第三話
1 白いカーテン 《こちらホワイトベア・ワン、ホワイトウッド、了解。これから黒崎の尾根に
向かいます。どうぞ》
前席のパイロットが、地上に向かって声を飛ばす。 《ホワイトウッド。02が探索を行った際、被災者、またバスは発見できなかった。被災 者は離れた所から見晴らしの良い黒崎尾根に移動し、そこから合図を送っている模様。周辺、特に崖下を入念に探索せよ。被災者はその周辺にいると思われる》 北都基地から、司令である田中大尉の声が聞こえてきた。 《北都基地、被災者と連絡は取れないのか?》 《何度か試みているが、電波が悪く繋がらない。また雪 が強くなりそうだ。早めに頼む》 《了解》 白木少佐は機体を傾けると、すっと高度を下げていく。 流れるようなその動きから、白木少佐の操縦技術の高さが伺えた。 《ホワイトウッド……いや白木、一つ言い忘れた》 無線から、田中大尉が小声で話し掛けてくる。口調が柔らかいということは、私用通信だろう。 《なんだ?》 《……いっしー がよろしく頼むってさ》 《ふっ、『はいはいわかりました。後から何か奢ってくれ』……そう伝えといてくれ》 《りょーかい》 プツンという音と共に、無線が切れた。 無線での軽口が許されるのは、パイロットの特権だろうか。 「見つかったんですか?」 《さぁな》 僕の言葉に、白木少佐が軽い口調で言った。 《石月さんのカン 次第だ》 機体がさらに高度を下げる。 地上の木々が段々と近くなってきた。白銀の世界がこんなにも美しい事を、ここに来て初めて知った。 《海原、大石、聞こ えるか?》 白木少佐は僚機のパイロットを呼び出した。僚機の二機は、一定の距離を保ってピッタリと飛んでいる。 《はい、隊長》 《こちら大石。大丈夫、よく聞こ えてるよ》 二人のパイロットが素早く答えた。それにあわせて、白木少佐が素早く指示を出す。 《海原、お前は上空から全体を見てくれ。俺と大石はギリギリま で高度を下げる》 《りょうか………》 《え――っ、マジかよっ?》 海原中尉の声にかぶさるような大声が、無線から聞こえてきた。海原中尉の後席に乗る池田中尉だ。 《なあなあ白木さん、オレ達にも高度下げさせてくれよー》 《陽平、うるさいっ!》 大石大尉が怒鳴り返す。 《だってさぁ、それじゃまるで見せ場なしじゃんか、俺 たち。だいたい……》 わめき続ける池田中尉に対して、白木少佐は軽く舌打ちをした。そのまま低い声を絞り出す。 《……海原、命令だ。池田を放り出せ》 《了解。後席をベイルアウト(脱出)します》 《わーっ、わかった!ちょ、ちょっと待て!》 池田中尉が慌てたように声を出した。 《ま・ち・ま・せ・ん……っていうか、無理矢理ついてきたクセにギャーギャー騒いで迷惑なんだよ!》 《……ごめんね? 海原くん。俺達、邪魔するつもりはなかったんだけど……》 池田中尉に代わって、大石大尉が謝罪する。 《い、いえ。大石さん に言ったわけじゃ……》 大石大尉は基地でも五本の指に入るパイロットで、おまけに海原中尉より階級も年齢も上だ。 池田中尉と大石大尉の二人は通常01に所 属している救難員兼機上整備員である。 本来ならば今、01のヘリに乗ってなければならないのだが、今日は非番であり、なおかつ急な任務だった為、緊急呼び出しを受けた のだ。 命令は地上で待機だったのだが、池田中尉がついて行くと聞かず、結局、海原中尉の機体に無理矢理乗り込んだのである。 《大体、なんで僕の後ろに乗ってるんだよ? 大石さんに乗せてもらえばいいじゃないか?》 《いや、それは……》 《……海原くん》 大石大尉が真剣な声で言う。 《俺、陽平を乗せて飛ぶなんて、ぜったい、 イヤ》 《……》 《な、乗せてくんねぇんだよ。大石さん》 気持ちは分かるな……。 白木少佐がポツリと呟いた。 《……それで、ご自分の機体は?》 《あ、修理中。着地ミスってさー》 《……》 田島と同レベルじゃねーか……。 白木少佐がさらに呟く。 《と、とにかくキャノピー(操縦席を覆っている透明なカバーのこと)は飛ばさないから、首の骨折れないように気を付けてね》 《ちょっ、まてっ。わかったっ、しずか にする。静かにするから射出だけはするなーっ!》 《いちいち大声を出さないで! 十分うるさいんだよ》 無線から二人の怒鳴り合う声が聞こえてくる。池田中尉がここまで狼狽するのも珍しい。 《……あいつは昔、脱出ミスった事があってな。ベイルアウトと聞くと頭がこんがらがるらしい》 白木少佐がわかりやすく補足 してくれた。 「ミスって、何をやったんです?」 《キャノピーに頭をぶつけて、記憶が飛んだそうだ。まぁ、死ななくてラッキーってとこだが、あいつが馬鹿に なった原因はそれだな》 冗談ともつかぬ口調で白木少佐は言う。 《元々、高いトコや暗いトコや狭いトコはダメらしい、あそこまでパイロットに不向きな奴も珍しいぞ》 それでも、池田中尉も大石大尉 とコンビを組むパイロットである。他の基地にいれば、十分エースパイロットになるほどの実力者だ。 話しながらも、白木の目は絶え間なく下を観察している。 捜索機の見落としは、そのまま被災者の死に繋がる。当然、ミスは許されなかった。 《黒崎の尾根はこの辺りなんだがな……》 白木少佐がポツリと呟く。 白いカー テンが引かれるように、地面は真っ白だ。機体の影が雪の上に映っている。 《あ、あれかな……》 景色に見とれていた僕は、危うくその声を聞き逃すところだった。 「えっ……」 《どこだ? 大石》 《ほら、あれ……》 「あっ」 見ると、真っ白い雪の中にアクセントを放っているものがあった。米粒のようだが、確かに人間だ。 《大石。何人見える?》 《三人、かな……》 隣を飛んでいる大石大尉が答えた。 《海原、本部に連絡。現場発見の報告を入れろ》 《了解》 上方で海原中尉の機体 が高度を上げていくのが見て取れる。 それに合わせて白木少佐と大石大尉が機体を斜めに傾け、さらに高度を下げていく。 《……白木》 《どうした?》 《バスってあれじゃない? ……あの埋まってるやつ》 《どれ?》 大石大尉の言葉に前席で白木が目を凝らす。僕もカメラを構えると、下の様子を伺った。 右手にある国道、その下に雪の盛り上がりが見て取れる。 《あれか……》 白木少佐が低い声で呟いた。 |