第四話


出会い

「イッシー、こっちは後三人だ」
《了解、慎重にな》
 無線から声が聞こえる。
 ワイアーで吊り上げられた大橋隊員と仲間が、ゆっくりとヘリに近づいていった。

「お前ら、最後にしちまって悪かったな」
 田島隊員が話し掛けてくる。
「いえ、だいじょーぶです」
 健が笑いながら答えた。まだ余裕があるらしい。
 須崎も寒さには慣れていて、特別つらそうではない。だが、光一にはすでに限界だった。
 寒さが体を覆う様にして広がっていく。背筋が凍り付くようだ。

 ヘリへの収容が終わり、再び大橋隊員が降下してくる。
「よっしゃ、じゃあ次は……お前だな」
 田島隊員は光一を指差した。
「いいか、吊り上げられてる間は暴れたりしないで、おとなしくしてるように。レンの指示に従ってれば大丈夫だからな」
「はい」
 大橋隊員がすぐ傍まで降下してきた。
 田島隊員が片手を挙げ、何か合図を送っている。それを見た大橋隊員が、無線で何か連絡しているようだ。
「いくぞ」
 田島隊員に抱えられる様にして、光一は大橋隊員に近づいた。
「……それじゃあ……両手を挙げて……体を預けてくれる……?」
「は、はい」
 二人がかりで体が離れないように、しっかりと大橋隊員に固定される。

「……はい……手を下ろして……」
「苦しいトコないか?」
「……何か 変だったら……すぐに言うんだよ……」
「しっかりレンに抱きついて……そうだ、いいぞ。よし、オッケーだ!」

 慣れた手つきで作業を終えると、田島隊員は光 一に笑いかけた。
「そんな心配そうな顔すんなって。遊園地だと思えば楽しいもんだろ」
「はぁ……」
「……遊園地と違って……もし何かあったら……確実に死 ぬけどね……」
 冗談ともつかぬ様子で大橋大尉が呟く。
 体を悪寒が走り抜けた。
「ばっ、レンっ。余計なことを……」
「……万が一の時……どうして自分が死ん だのかくらいは……知っておいたほうが……」
「いいんだよっ、そんなの知らなくて! 大体、何かあったらお前も死ぬんだぞっ」
 辺りが沈黙に包まれる。

「…… そっか…………じゃあ大丈夫……安心していいよ……死なない死なない……」
 
 どこが大丈夫なのか具体的に説明してほしい。
 むしろ、不安が増大した気がする。

「ホントに大丈夫だから、絶対大丈夫だから、信じろ、な?」
 言い聞かせるように田島隊員が言う。どの道、信じる他はない。
「……準備完了……遼一君……上げて……」
《了解》
 声がかかり、ゆっくりと 体が引っ張り上げられた。
 重力に逆らうように、ゆっくりとしたスピードで上昇していく。
 下の三人の姿が徐々に小さくなり、上を見ると、空を飛ぶ巨大な塊が どんどん近づいてきた。
 近づくにつれて、ヘリから身を乗り出している人影が見える。
 正面に目を向けると、北都の山々と、ついさっきまで走っていた国道が見 えた。

 そういえば、あのワゴン車はどうしたんだろう……。
 目を凝らしてみたが、それらしき物は発見できなかった。
 
 やがて、一番上まで上がりきる。
 ヘリから身を 乗り出した人影に抱き抱えられる様にして、光一はヘリの中に引き込まれた。
「隊長、収容完了。後二人です」
 言いながら、素早く光一と大橋隊員を引き離す。
  小柄な隊員だ。背だけを見れば、光一とそう変わらないだろう。
 ヘルメットの下から覗いた顔は、思いの外幼かった。

「おう、了解だ。……それで小村、搬送先の方は……」
 小柄な隊員に隊長と呼ばれたパイロットは、無線で何事か話している。
 二人が引き離されると、大橋隊員は再びヘリの外に身を乗り出した。
「レンジさん、降ろしますよ」
「……うん……頼むね……」
 荒川と須崎を収容するため、再び大橋隊員が降下していく。小柄な隊員はそれを見届けると、クルリとこちらを振り返った。
「失礼します」
  光一の額に手を伸ばす。ひんやりした手が、妙に心地よい。
「……少し熱がありますね」
「えっ?」
「これを掛けてください。軍用ですから暖かいです」
 
 小柄な隊員は光一に毛布を手渡した。
 空軍なのになぜか迷彩柄だ。しかも、『大和国防空軍』の文字入りで、その下には黒い猫のマークが入っている。

「……」
「ああ、それですか。欲しいなら基地の売店で売ってますよ。基地見学に来ればプレゼントもしてます」
 別に欲しくはなかった。
 むしろ、明らかにお土産用な気がする。
「まぁ、猫が気に入らないなら、他にも種類がありますから……」
 小柄な隊員は、プラスチック製のカップを光一に差し出す。
「これは?」
「ホットミルクです。牛乳ダメならココアもありますが?」
 カップから湯気が立ち上っている。冷えた体にはありがたかった。
「あ、ありがとうございます」
 光一はカップを受け取ると、それを一気に飲み干した。
「あ、 なんか……甘い?」
「ハチミツ入りです」

 小柄な隊員は光一からカップを受け取ると、操縦席の方へ戻っていく。
 ヘリというものに初めて乗ったが、意外にスペースがあることに驚いた。
 仲間達がこれだけ乗っても、まだ少し余裕がある。荒川と須崎を収容するに、問題はなさそうだった。

 荒川と須崎といえば、下はどうなっているのだろう。
 光一は窓から下を覗き見た。
 下の様子を見るに、次は須崎らしい。
《……遼一君……上げて……》
 無線から大橋隊員の声が聞こえてきた。
「了解」
 小柄な隊員はドアの所まで来ると、何やら機械を操作している。
 ウインチでワイヤーが巻き取られ、ヘリまで戻ってくる仕組みらしい。
 
 やがて、須崎も上まで昇り切った。
 光一と同様に、小柄な隊員に抱き抱えられる様にして、ヘリに引っ張りこまれる。光一を見つけると、須崎は引きつった笑みを見せた。
 小柄な隊員に体のチェックを受けて、カップを渡される。
 それを持ったまま、須崎は光一の隣に腰掛けた。
「須崎、顔色悪いよ。大丈夫?」
「……僕、実は高いトコ、ダメなんだよね」
 震える手でカップを持ちながら、須崎はポツリと呟く。
 ここまで顔色が悪い須崎を見るのは久々だった。

「……下では平気なフリしてたけど、もう限界。落ちそうで怖い……」
「えっ……でも、前、飛行機乗ったときは、大丈夫だったよね?」
 須崎は黙ってドアの方を指差す。
「……今、ドア開いてるでしょ」
 確かに先程からヘリのドアは開きっぱなしだ。
「あれがダメなの?」
 コクリと須崎は頷く。
 そうして、光一の腕を掴んだ。
「ごめん……」
 俯いたまま、顔を伏せる。

 おそらく、生身のまま吊り上げられたのが堪えたのだろう。
 高所恐怖症ならば、足が竦んでしまっても仕方がない。
 
「掴まりたいなら、掴んでなよ」
 須崎は下を向いたまま頷く。
「健が上がってきたら、両側から押さえる様にするから、少しは安心できると思うよ」
 
 体を丸める様にして小さな体を震わせながら、須崎は再び頷いた。


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2006年2月5日 掲載