第二話


吹雪の中で


 青葉光一(あおば こういち)はゆっくりと目を覚ました。
 
 何が起きたのだろう?
 
 まず最初に頭に浮かんだのはそのことだった。
 ズキズキと頭が痛い。
 体中を 触って確認したが、特に出血している様子はなかった。
 順調に走っていたはずのバスが不自然に傾いたまま止まっている。フロントガラスが割れて、冷えた空気と雪が流れ込んでいた。
 窓の外を見ると吹雪が狂った ように吹き荒れている。
 
 ……峠から落ちたんだ。
 そう理解するまで、数十秒かかった。
 
 周りを見回すと、隣に座っていたはずの荒川健(あらかわ けん)の姿が見えない。
 通路をはさんで反対側に座っていた須崎康(すざき こう)もどこかに 行ってしまった様だ。
 バスの損傷はそれほどひどくはない。
 おそらく、降り積もった雪がクッションの代わりになったのだろう。そうでなければ、バスはこうまで原 形をとどめてはいなかったはずだ。
 しかし、バスの中の光景は悲惨なものだった。
 運転手が頭から血を流し、座席に寝かされている。後ろを見ると各座席に仲間たちが寝かされていた。
「……ねぇ、大丈夫?」
 声をかけて回るが、みな呻くばかりで反応が薄い。意識がはっきりしている者もいるが、それでも動けそうにはなかった。
 
「……光一? よかった、気がついたんだ!」
 バスの前方から声がした。
 見ると上着を着た須崎が立っている。
「す、須崎……どこ行ったかと思ったよ! お前も無事だったんだな」
 光一は須崎に駆け寄った。
「うん、なんとかね。とりあえず僕と健で怪我した人を座席に寝かせて、外の様子を見に行ってたんだ」

 あくまで冷静に、微笑みながら須崎は話す。
 須崎のすごいところは、けして慌てたりしない所だ。そうでなければ、DFは務まらないのかもしれない。
 背は低 くてDFとしては不向きなのだが、最後まで不動のセンターバックとしてチームを支えてきた。
 優秀な副主将でもあり、おまけに成績も学年トップをずっとキー プしている。
 
「それで、健はどーしたの?」
「ケータイが繋がる場所を見つけたから、今助けを呼んでる」
 須崎が指差したほうを見ると、バスから遠く離れた丘のような所で、荒川が電話を掛けている。
 この優秀な副主将は連絡を主将に任せて、一人バスの中へ避難してきた ようだ。
「バスの中は風がない分、まだマシだね」
 そんなことを言いながら、荒川の方を眺めている。

 しばらくして、その荒川が電話を終え、雪を掻き分けてバスに転がり込んできた。
「う〜、寒い〜。こんなトコにいたらボクたち凍え死んじゃうよ」
「ご苦労様。電話は繋がった? 健」
 須崎がニコニコしながら尋ねる。
「うん、繋がったことは繋がったんだけど……」
「繋がったんだけど、何?」
「雪崩があって道路が埋まったから、復旧しないと救助には来れません、だってさ」
 光一はびっくりして言った。
「『だってさ』……じゃないよ! どーすんだよ、俺たち!!」
「うーん……どうするって言われても……まぁ、たぶん大丈夫だよ……なせばなる!! ……なんちゃって」
「なせばなるって……意味違うよ……」

 須崎と違って、荒川はとにかくよくしゃべる、そしていつも笑っている。
 試合中も何度こいつの「大丈夫」という言葉に助けられたかわからない。司令塔とし て、FWの光一とずっとコンビを組んできたが、今考えると、やはりこいつが主将でよかったな、と光一は思っている。
 あの須崎でさえ、最後には荒川を頼って いるのだ。
 
「それに吹雪が弱くなれば、救助ヘリが来てくれるって。それまでの辛抱だよ」
 大丈夫、大丈夫という荒川の言葉に、今は頼るしかなかった。

 2005年3月20日 掲載