第四話




「あれ、倉木君じゃない?」
 川原拓人の言葉に、翼はトレーを持ったまま周囲を見渡した。

 昼食時の食堂は混雑していて、中々人一人を見つけ出すのは難しい。服装もツナギから制服、夏服まで様々で統一感もなく、一見したところどこの誰だか判断 するのは難しいだろう。
 拓人の視線を頼りに、翼は見覚えのある金髪を発見した。
 食堂の片隅、窓から滑走路が見える席で、倉木陸が一人黙々と昼食をとっている。カウンターから離れた隅の方の席であるため、周囲には人が少ないのだが、 それでも隊員たちは席を立つ際に倉木に一言声を掛け、軽く会釈してから立ち去っていく。
「さすが、空軍長官にして十貴族・倉木家のご子息! ……って感じだね」
「あら、綾人はそんなの気にしないかと思ってたけど?」
 高瀬サキの言葉に、水沼綾人は軽く肩を竦めて見せた。
「僕は気にするよ、そりゃあ。……気にしないのはサキさんでしょ? 西田の事だって……」
 その名前を聞くだけで、青北訓練基地出身の少年なら、股間がスゥーッと寒くなるだろう。
 尊敬……では明らかにないが、とりあえず畏怖の念を込めて、高瀬には『破壊者(クラッシャー)』の称号が与えられた。
 勿論、本人の耳に入れてはならない トップ・シークレットだ。
「あいつ、顔も性格も悪いくせに、貴族出身で父親が北部方面隊の司令官だからって偉そうにあたしに近づいてきたの。全く、貴族ってだからイヤ。せめて顔が マシだったら、少しは考えたんだけど……」
「いや、貴族って一括りにされると困るって言うか……それに顔ですか?」
 家が下級貴族出身の拓人が、苦笑いをしながら言う。
 高瀬は軽く微笑むと、自信を持って断言した。
「そう。だからあなた達には何もしてないと思うけど? ……まぁ、何もする必要がないっていうのもあるけど」
 
 これは、一応褒められているのだろうか。
 
 出来れば顔よりは性格を重視して欲しかったのだが、蹴られないことに超したことはない。
 西田の事を思い出し、翼は軽く手を合わせた。
 倉木の方に目を向けると、先程よりも彼に声を掛けていく人数が心なしか増えている気がする。ベテラン隊員が挨拶に行っているので、若手も無視しづらいの だろう。
 それだけならまだいいが、中には明らかにふざけてたり、からかいの対象として声を掛けている者もいるように見える。
 
 軍と言っても、色々な者がいる。
 特にこの北都基地は、年齢も、経歴も、人種や民族さえもバラバラな人間の集まりなのだ。
 
 もし白木少佐や石月大尉といった飛行隊の面々がいれば、すぐにでも止めに入るのだろうが、今日の飛行隊による合同訓練の打ち合わせや準備でみなが動き 回っている状況だ。食堂内には飛行隊の同期の姿もちらほら見かけるのだが、倉木に助け舟を出そうとする者はいないらしい。
「……とりあえず、倉木くんの所に行かない? このまま無視するどうかと思うし」
「……うん、同期なんだしね」
 翼の言葉に、拓人か賛意を示す。残る二人に目を向けても、特に反対するつもりはないらしい。
 翼はゆっくりと倉木に近づくと、出来るだけ明るく声を掛けた。
「ここ、いい?」
 倉木は一瞬驚いたように翼を見上げ、その後ろに立っている拓人たち三人を見つめていたが、やがて……、

「別に……どうぞ」

 と、小さく呟いた。
 以前に比べてあまり敵意は感じないが、まだ打ち解けると言うところまでは至っていない。訓練中も会話はあるにはあるのだが、いずれも事務的なものばかり だ。
 もっとも、全く会話がなかった最初の頃と比べて、幾分マシにはなっているのだが……。
 それでも、倉木とは同期であり、これから一緒に戦っていく仲間なのだ。戦友として心を通じ合わせたいと思うし、逆に通じ合わせなくては後々後悔すること となるだろう。
 石月隊長が言った「仲良くしろ」というのは、何も問題を起こすなと言う意味だけではないのだ。
 席に着いた翼は早速倉木に話し掛けようとしたのだが、ここに来て思わぬ事態が翼を襲った。

 わ、話題が見つかんない……。

 そもそも、一体何を話したらいいのだろう。
 何も知らなかった頃は気軽に話しかけることが出来たのだが、相手が十貴族の一員だと分かればさすがに気が引けてしまう。庶民の翼にしてみれば、貴族の子 息に何を話せばいいのか見当もつかなかった。
 あまりゲームをしたりや漫画を読んだりはしそうにない気がするし、テレビもアニメやバラエティー番組なんかは見なさそうだ。
 いや、でも陛下はジャンクフードとゲームセンターが大好きで、前の休日も隊長たちと北都の町に繰り出していた。今日だって、東都から来たという護衛の隊 員と共に隊長の執務室を訪れ、漫画本を数冊借りていったではないか。
 やはり、貴族だからって、あまり先入観を持たない方がいいのだろうか。
 救いを求めて、翼は拓人をじっと見つめた。拓人は下級とはいえ貴族階級だ。少しは話題慣れしているに違いない。そう思って拓人を見つめたのだが、拓人は 翼を見返すと顔の前で素早く右手を振った。
 
 ごめん、無理。

 声に出さなくても、動作と表情で拓人の言いたいことは伝わってくる。
 ……この役立たず。
 口パクで拓人を責めてから、翼はこの状況を打開する方法を探した。気まずい沈黙がテーブルに漂っている。頼みの綱は失くしてしまったが、何とか現状を打 破しなくてはならない。
 すると……、
「……翼。あなた、午後の訓練の予定は?」
 高瀬が何気ない様子で話題を振ってきた。
 
 サキ、ナイス!
 
 気まずい沈黙を救った高瀬に心の中で賞賛を送りながら、翼はそれに答える。
「午後は106とだよ。二対二のドッグファイト、実戦形式だってさ」
「へぇ、じゃあ倉木君と一緒なのね?」
「うん」
「……ああ」
 高瀬の質問に、倉木は顔を上げずに淡々と答えている。食事に集中しているのか単に話をしたくないのかは分からないが、見ていて気持ちのいい態度とは言え なかった。
 国王陛下に話しかける時のように笑えとは言わないが、せめてもう少し愛想よく出来ないものか。
 翼はそう思ったのだが、先ほどの事を考えすぐに考えを改める。
 周りからあんな態度を取られれば、誰だって気分が悪くなるし、戸惑うだろう。
 昨日まではこんな事はなかったのだから、余計にそうだ。いくら翼たちが同期 とはいえ、警戒してしまうのも無理はないかもしれない。
 高瀬の方といえば、倉木の態度を気にした様子もなく普通に話しかけている。
 やっぱり、女の子の方がこういう場面では度胸があるのかもしれない。
 そんなことを考えながら改めて周囲を見渡した翼は、ふと、ある違和感を感じた。
「……あれ、そういえば神崎少尉は?」
 いつも倉木の傍に居るといっても過言ではない、神崎の姿が見えない。よくよく考えれば、もし神埼が傍に居たなら倉木をからかおうとする者などいなかった だろう。
 あの少年には、それだけの雰囲気がある。
「……翼、ちゃんと全体申し送り聞いてた? 105隊は南都基地に応援に行ったって、白木少佐が言ってただろ? 新人では神崎少尉だけが同行を許可された、だからお前らも頑張れって……」
 拓人があきれたように言葉を発する。
「……ああ。そういえば、そんな事を聞いたような聞いてないような……気がしないでもないような…………」
「ツバサくん、半分寝てたもんね……」
「ははっ、あはははは……あっ、今日の豚丼(ぶたどん)おいしい」
 綾人の突っ込みに、翼は笑いながらあらぬ方法を向いてそれを誤魔化した。
 そんな翼を見てため息をつきながら、高瀬は話しを続ける。
「そっか。何かいつもと違うと思ったけれど、神崎くんが居ないせいだったのね。あなた達いつも一緒だから、逆に気がつかなかった」
「……そう」
「仲が良いのね、神崎くんと」
「ああ……まぁ」
 
 高瀬が話しかけても、倉木は一言二言言葉を返すだけだ。
 
 高瀬はしばらく倉木に話しかけていたが、やがて軽くため息をつくと、一気に食事をかきこんでしまった。皿を整理して席を立ち、ちらっと倉木の方へ視線を 向ける。
「……倉木くん」
「……何か?」
「ごめんなさい。私達、邪魔だったみたいね。今度からは遠慮しないで相席を断って頂戴。お互いに嫌な気分になったらつまらないでしょう」
 ここで初めて、倉木が顔を上げた。何も言わず、ただ高瀬の目をじっと見返している。
「ちょ、サキ!」
「だってそうでしょ。貴族の礼儀がどんなものか私は知らないけど、話したくない人と無理に話す必要はないんじゃない? こっちだって無理に話していただきたいとは思わないし」
「止めなって!」
 緊迫した空気を感じ取り、翼は慌てて止めに入ろうとした。だが、倉木のことを快く思わなかったのは高瀬だけではなかったらしい。
「貴族だからって一括りにされるとなぁ……」
「そうだよ、サキさん。拓人を見れば、貴族だからって関係ないってわかるでしょ? 倉木くんは今、神崎くんがいなくてさみしいんだよ。それを分かってあげないと可哀相だよ」
「誰が寂しくて可哀相だって……?」
「あれ、違うの?」
 綾人の方をじっと睨みつけて、倉木は声を震わせている。
 拓人は同じ貴族扱いするなと訴えているし、綾人は綾人で人の良さそうな笑みを浮かべながらも目だけが笑っていなかった。
 倉木はキッと目を剥くと翼達を睨みつけ、そのまま足早に食堂を出て行ってしまった。
「あ〜あ、行っちゃった……」

「……って、『あ〜あ』じゃねぇよ! このバカァ!!」

 翼はのんびりと呟いている拓人の胸倉を思いっきり掴み挙げた。
「ちょ、つ、ツバサ、お、落ち着いて……」
「落ち着けるわけねぇべや! どうすんだよ午後の訓練。なま気マズイっしょや! ……あー、もう、なしてよりによってこんな日に……オレ、ど〜したらいいんだよ……」
「……ツバサくん、方言が出てる……口調も一人称も変わってるよ?」
「やかましい!」
 綾人を怒鳴りつけた翼は頭を抱えたまま、がっくりと机に肘をつく。翼が本気で困っていることを察知した三人は、何とかなだめようと行動を開始した。
「だ、大丈夫よ、ツバサ。そこまで怒ってなかったと……」
「火つけたの、サキだよね……?」
「……ほ、ほら、僕たち貴族には『ノブレス・オブリージュ』ってのがあって、心広く民に……」
「……拓人が心広かったことあったっけ?」
「つ、ツバサくんはほら、止めようとしてたんだし、倉木くんもきっとわかって……」
「いーや、あれは俺たちみんなを敵視してたね。『なんだこいつら』って目だったね。ていうか、人が止めようとしてたのに、さらに焚きつけたの綾人だったよ ね……?」
 
 すっかり拗ねてしまった翼ほど、厄介なものはない。
 普段あまり怒らない分、一度噴火すると中々治まらないのだ。

 結局三人は昼休みの間、翼を宥めるのに終始したのであった。


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2007年6月16日 掲載