は完璧、さすがに技術は高い。 これを作り上げた仲間は、性能に絶対の自信を持っているようだっだが、如何せんここは山だ。 後は、ここから電波がヘリに届くことを、そして、あいつらが気付いてくれるのを願うしかない。 双眼鏡でヘリの姿を確認しながら、少年はスイッチを押し始めた。 |