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もう一つの現場 「……ふーっ」
青白い画面を見つめながら、田中優はため息を吐いた。 「……手こずってますな」 後ろから声が聞こえる。 見ると、整備隊長の大山少尉が立っていた。コーヒーを啜りながら、優の画面を覗き込む。 「あん、天候がね……」 田中の言葉に大山は笑い声を上げた。 「司令がそんなに陰気ではいかんよ。笑ってるくらいの余裕がないと……」 「そうは言っても、被災者が被災者だかんな」 「なぁに、子供というのは案外しぶといもんさ。君たちだってそうだろ?」 「それを言うなら、『俺たちだって』だろ?」 「……そういえばそうだった」 大山はコーヒーを啜ると、窓の外に目をやった。 横ではオペレーターの小村進ノ助大尉が01、02両チームと連絡を取り合っている。 「……で、整備のほうはどう? 終わったの?」 「一段落ついたから、みんなに任せてきたよ。今出ている機体はどうかね?」 やはり、機体の調子が気になって、吹雪の中ここまで来たらしい。 「今のところは無事だよ。そういえば、いっしーから伝言」 「石月さんから?」 「哨戒機をぶっ壊した犯人を発見、生け贄に捧げるってさ」 「……田島かね」 「せいかーい」 大山はため息を吐いた。そのままポツリと呟く。 「石月さんも難儀だな、田島のことといい、池田のことといい、毎日俺に頭を下げにくる」 「池田のやつ、また機体壊したの?」 「着地で前輪をね」 「またやったか……」 「まぁ、池田は押し掛け弟子みたいなもんだから、石月さんも気に入ってるんだろうね」 大山は音を立ててコーヒーを啜った。 「……優も飲むかい?」 「いや、遠慮しとく。コーヒーはあまり好きじゃないから」 「そうか、まだコーヒーの良さがわからないか……」 「悪かったなっ! 子供でっ」 優の大声に、司令部員の視線が集まる。 ばつが悪そうに首をすくめた優は、再び画面と向き合った。 「さて、そろそろかな……」 大山がポツリと呟く。その声に合わせるようにして、司令部のドアが開いた。 「……あ、いたいた、大山く……じゃなくて、班長。やっぱりここにいたんだね」 「ああ。佐藤くん、終わったかい?」 「うん、一応チェックしてもらえる?」 「了解だ」 入ってきたのは、整備隊副長で第一班副長でもある佐藤拓也少尉だ。 顔にはオイルがこびり付いている。 「佐藤、ご苦労さま。ハンガーはどう?」 「……そうだね……ここの三倍寒いかなぁ」 真面目な顔で佐藤は答える。 「何人か風邪で休んでるから、出れるやつはフル動員。……お願いだから休みちょうだいよー」 「それは司令に言って」 「あいつ、『わかったわかった』って言うけど、一度も休ませてくれないんだよなぁ……」 疲れ切った顔で、佐藤は呟いた。 「風邪って、誰が休んでるの?」 「イズミ君とか、トリちゃんとか、広岡君とか、いろいろ。珍しいでしょう?」 「やっぱり疲れてるのかな……」 優の言葉に、大山が反応する。 「どうだろうかね? カイトや将太は普通に元気だから、そこまで疲れてはいないと思うよ。要は気の持ち様だろ?」 「大山くん ……じゃない、班長、少しは援護してよ」 佐藤がぼそりと突っ込む。 「そういえば、戦闘班でも藤井と武田が休んでたっけ……まぁ、一応司令には言っとくよ。ちゃんと休ませるようにね」 「ごめん、よろしく」 勢いは弱まったものの、以前として外は雪が吹き荒れている。 被災者の事も気になるが、一番不安なのは、皆が無事に帰って来るかどうかだ。信頼していないわけではないが、モニターを通じてでは不安も一入である。 一番度胸が据わってて、もしもの時に冷静なのはお前だ。 石月にそう言われて指揮を取っているものの、これなら現場にいるほうがよっぽど楽だ。 やはりついていけばよかった…… だが、優の物思いもここまでだった。 《……こちらホワイトベア・ツー、マリンスター。北都基地、どうぞ》 捜索機の海原俊也中尉から通信が入る。 「こちら北都基地、どうした?」 《捜索機から通達。現場発見、繰り返す、現場発見》 現場発見の報告だった。司令部に緊張が走る。 「了解、詳しい位置を知らせよ」 《黒崎の尾根にて被災者を三名発見。こちらに手を振っており通報者と思われる。さらに国道沿いの崖下に、事故車両と思われるバスを発見。雪に埋まっており 早急な救助が必要。以上》 「了解した、ご苦労だった。引き続き周囲の警戒。その後、帰投せよ」 《了解、それから……》 海原が言葉を切った。 「どうかしたのか?」 《……えーと、白木隊長から石月さんに伝言で、『何を奢ってくれるんだ?』って……》 言いにくそうに話す海原の様子を想像して、田中は思わず吹き出した。 「では白木少佐に伝言を。『温泉旅行に懐石料理、みんなでのんびりしよう』ってさ」 《……それ、石月さんらしくないですけど……誰の発案です?》 「ユウタ」 《なるほど……田島さんらしいですね》 「海原はイヤなの?」 《まさか》 明るい声が聞こえる。 《喜んでご一緒しますよ。折角の休み、貪るように満喫しなきゃ損ですからね》 「ははは、確かに。そういえば池田は? バカに静かだけど……」 この優の言葉に、不機嫌そうな声が聞こえてきた。 《……ちゃんと乗っけてますよ、放り出したいですけど……》 《おい、黙って乗ってんだから、変な事言うなよ》 「ぷっ……」 思わず噴出してしまった。 この二人のことだ、喧嘩するほど仲がいいとは、昔の人もよく言ったものである。 「はいはい分かった分かった。では、二人とも周囲の警戒よろしく」 《《マリンスター、了解》》 ノイズと共に無線が切れる。 指示を与える前に、すでに横でオペレーターの小村大尉が01、02両チームに指示を出しているのが聞こえた。 とりあえず一息ついた……。 そうホッとしたのも束の間、全身に悪寒が走り抜けた。 後ろから殺気を感じる。 恐る恐る振り向くと、佐藤が恨めしそうに立っていた。 「……田中君」 「……はい」 「僕達も連れてっ!」 「ええっ、で、でも整備の有給休暇は俺の管轄外だし……」 「僕達の状況わかってる? ここ二週間まったく休みなしなんだよっ! 旅行なんて入隊してから一度も行く暇ないんだっ、僕達だって遊びに行きたいんだよ!」 掴み掛からんばかりの勢いだ。 目が血走って、必死というよりもはや殺気である。 助けを求めて大山を見るが、ニヤニヤ笑っているばかりで手を出すつもりはなさそうだった。 「……わ、わかった。一応司令に言っては……」 「本当!?」 「いや、だから言うだけは……」 「ありがとう。僕、皆に伝えて来るから!」 「あ、ちょっと、佐藤くん!? さ、佐藤さん? ちょっ、佐藤少尉!!」 止める暇もなく、佐藤は司令室を飛び出していった。 辺りが沈黙に包まれる。 「……もしダメだったら、整備で暴動が起こるね……」 「……他人事みたいに言うなー」 田中は頭を抱えた。 どうしてこう頭痛の種が絶えないのだろうか。 《……北都基地、こちら01。現場に到着、これから救助を開始する》 無線から石月大尉の声が聞こえてきた。とりあえず、無事に任務が終わらなければ温泉どころではない。 田中はゆっくりと椅子に座り直すと、ヘッドホンを耳にあてた。 |