01チーム


 雪を見ると、思い出す光景がある。

 俺の手を握る、小さな、小さな手。
 雪は幼い頃から見慣れているはずなのにその記憶が曖昧なのは、少し寂しいかもしれないと思う。 
 もっとも、そのおかげで、失ったものを思い出さずに済んでいるのかもしれないが。

 時間は多くは残されていない。
 俺は、思い出すことができるのだろうか。
 
・ 


「こちら01チーム。北都基地、応答願います」
 機内にゆっくりとした声が響き渡る。
 窓の外はまだ雪が降りしきっていたが、もう吹雪と呼べるほどの強さはない。
 まだ12月というのに山肌は既に雪で完全に覆われていた。

《……こちら北都基地。 01チームどうぞ》
 聞き慣れた声を聞いて、操縦桿を握った石月裕一(いしづき ゆういち)から自然とため息が漏れた。
「……こちら01、ただ今現場周辺に到着した。引き続き被災者の捜索を行う……だがその前に、わざわざ俺達を呼び戻した訳をお聞かせ願えないかな? 田中 大 尉」
《え、まさかオマエら、任務内容聞いてねーの!?》
 無線の向こうで田中優(たなか まさる)大尉が驚いた声を出した。
「ああ、長官とメシを食ってたら、いきなり緊急召集って言われて飛び出してきたんだ。向こうでは『北都山で遭難者が出た』としか聞いてない」
 
「そ〜だぜぇ、こっちはヒレステーキを目の前にして飛び出してきたんだ。きちっと説明しろよな? 大体、ただ遭難者が出たんなら、02チーム一つで間に合う だろー? 何で非番の俺たちまで借り出されなきゃなんねーんだよ?」
 後ろで救助員の田島雄太(たじま ゆうた)大尉が無線に割り込んできた。

 もう一人の救助員の大橋廉司(おおはし れんじ)大尉もそれに続く。
「……せっかく……長官が……奢ってくれたのに……ね……」

 横で、コ・パイロット(副操縦士)の三村遼一(みむら りょういち)中尉が淡々と言った。
「……僕らの給料じゃ、もうあれは食べられませんね」
 
 離陸してから25分、ずっとこの調子である。そもそも、機上整備員いないこの編成で救難に出ろというのが間違いだと石月は思うのだが、今更言っても始ま らない。
「こいつらさっきから延々と肉の話してんだ。頼むからきちんと説明してくれ。」
 ヘリの機体の高度を下げながら石月は言った。

 下に国道5号線が見える。車が何台も連なって渋滞しているのが見て取れた。

《……はぁ〜、うちの連絡系統ってどーなってんだよ? ……わかった、説明するから。でもオマエら、実際肉どころの話じゃねーからな》
 田中が咳払いをする。
《聞けよ? 被災者は北都市立北都南サッカークラブの子供18名とバスの運転手1名。温泉旅行に行く途中、北都峠を走行中に崖下に転落したらしい》
「ば、バス転落事故だぁ!? 聞いてねぇぞバカ野郎! 発生は?」
 石月は慌てて怒鳴り返した。
《通報があったのは30分前。子供がケータイで通報してきたんだけど、負傷者が多数出てるみたいだよ。下りだったらしいから、そこからだと山の反対斜面だ ね。今、02が捜索している……どう? これで状況は理解できた?》
 石月はすばやく計算した。
 バスの転落事故は被害が大きいことが多い。ましてやこの雪と気温だ、被災者の体力はそう長くは持たないだろう。できるだけ早く被災者を発見、救助しなく てはならなかった。
 
 とりあえず全速で飛んできてよかった……。
 石月の口からため息が漏れる。

「……ああ、よく理解できた。確かに肉どころの話じゃないな……わかった、これから反対斜面に向かう。向こうについたらまた連絡する。以上、交信終わ りだ」
《了解、01。幸運を祈る》
 交信を終えると、すぐに三村が話しかけてきた。
「厄介ですね、隊長……」
「ああ……」
 石月は短く答えた。
 この雪だ、視界が悪く、当然低空を飛ばなければ被災者を発見できない。
 しかし低く飛びすぎると今度は山肌に激突する危険がある。
 おまけに北都山はごつごつとした形で有名な登山スポットである。
 操縦を誤ればこちらまで被災者の仲間入りだ。

「あ〜あ〜……ったく……この歳末のこのクソ忙しい時期に、温泉なんか行くなよなぁ……」
「……でも……温泉……いいよ……ね……いきたい……ね……」
「うっ…………あ、ああ。そ、そうだな……そうだ! この仕事終わったらいこうぜ。みんなでさ!」

 田島と大橋の二人が文句を言いながら降下の準備を始める。
 二人ともさすがに手馴れた手つきだ。
 いつも能天気な田島と気が弱い大橋のコンビは、以外に仲がよい。
 二人とも小柄ではあるが、非常に優秀な救助員である。

「……なぁ、イッシーとミムも行くだろ?」
 田島が尋ねる。
「……どうします? 隊長」
 いつも通りに三村が抑揚のない声でたずねた。

 三村は感情をほとんど表に出さず、考えていることがほとんど読めない。
 最初に会ったときからずっとそうだ。
 戦場で拾って以来、どこに行くにもついて来るので嫌われてはいないとは思うのだが、好かれているのかどうかもわからない。
 そういえば、拾ったばかりの頃は、逃げ出そうと襲ってきたこともある。
 さすがに、今は素直になったのだが……。
 
「う〜ん……」
 そういえば、温泉なんてずっと行ってない気がする。たまにはみんなで旅行に行くのも悪くない。気の合った者同士なら、旅行は大人数のほうが楽しいのだ。
「そうだな、終わったらみんなで行くか……」
 三村のほうを向いて石月は言った。
「……はい、ではみんなで行きましょう」
 三村が前を向いたまま答える。
 声は調子は変わらなかったが、一瞬、ほんの一瞬だけ、三村が笑ったような気がした。

 なんだ、こいつ。笑えば結構かわいい顔をしてんじゃないか。

 そう石月は思ったが、口には出さなかった。
 気分を切り替えるために言う。
「よし、雄太、レン、三村、温泉に行くためだ、しっかり頼むぞ」 


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2005年6月15日 掲載