第四話
1 始動 お父さん。 お父さんは勘違いをしていると思うけど、オレはお父さんのことも、お母さんのことも、嫌いじゃないよ。 オレが嫌いなのは、お父さんお母さんじゃなくて、倉木の……家、だから。 でもね、お父さん。 別に家を嫌う必要なんて、なかったのかもしれない。 オレの苦しみを家のせいにする必要も、なかったのかもしれない。 すごく面白い奴を、見つけたんだ。 夏樹と同じように、真っ直ぐな目をした奴を…………。 ・
「青葉の……兄貴が?」 「ああ。あいつ……笑いながら泣いてたよ」 倉木陸の言葉に、神崎夏樹は立ち止まって軽く目を瞑った。 「……ナツキ?」 「いや……なんでもない」 夏樹はポツ リと呟くと、何事もなかったかのように歩き出す。 その様子を不審に思いながらも、陸は夏樹に続いた。 基地の廊下は常に人通りが多く、走り回る様にしている 者も多い。基本的にパッチ(ワッペン)を見れば所属は分かるのだが、それでなくとも服装で大体の所を推測することが出来る。 制服をしっかりと着用しゆっく り歩いている者は大抵幹部であり、作業服を着て足早に歩いている者は整備隊か施設隊だ。 陸はこの基地に来て日が浅いため、まだ基地職員の顔を殆ど把握して はいない。分かるのは、辛うじて飛行隊の同期や先輩隊員達であり、その中でも顔と名前が一致しないこともある。 だが、すれ違う者達は皆、陸に対して軽く会 釈したり、中には立ち止まり敬礼をしてゆく者すらいる。 自分が何かしようとするたびに付きまとう、父という呪縛。 彼らは自分を見ていない、父を見ているのだ。 そう実感するたびに、陸の心に暗く、冷たい感情が広がってゆく。 「……リク?」 夏樹が陸の顔を覗き込むようにして声を掛けてきた。 「どうした?」 「……ん、なんでもない」 そんな自分を自分として見てくれたのは、東都では夏樹だけだった。 夏樹には誤解が多い。 夏樹は決して、人を傷つけるのを好むやつではない。誰よりも優しくて、誰よりも強い心を持っている。 そしてそのおかげで、夏樹自身は傷ついてゆく。 夏樹がその小さな体に背負っているもの。 その心 に負った傷。 そして、陸にしか知らされていない秘密。 その重荷がどれほど辛いものなのか、傍に居ながら陸には想像することしか出来ない。だが唯一、それを理解できるであろう人たちが、この基地にはいる。 それが、夏樹にとっての希望になるはずだと陸は考えていた。 夏樹は早々と思想、素行不良の烙印を押され、北都への配属が決まった。 エリートへの道が約束されている陸は、このままでは当然東都に配属され、幹部としての道を歩き始めることとなる。 だから、父から北都基地への配属の話を聞いたとき、陸は二つ返事で承諾したのだ。 夏樹がすでに北都への配属が決まっていたことを、後から知った父は少し表情を曇らせたが、結局何も言わなかった。 父は夏樹対してあまりよい感情を持っていないようだが、それでも陸は夏樹から離れるつもりはない。 陸を陸として見てくれるのは、夏樹だけなのだから。 そこまで考えて、陸の頭にふと昨日の出来事が頭を過った。 (「倉木くんの家って……そんなに名家なんですか?」) (「いやぁ、外 国人みたいだなぁと思って、金髪だし……」) こちらをちらちらと見つめ、昨日までは嫌悪の対象だった少年を思い出すだけで、自然と笑みが零れてくる。 思い 出し笑いを堪えきれない陸を見て、夏樹は怪訝そうに眉を潜めた。 「……お前、変だぞ」 「どこが?」 「どこがって……」 夏樹は言葉を探しているようだが、う まく言葉が見つからなかったのか大きなため息を吐く。 「……もういい」 「なんだよ、言えよ〜」 お前のその明るさが不自然だ。 夏樹の心の言葉は発せられる 事はなく、そっと胸の中へしまわれたのだった。 ・
「……では、102荒川、103常田両隊長は、新人のうち例の六人の実戦投入に賛成。104桜井、105坂口、106白木三隊長は反対、 ということでよろしいかな?」 石月の言葉に、室内に集まった人々は頷いて同意を示した。 教官長の石月が帰還したため、各隊の新人の状況を報告するために開 かれた隊長会だったのだが、いつの間にか議論は新人の扱いをどうするか、に変わっていた。 相変わらず意見がまとまらない会議だな。 議長を努める石月は、周 囲に気付かれぬようそっとため息を吐いた。 「……で、石月さん、あんたの意見は?」 106隊長である白木少佐が石月に向かって問い掛ける。 「俺としてはまだ早いと 思うんだが……最近の様子を知らんからなぁ……」 言いながら、隣に座る副長の三村から資料を受け取った。 102隊長の荒川中尉と106隊長の白木少佐に預けた翼について も、二人の意見は完全に割れていた。荒川は実戦経験を増やすことを提案しているし、白木は基礎的な訓練の徹底を提案している。 「そりゃあ、ボクだって早い とは思うよ……じゃない……ますよ。でも彼らは一年近く学校で訓練を積んで、それで配属されてきてるんでしょ? ボクらの時なんか学校にいたのが三ヶ月、しかもパイロットの資格取ったのなんか配属後だよ? ……じゃないじゃない……ですよ?」 「……しかも、まだ訓練終わってないのに前倒しで資格出ちゃいましたしね……今考えるとバレたら大変ですよ?」 荒川と102隊副長の須崎が言う。 二人の言葉を聞いて、105隊長の坂口が笑いな がらそれに答えた。 「いやいやいや、お前ら……じゃなくて……荒川隊長達の時は人が足りなくてどうしようもなかったから、裏から手を回したんだよ。 実戦も殆ど無いだろうから、問題ない! ……ってな」 「でも、坂口さん。実際はスクランブル(緊急発進)に投入されたでしょー? 結局ボクらはそうやって育ったわけだし、一概に実戦が悪いとは言えないんじゃない……でしょうか?」 「悪いとは言ってねぇの! まだ早いし、それに危ないって言ってんの! ルーキーも……俺たちも、な」 坂口の意見も、荒川の意見ももっともだ。 荒川隊長世代が急成長したのは、あくまで実戦の賜物。 パイロットとしても兵士としても、とりあえず最低限のレベルまで訓練で引き 上げ、後は実戦で実力を鍛え上げた。 かなりの危険を伴う方法であり、『訓練を修了した者でなくては実戦に投入してはいけない』という今現在の法律であれば、恐らく厳しく罰せられるのだ ろう。 だが逆に、新人を鍛えるならば、確実に実戦経験が必要になる。 問題はいつ、どの時期にその経験を積ませるか。これを誤れば新人だけでなく、教官である自 分達も命の危険にさらされるだろう。 坂口と荒川、二人の討論を聞いていた石月に向かって、これまで黙っていた104隊長の桜井が初めて口を開いた。 「…… 裕一……じゃない、石月隊長。この際お前が決めたら?」 「そうだな。今回の責任者はお前なんだし、意見としてはほぼ互角なんだからいいだろ?」 桜井に続いて、103隊長である常田も同意を示す。 この発言に、荒川、坂口両名は討論を止め、石月の方をじっと見つめてきた。 周りを見渡すが特に反対意見を出す者は いないようだ。 石月は隣を向くと、声を潜めて三村に話し掛けた。 「……再来週、確か月一の哨戒飛行、うちの基地の番だったよな?」 「はい、そうですが…… まさか新人をそこで使うつもりですか?」 「お前の意見はどうだ?」 石月に見つめられ、三村は孤空に目をやりながらじっと考え込んだ。 五秒ほど経っただろうか。 三村は石月を見つめ返すと、はっきりとした声で言葉を発する。 「……いけると思います。ただし、これから一週間で一叩きすれば……ですが……」 「そうか…………よし、再来週の哨戒飛行で例の新人六名を作戦参加させる。それまでの一週間、各隊で一叩きしてくれ。 それから…………司令に言われていた 会議中 の言葉遣いだが……ちょっと検討しよう。 ぐっちゃんなんか途中で完全に無視してたし、何よりやりづらくてしょうがないからな」 苦笑しながら言う石月の言葉に、隊長、副長の全員が大きく頷いた。 ・
「悪かったな、ぐっちゃん。夜勤明けなのに」 隊長会が終了した後のでも、会議室には多くの人影が残っている。 互いに忙しく顔を会わせることが少ないので、各自打ち合 せに余念が無いのだろう。 談笑しながら情報を交換するのが、会議後の主流であった。 「いやいや、午前中は寝かせてもらったから問題ねぇよ。それより 白木、お前今日夜勤だろ? 仮眠取らなくていいのか?」 石月の問い掛けにも、105隊長坂口達也大尉は疲れた顔も見せず白木を気遣うようにして笑っている。 恐らくまだ寝ていたいのだろうが、そんな時にでも他人を気遣えるの が坂口の魅力であり、105隊長を任されている理由でもあった。 「これから取れば大丈夫さ。それより石月さん、あー…………もう坂口に聞いてもらってもいいだ ろうな。例の話、どうなった?」 「例の話?」 106隊長の白木雅彦少佐の言葉に、坂口は怪訝そうに眉を潜めた。 もっともそれは当然で、一部の人間の間で内密に進め ていた話なのだ。 「ああ、俺と三村、それから白木さんと健だけで動いてたんだが…………要するに昔の連中を呼び戻そうと思ってな。裏から……まぁ、あまり 誉められたものじゃない手を使って色々と働き掛けてたのさ。それでようやく成果が出たって訳だ」 「もしかして、102……健の所に優が急に戻ってきたのも……」 「ああ。俺と白木さんで裏から手を回した……さり気なく少年の件の仕返しも込めてな。青北に圧力かけて、優を脅して即日手続きだ」 「ははははは……」 呆れた ように笑う坂口をニヤッと見ながら、石月は言葉を続ける。 「新人にはよい見本と、具体的な到達目標が必要だからな。恐らくだが、これから人員が必要にな る。先手を打って損はない。時間は掛かったが、ほぼ全員の目処がついた。そして最初に、106へ松原が帰ってくる」 「願ってもない」 白木が満足気に頷く。 比較的人材が豊富な106隊と言えども、経験豊富な人材は喉から手が出るほど欲しいはずだ。 それに、共に戦地をくぐり抜けた者、戦地でなくても同じ部隊に 所属していた者には、特別な繋がりがある。 「倉木が腕を上げたら、僚機が必要だからな。これでその問題も解決する。助かった、石月さん……後は、倉木本 人の意識の問題なんだがなぁ」 「あっ、俺もその事で話があったんだ。神崎の事なんだけど……」 二人の隊長の言葉に、石月は軽く顔を曇らせた。 神崎と倉木の 二人が他から距離を取っていることは、石月も感じていた。不安材料だった素行の悪さは見られず、表立った問題は起こっていないが、同期の間に壁があるのは 些か好ましくない。 「……すまなかったな、一番厄介な二人を任せきりにしちまって。とりあえず何か手を考えよう」 「なーに、倉田副司令から謝罪の言葉を 頂いてるよ。あの人、変わり身が早いな。ネタばれしたら、今度は事情を話して素直に協力を求めることにしたらしい。賢明だよ」 白木の言葉に、石月と坂口は 苦笑をもってそれに答えた。 「……で、石月さん。倉木なんだが、あんたの事も、お宅の青葉のことも気に入ってるらしくてな。それを利用したいと思う」 「ほう、具 体的には?」 「青葉と倉木、二人を組ませて合同訓練を行う。目的は倉木と神崎の依存性を断ち、それぞれを自立させることだ。ついでに、青葉経由で他の新人 との交流まで持っていければ完璧だな。どうだ?」 白木は石月の顔をじっと見つめる。 それを受けた石月が坂口の方を見ると、105隊長は軽く笑いながら言葉 を発した。 「俺としては反対しねぇよ。神崎の為にもなるしな。ただし、こっちを後回しにする分、お前にも働いてもらうよ?」 本当に抜け目のない。 いつもはきっちり物事を主張する坂口が控えめだったのは、恐らく自分の方をわざと後回しにさせ、その分石月を働かせようという意図があったのだろう。 「手厳しいな、相変わらず」 「お前ほど悪党じゃねぇさ…………最初に気付くべきだったよ。何で健と白木がこのくそ忙しい中、面倒臭いことこの上ない他の隊の新人の訓練を引き受けた か。青葉を任せる見返りに、優と松原って訳だよな? 京介と智大がこれを聞いたらどうなるだろうね」 ニコニコと笑いながら言う坂口に、石月は呆れたようにして言葉を発した。 「やっぱり気付いたか……いや……実は初めから知ってて機会を窺ってたのか?」 石月を見つめたまま、坂口の表情は変わらない。 「さあ、どうだろ」 「……わかった、何が目的だ?」 「うん、次の帰還者はうちに回してくれればいいんだよ。そうすれば下手なもめ事は起こらない。簡単な話だろ?」 要するに、103隊長の常田と、104隊長の桜井には自分がうまく言ってやる、ということらしい。 確かに、人当たりの良い坂口ならばそれも容易いだろう。 「……いいだろう、再来週までには用意する」 石月の言葉に、坂口は満足そうに頷いた。 第四話 1 完 2007年4月23日 掲載 |