第三話
3 強さと弱さ 「……落ちつきましたか?」 雄燕の言葉に、翼は軽く頷いた。 翼の手には雄燕から手渡された缶ジュースが握られている。 自販機の運転音が周囲に響き、窓からの夕日が『休憩コーナー』という看板を夕焼け色に染めていた。 「……すみません。お金を……」 「いいんですよ、ポケットに入っていた小銭ですから。僕の好みで選んでしまいましたが、大丈夫ですか?」 「はい…………陛下もこういった物を飲まれるんですね」 翼の言葉に、雄燕は曖昧な笑みを浮かべる。 イメージでの判断だが、正直、自動販売機を使えるようには見えなかった。 「……実はジュースとかジャンクフードとか大好きなんです。護衛役の者に頼んで、時々は街に出たりもしてるんですよ」 「「えっ?」」 拓人と綾人が驚いたように声を上げた。 「裕一にもゲームセンターや競馬場など色々と連れていって貰っていて、この前は初めて居酒屋に入りました。……内緒ですよ?」 「は、はぁ……」 横で倉木が渋い顔をしているのが視界に入ったが、翼は見えなかったことにして国王を見つめた。 悪戯っぽく笑う雄燕に、翼は曖昧な笑みを返す。 「……隊長とは、親しいんですか?」 「ええ、友人ですので。……裕一達との付き合いも、最初のクーデターの時からですので……もう長くなりますね……」 昔を懐かしむように、雄燕は軽く目を瞑る。 その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。 「……初めて裕一と出会ったのは、彼が丁度、今のあなた達くらいの頃……ですかね。もしかしたら、もう少し年上だったかもしれません」 「隊長にも、僕達みたいな頃があったんですね……」 「ははは、それはそうですよ……誰だって、子供時代はあるんです……たとえ、それがどんなものであったとしても……」 雄燕は軽く目を伏せたまま口をつぐんだ。 英雄と呼ばれ、少年と言うよりは大人に近く見える隊長達。 数々の戦いを生き残り、部下から絶大な信頼を寄せられる彼らにも子供時代が有ったというのは当たり前の事なのだが、それでもどこか意外に感じた。 新人の頃の隊長達は、一体どんな子供たちだったのだろう。 「……どんな感じだったんですか? 昔の隊長達って……」 「オレも、興味あります」 倉木も雄燕に問い掛ける。その言葉に綾人と拓人も頷いた。 雄燕はしばらく、うーん、と唸った後、孤空を見上げながら言葉を発する。 「……そうですねぇ…………強かったですよ、今よりも」 「え?」 意外な言葉に、翼は耳を疑った。 「意外ですか? ……今の裕一達には、甘さや躊躇い、優しさや情けなど、兵士としてのマイナスポイントが沢山あります。 昔の彼らは、それは強かったです。戦いになれば一切 の感情を捨てて、どんな敵も情け容赦なく壊してきました。全ては自分達の身を守るため、その障害となるものは全て破壊する。 例えそれが、人であっても、組 織であっても、そして……国であっても」 雄燕はきっちり前を見据えたまま言った。 唾を飲む翼に軽く微笑んで、雄燕は言葉を続ける。 「それが、僕の知る彼らです。少なくとも二年前までの、ですが…………僕は今の弱い彼らの方が好きですけどね」 全てを……壊す……か。 言葉を失う翼達を見て軽く微笑んだ後、雄燕は事も無げに言葉を続ける。 「彼らの事は、どのくらい聞いていますか?」 「えっと……それぞれに任務があって、めったに基地にいないとか……その、上層部には嫌われているとか……」 雄燕は頷いて話を聞きながら、ふと、軽くため息を吐く。 一瞬、その顔が憎しみに歪んだように翼には見えたが、次に顔を上げた時、その顔には穏やかな表情が戻っていた。 「……彼らがそのような扱いを受ける原因は、そのほとんどが王家の……いえ、僕の責任です。 せめて彼らの事を守ろうとしても、僕の力ではそれすらも出来 ず……逆に僕の方が守ってもらう始末です。情けない話ですが、それでも裕一達は僕を友と認めてくれています。 ……彼らには多くのことを教わりました」 しば らく雄燕はじっと黙ったままだったが、やがてゆっくりと口を開いた。 「……青葉中尉……いえ、光一にも、まだ知らなかったことを沢山教えて頂きました」 一瞬、再び空気が凍った。 雄燕はじっと翼を見つめてくる。翼は大きく息を吐くと、雄燕を真っすぐに見返した。 「……彼は僕に『友達』というものを教えてくれ たんです、本当の意味での……ね。……光一の事を、裕一達には尋ねましたか?」 「いえ……」 そう呟いたきり、翼は黙ったまま、じっと雄燕を見つめる。 雄燕は軽く微笑むと、光一の 両肩をぎゅっと掴んだ。 「今はまだ……聞けないかも知れませんね。裕一達だけじゃありません、皆が彼の事で……少なからず傷を負っています。 ですが……心の整理が付いたら、尋ね てあげてください。光一の志願について、あなたが反対していたことは聞いています。軍にさえ入らなければ……そんな思いもあるでしょう。ですが、光一 は……」 雄燕はそこで口をつぐむと、翼の肩から手を下ろした。 そうして下を向いてじっと目を瞑ったまま、しばらく黙り込んでしまう。 何秒経っただろうか。 ゆっくりと顔を上げた雄燕は、泣きそうな笑みを浮かべながらゆっくりと言葉を発した。 「…………すみません、僕が言うべき事じゃありませ んでしたね」 「いえ」 翼は雄燕を見つめると、さっと頭を下げた。 「ありがとう……ございます……」 雄燕の言葉には偽りはなかった。 ただ隊長達を、翼を、そ して光一を心配し想っている。その事が翼にとっては有り難かった。 国王が配下から、何より隊長達に好かれるのは、この人柄のおかげなのだろう。人を引き付 ける何かを、この人物は持っている。肩書きじゃない、きちんとした力を。 そしてそれは反大和、そして国内の反国王勢力にとっては非常に厄介なのだろう。 隊長達が護衛に繰り出 される理由が、翼にはようやく理解できた。 休憩室から待機室に戻る道中も、国王は拓人達とずっと言葉を交わしていた。 その表情は穏やかで、全てを包むよう な柔らかさを持っている。 きっといつもこんな感じなのだろう。 雄燕を見ながら、翼はそう確信した。 だが、直ぐ様それは打ち砕かれることになる。 待機室のド アを開けた途端、中から怒号が聞こえてきた。 「雄太っ、計算間違ってるっ!」 「なに――――!!」 「隊長っ、確認お願いしますっ!」 「了解だっ!」 「ミムっ、ちょっとホチキス回せ!」 「はいっ、雄太さん!」 「……裕一くんっ……整備と総務と補給から電話……書類早く出せって……!」 「わかってるっ、黙って待って ろっつっとけ!」 隊長が物凄い速さで書類を捲り、隊長印を次から次へと捺している。 三村副長はパソコンのキーボードを連打し、プリントした書類をホチキスで 止めている。 田島大尉は電卓を片手にひたすら計算をして、合間に回ってきた書類をチェックしていた。 大橋大尉は受話器を片手に、机を飛び交う書類を提出部 署ごとに纏めているらしい。 正しく、修羅場だった。 「これは……」 綾人がポツリと呟くが、それ以上は言葉が続かないようだ。 ここで初めて、隊長達は翼達が 部屋に入ってきた事に気付いたらしい。作業の手が止まり、入り口に視線が集中する。 「あの、隊長……?」 「…………少年、すまんが手伝ってくれんか?」 「あ、は、はいっ!」 隊長の視線に射抜かれて、翼は裏返った声で返事をした。 「川原少尉、水沼少尉、倉木少尉、申し訳ないが、出来れば……」 「はいっ、よ、喜ん でお手伝いします!」 隊長が言い終わらぬ内に、拓人が敬礼をする。 綾人と倉木はお互いに顔を見合わせると、軽くため息を吐いた。 「ゆ、裕一……これは……」 「おや、いらっしゃいましたか、陛下」 恐る恐るといった様子の雄燕の言葉に、隊長のこめかみがピクリと動いた。 「いえ、本来ならば職務を全うすべき所を、陛下の二時間で絶対に起こすから睡眠を取れ、という斯くも有り難く慈悲深く……正直疲れていたからラッキー 〜…… なお言葉に頼りきり、結果起こしてもらえず八時間も爆睡してしまい、今日は徹夜で仕事をしなくてはならなくなっただけです」 雄燕の顔がさっと青くなった。 「まさか……二時間で起こせと言ったのは……仕事があったから……ですか?」 「ええ、急遽陛下の護衛の任務が入って、仕事が溜まっていたんですよ」 今度は三村副長だ。 顔は笑っているが、目が笑っていない。 恐い。 とてつもなく恐い。 怒っている隊長と副長…………言うなれば、大魔神とゴジラが同時に出現したようなものだ。 いや、この二つならお互いに戦って共倒れかな。 翼は呑気にそんな事を考えていたが、雄燕はそれどころではなかったらしい。 「す、すみませんでした。そうとは知らず……ご、ごめんなさい、ゆ、許してください!」 「……気にしないでください、陛下」 「……そうですよ……悪いのは自分達……ですから……でも……徹夜かぁ……」 田島大尉も大橋大尉も笑いながら言うが、顔が引きつっている。 「ぼ、僕も手伝います! ええ手伝いますとも! ですから怒らないでください〜……」 今日は残業だな……。 翼は軽くため息を吐いた。 そう言えば、兄も仕事で遅くなる事が多かった。 兄もこんな風に仕事をしていただろうか。 思いを巡らせながら、翼は書類を手に自分の机についた。 第三話 3 完 2006年11月26日 掲載 |