第二話


大和の王

 無知であることが、僕は怖い。

 無知であった為に大切な宝物を失うことがあるのを、僕は知っている。

 だから僕は、知ることからも戦うことからも、逃げたりはしない。
 僕の友人は誰一人として、逃げたりはしないから。

 僕の力は弱い。
 でも、その力が友の役に立つのなら、僕は最後まで戦おうと思う。





「陛下、早くこちらに!」
 広々とした宮殿の廊下を、二人の少年が走って いた。

 廊下は明るく、二人の影が赤い絨毯の上に映っている。
 白い衣裳を纏った国王雄燕の手を引っ張る少年は、心なしか青ざめていた。
 その少年の着る 黒い背広が、周りの調度品の中でアクセントを放っている。

「遼一、止まってください!」
「ダメです!」
 遼一と呼ばれた三村遼一大尉は、尚も手を引っ張る。
「陛下にはすぐにここを離れて頂きます。表に車を用意してますので、それで……」
「ですが、裕一が……」
 雄燕の言葉に、三村の肩がピクリと動く。
「……隊 長なら大丈夫です」
「ですが……放ってはおけません。彼は、僕のせいで撃たれたんです」
 雄燕は三村の目をじっと見つめる。
「……はぁーっ、もう……。貴方 の護衛は疲れます。もう少しご自分の事だけを考えてくれれば、こっちも楽なんですけど……」
「すみません、性分なもので……」
「わかってます」
 三村は一言 で切り捨てると、元来た道をゆっくりと戻り始めた。
 あちらこちらから怒号と、人々の走り回る音が聞こえてくる。
「陛下!」
 見ると、セントレアの警備責任者の兵士が走り寄ってきた。
「陛下、ご無事でしたか!?」
「はい、おかげさまで」
「よかった……」
 警備責任者の兵士はホッ としたように息を吐いた。
 この人も大変だ、下手をすれば職を失うことになるだろう。責任を大きくしないように、大統領にきちんと言っておかなくてはならない。
「すみません!三村さん、こちらのミスです……」
「いえ、あの距離ですから無理もありません。それより、狙撃手の方は?」
「田島さんから連絡がありました。ホシを確保したそうです。ですが……」
「何か?」
「それが、ホシは大和に連行すると……。それは困ります、一度こちらに引き渡していただかないと、こちらにも都合が……」

「都合?」
 ふと、後ろから声がした。

「あっ、ああああ……」
 警備責任者の兵士は見る見る青ざめる。
 石月裕一大尉が、音もなくそこに立っていた。
「裕一、怪我の方は!?」
 雄燕が駆け寄ると、石月は三村を睨み付けた。
「……なぜ陛下がここに?」
「すみません、ギリギリで駄々こねられました」
 三村は、お手上げだ、というように肩を竦めた。
「…陛下、お願いですから言う事をきいてください。私のことは……」
「そんなことより、早く傷の手当てを!」
 背中の方へ回ろうとする雄燕を 押し止め、石月は黒地の上着を脱ぐ。
 ワイシャツの上には、黒い防弾チョッキが重ねられていた。
「二枚重ねてますから心配は要りません。私のことを気にする よりも…………陛下、頼むから泣かないでください。私は大丈夫ですから……」
 言われて初めて、雄燕は自分が涙を流している事に気がついた。
「すみません、ホッとして、つい……」
 目の前で石月が撃たれ、訳のわからぬまま三村に連れ出された。
 道中も、彼の事が気が気でなかったのである。
「いいですか陛下、私は 貴方の護衛なのですから、いざとなったら私を盾にするくらいの根性を持ってください」
「…そんな根性はいりません」
「陛下、貴方に何かあっては困るのです」
「……それは、僕が国王だからですか?」
 雄燕の問い掛けに、石月は苦笑する。

「まぁ、確かにそれもありますが、……私は敬意を持ってない人間の為に命を張る程、親切ではありません。
 ……もし貴方の体に傷一つでもついていたら、私 は犯人に対して、尋問ではなく拷問する事になったでしょうから……」
 
 セントレアの警備責任者と三村の顔色が変わった。
 場所を考えて、石月は感情を表に出していないが、かなり怒っていることは明白だ。
「すみません、我儘を言って……」
「いいですよ、分かって頂ければ……」
「でも、心配だったんです。僕とあなたは……その…………友達……ですから……」
「陛下、顔を赤らめないでください。あらぬ誤解をされます」
 石月はそう言うと、さっと雄燕を担ぎ上げた。
「えっ、ちょっと……裕一…?」
「お時間がありませんので、僭越ながら担がせて頂きます」
 一回三村に目をやると、石月は走りだそうとする。
「まっ、待ってください!」
 セントレアの警備責任者が声を上げた。
「ホシの方は……」
「身柄はこちらで預かります。大統領に許可 を戴きました。我々はこのまま空港に向かうので、その間に確認して頂きたい」
「は、はい!失礼いたします」
 慌てて走り去る警備責任者を見届ける。
「……いくぞ」
「はい」
 石月は物凄いスピードで走りだした。
「裕一、重くないですか?」
「鍛えてますから」
 事もなげに石月は言う。
「車の方は?」
 石月の言葉に素早く三村が反応した。
「レンジさんと、佐々木さ んが用意してます」
「なら、大丈夫だな……」
 
 佐々木大尉は特殊部隊の隊長である。古くからの知り合いであり、信頼のおける人物だ。
 
 石月の足に一層力が入る。廊下を走りぬけ、飛ぶように階段を駈け下りる。
 あと一つ角を曲がれば正面入り口というところで、石月は足を止め、雄燕を下に降ろした。
 耳のレシーバーに手をやり、額に眉を寄せる。
「陛下、マスコミが正面玄関に押し寄せているようです」
「確か……そこは立入禁止のはずでは?」
「はい、どうやら突破された ようです。前後は私と三村で、左右は大橋と佐々木で固めます。陛下は……」
 雄燕はニッコリと笑った。

「わかってます。マスコミの皆さんに、笑いながら手を 振ればいいんですね?」
 雄燕の顔は気弱な少年のものから、大和国王のものへと変わる。

「はい、では参りましょう」
 石月が前に立って角を曲がった。それに合 わせて、物凄いフラッシュが焚かさる。
 雄燕はゆっくりと角を曲がると、マスコミの前に姿を見せた。
 マスコミから歓声が上がる。
 石月は雄燕を庇うようにしながら、それでいてその姿を見せ付ける ように歩く。
 雄燕はマスコミに向かって笑いかける様にしながら、正面玄関を注視した。
 黒塗りの車が何台か停まっている。その少し後ろで、マスコミとセント レアの兵士がもみ合いになっているのが見えた。
 脚立の上から、カメラマンが次々とフラッシュを焚いている。
 雄燕達が玄関に近づくと、車から二人の人物が降 りてこちらに駆け寄ってきた。
 石月に軽く手を挙げると、雄燕の左右に張りつく。
「……悠介、廉司、ご苦労さまです」
「いえ。陛下、ご無事でなによりです」
「……後は……お任せください……」
 雄燕の言葉に、佐々木、大橋両大尉は小声で答えた。
 石月が車に近づき、後部座席のドアを開ける。
 もう一度マスコミに向かって手を振った後、雄燕は車に乗り込んだ。
 続いて、三村がすぐ横に張りつくように乗り込む。大橋が助手席に乗り込み、佐々木が反 対側に回り、運転席に座る。最後に石月が反対側のドアから後部座席に乗り込み、雄燕の両サイドを固めた。
 
 佐々木が前後の車両に出発の指示を与える。
 左右には、セントレア警察の白バイ部隊が待機している。
 
 強化された態勢の中、国王雄燕を乗せた車が、ゆっくりと動きだした。

 第二話 2 完 

2006年1月28日 掲載