空軍

「よし、降下準備」
「了解」
 ヘリは大分高度を下げ、すぐ真横に国道が見えるくらいだ。
 田島は装備を整えると、下の状況を再確認した。
 
 子供三名が雪の中を移動できる事から、雪の深さはさほど問題ないはずだ。
 バスが埋まっているのも、吹雪が吹き付けたのと、落ちたショックで雪面にはまった可能性が高い。峠の高さから考えて、それほどバスの損傷が激しいとは思 えなかった。
「……雄太くん……降ろすよ……気を付けて……」
「おう、慎重に頼むぜ」
 田島はそう言うと、ヘリの外に身を乗り出す。機上整備員がいないため、大橋がウインチを操作した。
 ヘリから体を離すと、埋もれたバス付近に向かってゆっくりと降下する。
 風が少し強い。
《雄太、少し揺れるかもしれん。気を付けろよ》
「わかった」
 
 この風では、ホバリングだけでも一苦労のはずだ。
 だが、機体が崩れることはない。
 そのせいか、最近では石月以外のパイロットと飛ぶ時は、恐怖すら感じるようになってしまった。
 
 地面が近づいてくる。
 手を振っていた三人の子供が、こちらに戻ってきたようだ。ちょうど田島の降下地点付近に集まって、こちらを見上げている。

 あぶないな……。
 そう判断した田島は、手を振ってどけるように合図した。
 子供たちがさっと場所を空ける。
 広くなったスペースに、田島はゆっくりと着地した。
 ワイヤーを外すと、三人の子供が駆けてくる。子供といっても、田島と大きな年齢の違いはないだろう。それでも、この年代において体格差はかなりのも のがある。
 
「レスキュー隊の人ですか?」
 一人の少年が話し掛けてくる。
 中々利発そうな少年で、耳は真っ赤で、荒く息をしていた。
「うーん、ちょっと違うかな、俺は消防じゃないからレスキュー隊とは少し違う。俺は空軍の田島雄太だ。お前ら、もう大丈夫だぞ」
「えっ、空軍?」
「ああ、ヘリに書いてあんだろ?」
 ヘリを指差すと、子供たちの視線が上にずれる。
 大和でも配備されている数の少ないシー・ドラゴン(ヘリの愛称)。その大きな機体が宙に浮いている。
「ほらな、『大和王国国防空軍』って書いてあるだろ? 俺はその正式な救難員だ、安心しろ」
 被災者は概して動揺していることが多い。
 不安を解くためにも、きちんと名乗り、身分を明らかにする必要がある。特に、被災者の協力が必要な場合は尚更 だ。
 
「バスってあれか?」
「あっ、はい」
 バスに向かって歩きだすと、少年達は後ろをついてきた。
「あの……」
 今度は濃い茶髪の少年が尋ねてきた。
「んっ?」
「さっき空軍って言いましたよね?」
「……ああ、空軍って言い方はまずかったな」
 
 軍隊は余程の場合、例えば消防や警察、海保だけじゃ手に負えない時に出動するのが普通だ。
 ただの事故で軍が出張ってくることはほとんどない。

「正式に言えば、俺たちは『北都市特別合同人命救助隊』ってことになる。通称、『北都人命救助隊・ホワイトウイング』。聞いたことあるだろ?」





 田島と名乗った少年は、歯を見せて笑った。

 恐らく、長く軍属にいる少年兵、もしくは学兵なのだろう。
 人懐こそうなその笑顔を見るだけで、何だか安心してしまう。田島隊員はバスに近づくと、迷わず中に乗り込む。光一達もそれに続いた。
 田島隊員は前から順番に、一人一人の様子を確認していく。
 時々質問を交えながら全員を回った田島隊員は、バスの前方で待つ光一達の元へと戻ってきた。
「お前ら、頭打ったりしてない? 実はクラクラするとかない?」
「いえ、ないですけど……」
「そっか……」
 言いながら、田島隊員は光一達の顔、特に目を覗き込むようにして見ている。

《……雄太、状況は?》
 短いノイズの後、無線から声が聞こえてきた。
「おう。ラッキーなことに被災者は全員生存。重傷者三名。頭を打ってるのが五名。骨折してそうなのが四名。後は、みな、どこかしこ怪我してる」
《胸を打ったのは?》
「重傷者の中に一名、運転手だ。こいつは急いだ方がいい」
 田島隊員は横目で運転手の方を見た。
《了解、02が到着して、グッちゃんと京介が降りた。レンと桜井隊長はどうする? 降ろすか?》
「ああ、頼むよ。手は多い方がいい」
《了解。……レン、行けるか? ……わかった。三村、降下手伝ってやれ。手が足りん》
《……了解》
 無線から慌ただしさが伝わってきた。
「光一、外……」
 須崎の言葉に外を見ると、ヘリがもう一機増えていた。
 雪の中、バスにもう二人の隊員が近づいてくるのが見える。何か荷物を抱えているようだ。
 
 その二人はバスに入ってくると、田島隊員に軽く敬礼した。
 この二人も田島隊員と同じく、まだ年若い、といっても光一よりは年上だが、少年兵だった。
「わりぃな、雄太。わざわざ」
 二人の内、大柄で横幅もありそうな隊員が言った。
「お前んとこの三村くん様々だな。よく気付いたぜ……」
 小さい方の隊員も呟く。光一達の視線に気付いたのか、二人は軽く笑みを零した。
 
「空軍の常田京介だ、もう大丈夫だぞ」
 大柄な隊員が言った。
 
「空軍の坂口達也。悪いけど、みんなを助けるために、三人には協力してもらうよ」
 小柄な隊員も言う。

「協力って何を……」
 須崎の言葉に、田島隊員は笑い声を上げた。
「そんな不安そうな顔すんなって! 俺たちの傍にいて、被災者の名前を教えてくれたり、みんなが不安にならないように声とか掛けてくれればいいんだよ。簡 単だろ?」
「はい、まぁ……」
「よっしゃ、頼むぜ」
 荒川の言葉に、田島隊員はニヤっと笑った。
「それで雄太、重傷者は……」
「ああ、こっちだ」
 田島隊員と小柄な坂口隊員がバスの後ろに向かう。

 残った常田隊員は担架を組み立て始めた。
 そうして、運転手の方へ近づく。
「大丈夫ですか? 今、ヘリに収容しますからもうすこし……」
 常田はそこで言葉を切った。じっと運転手の顔を見つめている。
「……あれ、織田教官……?」
「んっ……」
 運転手が目を開けた。
「やっぱり、俺です。常田です。覚えてますか?」
 運転手の目が見開かれた。
「常田……お前……生きてたのか……」
「はい、おかげ様で。……雄太! グッちゃん! こっち来い!」
 常田の声に後ろから二人が小走りで駆け寄る。
「……田島に……坂口……か?」
「うっそぉ、織田教官じゃん。久しぶりっす、田島です。いやー、ぜっんぜっん気がつかなかった……」
「ホントだ、坂口です。うっわー、久しぶりですね」
「お前達……よかった……無事……生きとったのか……」
「はい、今、みんな北都にいるんです。上にいますからすぐ会えますよ。ちょっと待ってください」
 言いながら、常田隊員は運転手を起こそうとする。
「……待て」
 その手を押し止めて、運転手は言った。
「俺より先に、子供たちを……」
「だめです、教官」
 坂口隊員があやすように言う。
「知り合いとかは関係ありません。俺たちは全員が無事助かる確率が、一番高いものを選びます。俺たちは……今は……救難員ですから……」
 運転手は坂口隊員をじっと見たが、それ以上何も言わなかった。

《……こちら02。桜井と大橋が合流、そちらに向かっている。降下組、状況はどうだ?》
 パイロットからの通信だ。
「ああ、今、最初の被災者を運びだすところだ」
 常田隊員が応答する。
「それより、設楽……燃料は大丈夫か?」
 無線の向こうが沈黙した。
「おい、ヤバいのか?」
 田島隊員が呟く。
「演習から直接来たからな。ホントはすぐに消防とバトンタッチする予定だったんだけど、この風じゃ飛べねぇって言うし。お前らも来たし一旦帰投しようと 思ったら、ちょうど現場発見しちまうし……」
「なるほどねー、ここまでよく飛べたな……」
「うちのパイロットはユウキと大森だからね」
 常田隊員は誇らしげに言った。
 
 ヘリから通信が入る。
《……まだ余裕はある》
「……ってことは、ぎりぎりってコトだな」
 坂口が呆れたように言った。
「桜井、こちら坂口。応答願う」
《……こちら桜井。降下完了、大橋と合流した。何かあった?》
「02のヘリの燃料が限界だ。とりあえず重傷者だけ乗せて先に帰投したいんだけど……」
《……そうだな……わかった、了解。石月隊長、聞こえるか?》
《……こちら01、石月。桜井隊長か? ……どうした?》
《石月隊長、すまない。うちのヘリの燃料が限界だ。先に帰投させてほしい》
《……あー、それは仕方ないな。雄太、レン、02の援護に回れ》
「了解っ」
《……了解》
 流れるような会話が続いていく。

 誰かを助けようとして闘う少年達、彼らは、本当に自分と大きな年の違いがない少年達なのだろうか、いや、自分とは大違いだ。
 光一は自分に問うた。

 自分は何をしたいのだろうか、本当にやりたい事はないのだろうか。
 
 昔、誰かを守るために闘うヒーローに憧れた。
 ただ憧れと目標は違う。
 やりたい事がない光一の目には、彼らの姿はヒーローのように写った。

  戻 る
2006年1月2日 掲載