第二話


光と影


「……だから言ったんだよ、『死にたいのか』ってね」
 声の主は嫌味ったらしくと続けた。

「おまけに小隊長にまで怪我をさせて……呆れてものも言えないね」
「こら、シノ。俺は怪我はしとらん。撃たれただけだ」
 声の主に向かって、石月は渋い顔を向けた。
 シノと呼ばれた少年は石月を一瞥すると、深い溜め息を吐く。
「……裕一さん、いい加減にしないと、ホントに死ぬ事になるよ」
「ふん、そんなへまはせんから安心しろ」
 石月は自信たっぷりに断言した。
 シノに笑い掛けると、頭をくしゃくしゃと掻き回す。シノは抗議しようと口を開いたが、子供扱いされているこの状況では説得力がない。むすっとした顔でさ れるがままになっている。
「……すみません、裕一、こんな事になって……。ですが、今回の演説は、僕の考えを民衆に伝える絶好の機会だったのです。大和国内では、色々と問題があ りますから……」
 雄燕が下を向いたまま言う。
「まぁ、もういいじゃないですか。結果的には、今回の会議は成功ですし」
 三村が笑いながら言った。言いながら、横目でシノを牽制することも忘れない。
 石月は雄燕の頭に手を置くと、シノに対してと同じように掻き回した。
「大丈夫ですよ。その為に我々は同行しているのですから。貴方が無事で何よりです。……わかったな、シノ?」
「……はい」
 未だに不満げな表情で、シノはポツリと呟いた。
 
 車内の空気は比較的穏やかだ。
 広い空間にはソファが置かれ、国王の負担を減らすように工夫されている。簡単な軽食、飲料も用意されており、長時間の移動の際の配慮も万全と言えるだろ う。
 
「……裕一君……雄太君から……」
 助手席に座る大橋が電話を差し出してきた。
「おう、サンキュ…………雄太か? お前、また単独で突入しやがったな?……ああ? お前、何の為にお前に一分隊付けたと思ってんだ?」
 会話の雲行きが怪しい。

『心配だから無茶をするな』

 素直にそう言えば話は早いのだが、さすがに照れ臭いものがあるのだろう。
「……意地っ張り二人組ですからねぇ」
「ええ。負けず嫌い二人組、とも言えますね」
 三村の言葉に雄燕が頷いた。
「……無茶苦茶二人組……とも言えるよ……」
「……無鉄砲バカ二人組」
 大橋とシノも続く。
 石月は電話を下ろすと、ぐるりと全員を睨み付けた。
「……お前ら、殴られたいか?」
 この言葉に、四人は素早く口をつぐんだ。
 石月は田島と細かい打ち合せをしていたが、やがて電話を切った。
 電話を受け取りながら、大橋が尋ねる。
「……それで……情報は……?」
「ああ、プロ中のプロ。大和の情報部では顔も名前も知られている超売れっ子らしい。今は気絶しているそうだが……まぁ口は割らんだろうな」
 石月が頭を掻きながら言う。この先の尋問の苦労を思い浮べているのだろう。
 スケジュールがさらにきつくなる事は明白だった。
 
「……それで、僕の出番は?」
 これまで黙っていたシノが、ポツリと呟く。
 
 わざわざセントレアまでやってきて出番なしでは不服なのだろう。
「そうだな……陛下、専用機で帰国なさいますか?それとも、別ルートになさいますか?」
 石月の言葉に、雄燕は額に眉を寄せる。
「うーん、そうですねぇ……。帰国の際に危険があると想定されるなら、別ルートを取ろうと思うのですが……」
「ある、と考えた方がいいと思いますよ。相手も本気のようですし……備えあれば憂いなしって言いますからね」
 三村の言葉に雄燕は思慮深げに頷く。
「そうですね。それなら、別ルートでお願いします……ですが、裕一。別ルートとはどのようなものなのですか?」
「正規ルートでは一度東都に戻った後、北都に視察の予定でしたので…………真っすぐ北都に向かいましょう。移動方法は……そうですね、私の後席にでも乗 りますか?」
 石月が笑いながら言う。
 冗談だというのは明らかなのだが、予想に反して雄燕は目を輝かせた。
「本当ですか!?」
「え、いや、そりゃ乗っても構いませんが……」
「やった!久しぶりですね、裕一の機体に乗るのは……」
 
 運転する佐々木大尉が非難の目線を向けてくる。
 大橋もバックミラー越しに石月を見つめ、失言を責めているように見えた。
「……陛下、どうしても乗りたいですか?」
「はい!」
 即答で返され、石月の頬が引きつっている。
 
 一方、シノは自らの荷物を広げると、手早く着替えを始めた。黒い背広を脱ぎ捨て、白い大和の伝統衣裳に身を包む。
 数分後、車内では二人の国王が向かい合って座っていた。
 互いに衣裳は勿論、顔までまったくの瓜二つだ。
「うっわー、こうやって見ると、普通の人には違いは分かりませんね……」
「……へぇー、アンタには分かるの?」
「わかりますよ。気品がないのがシノ君ですから」
 いけしゃあしゃあと言う三村の言葉に、石月と雄燕は思わず吹き出した。それを見たシノは、仏頂面からもはや膨れっ面になっている。
「まぁ、出番があって良かったじゃないか。頼んだぞ、シノ」
「……笑いながら言われても、腹が立つだけなんだけどね」
 窓の外に空港が見えてきた。
 車は公道を離れ、空港関係者専用道路に移っていく。
 「では陛下、こちらに着替えてください」
 三村が飛行服を差し出した。
 「僕の予備の物ですが、サイズは丁度いいと思います」
 「わかりました、遼一。ありがとうございます」
 飛行服を受け取った雄燕は、物珍しげにそれを見つめている。
 シノはぶつぶつと独り言を唱え、手順の確認を繰り返しているようだ。
 
 石月は額に眉を寄せると、軽くため息を吐いた。
 
 国王を乗せて飛ぶ以上、下手な飛行は許されない。
 安全であることは勿論、機体の揺れ、飛行時間等も考慮する必要がある。
 
 雄燕に極力、いや、最も負担が掛からない飛行ルートを考え、石月は深い思考に沈んでいった。

 第二話 3 完 

2006年8月4日 掲載