第二話
少年王



 
《……我々は、最後まで戦い続けます!我々の誇りと威信を賭けて、オッ クスバルトを打倒する迄、この戦いを終えるわけにはいかないのです!世界の平和のために!》
 
 高価な背広を着た男が、高らかに声を上げた。
 焚かれるカメラの フラッシュ、観衆の声援、いくつものテレビカメラが彼を映し出している。
 《……セントレア国家元首、ローマン・ホルツィニコフ大統領でした。……続いて……》
 壇上に一人の人物が登った。
 それを見て、高まった歓声が一瞬静まる。
 それもそのはずだ。壇上にいる人物は、この場所にいるには決してふさわしいと は思えなかった。

 白地の大和特有の伝統衣裳を着て、長い髪を結っている。
 衣裳には、金色のラインで王家の紋章が描かれていた。
 まるで少女のようにさえ思え てしまう顔つきは白く美しく、気品を感じさせるが、この人物の性別を考えれば、愛らしいという表現が正しいだろう。
 袖から見える手は白くて細く、衣裳が少 し大きく見えてしまう。だが、その人物の放つ品位とオーラが、それを威圧感に変えていた。

《……大和王国元首、雄燕国王です!》
 観衆から、ため息にも似たどよめきが上がる。
 それは国王雄燕の美しいとしか言い様のない姿に対してでもあり、また、列強の一国・大和の国王が、年端も いかない少年であったことに対する驚きでもあったのだろう。
 
 前王まで、大和国王が人前に姿を見せることは、精々、戴冠の儀くらいしかなかった。
 他国の人間 がその姿を見る機会は、皆無に等しい。
 ざわめきが納まらない聴衆に向かって、国王雄燕は口を開く。
 
《……みなさん、僕は大和王国元首にして、国王の雄燕です》
 
 決して、今までの演説者のように声高らかな話し振りではない。
 落ち着きを持った、それでいて、透き通るような声。聴衆はシンと静まり返った。

《本日 は、セントレア国家元首、ホルツィニコフ大統領のお招きで、こうして、みなさんにお話をする機会を戴きました》
 会場は静けさに満ちている。
 誰もがこの少年 の持つオーラに引き込まれていた。

《……さて、みなさん。我々の、今、立たされている状況を、みなさんも理解していることでしょう。我ら、連合国の戦況は、今現在、非常に芳しいものでは ありません》

 さて、そろそろだ。男は準備を開始する。
 使い慣れた商売道具は、万全の状態で準備してある。後は、男の精神状態の準備だけだ。

《…戦場では、今、この瞬間にも、多くの命が失われています。その中には、僕と同じか、それより若い、多くの少年少女も含まれているでしょう。
 ……さらに残念なことに、国を指導する立場の者達から、戦争の終結の為、核兵器を使うべきだ、という意見も出始めています》

 そう、今回の連合国首脳会談はそれ が議題だった。
 核兵器を持たないオックスバルトに対して、連合国側の有利なカードはこれである。
 だが、連合国内部でも、対話による講和を主張する西大陸国家を中心とした大和派と、徹底交戦を主張する東大陸国家を中心とするセントレア派で、大きな溝 が出来ていた。
 条約で、核兵器は、連合国の各国首脳の総意によって行使されることになっている。
 つまり、一つの国が核攻撃に反対し、合意文書の調印を拒否すれば、核攻撃は出来ないのである。

《……ですが、核は憎しみしか生みません。核によって犯された大地は、疲弊し、腐敗し、人はそこに暮らすことは出来なくなります。さらに、将来の子供た ちに対しても、深い傷跡を残すことになるでしょう》
 
 どうやら、会談 は失敗に終わったらしい。つまり、自分の出番ということだ。

《……そうして新たな憎しみが生み出され、やがては、新たなる戦いへと繋がっていきます。我々 は、それを断ち切らねばなりません。前の大戦の教訓を、今こそ生かさねばならないのです》

 男はゆっくりとスコープを覗き見た。
 遠く離れたこの場所からでも、少年王の顔がはっきりと見える。
 大和の王がここで倒れれば、国民の憎しみは全てオックスバルトに向くだろう。
 
 我が国王の命を奪いし敵国を、決して許すな。
 命を懸けて弔い合戦だ。

 元々、死に美学を求める国である。国民の気性のわかりやすい国ほど、操作しやすいのだ。

《……思い出してください。我々は、決して、相手を滅ぼすために戦争を行っているわけではありません。
 この戦争の……いえ、前の大戦の始まる前、この世 界の人々が、共に手を取り合って、協力 し、学び合い、生きていた頃に戻るために……そのために、我々は戦っているのです》

 ここだ、男の心臓が踊った。
 演説が終わり、少年王が大和流に深々と頭を下げる、そうして頭を上げた瞬間に玉を発 射する。
 そうすれば、聴衆の声は歓声から悲鳴に変わり、最も印象的な死になるだろう。

《……みなさんにとっては……いえ、僕達にとっては、愛しい人を失う恐 怖に怯える日々が続くでしょう。それでも、我々は、戦い続けます。
 ……ですが、忘れないでください。僕達の戦う理由を、そして、目指す場所を……》

 演説が終 わり、国王がゆっくりと頭を下げる。それと同時に、割れんばかりの歓声が響き渡った。
 まさに狙い通りだ。男の指先に力が入る。
 ゆっくりとした動作で、少年王が頭を上げた。
 
 今だっ!
 
 男の指が引き金を引き、闇夜を切り裂くように弾丸が発射された。
 感触は完璧だった。
 もう何年もこの仕事を続けているが、ここまで感覚が研ぎ澄まされたのは久しぶりだ。
 これも、この少年王のおかげかもしれない。引き金を引く感触で、男の顔には自然と笑みが生まれた。
 だが、次の瞬間、男の目に信じがたい光景が飛び込んできた。
 弾が発射されると同時に、少年王は黒い影に覆われていた。
 
 まさか……。
 
 男は目を見開いた。
 弾は黒い影にあ たり、影は国王雄燕を守るように倒れてゆく。

 しまった……護衛か……。
 
 世界一と名高い大和国防軍の特殊部隊、王の護衛には必ず彼らが出てくるというが、まさ かこの距離で気付かれるとは思わなかった。
 男は道具を片付けると、急いで駆け出した。そのまま、飛ぶように階段を掛け下りる。
 撃った方向がわかれば、この廃ビルなどすぐに見当が付くに決まっている。早 く逃げなければ、こちらの身が危ない。
 
 早く逃げなければ、はや……。

 その時、ビルに足音が響き渡った。
 自分の足音とは違う、他の人間の気配だ。
 階段を掛け下りていた男は、その音に体を震わせた。誰かが階 段を上ってくる。男の胸が高鳴った。一歩一歩確実に、足音は近づいてくる。
 男は懐に銃を構えたまま、ゆっくりと下に下りた。踊り場まで下りると、男は伺う ように階段下を見る。銃を持つ手に力が入った。
 目を凝らすと、小さな人影が階段を上ってきていた。
 暗すぎて相手をよく見ることが出来ない。
 だが……。

「あれ?おっさん、何やってんだ?」
 
 予想に反して、それは子供だった。中学か高校生くらいだろう、ニコニコしながら、男を見上げていた。
 ホッとした男は、微笑みながら少年に一歩近づく。
「坊主こそ何やってる?こんなトコで。お前らの溜り場か?」
「まさか、俺だって来たくて来てるわけじゃねーもん」
 少年がむくれたように言う。

「おっさんが悪いんだよ…………うちの国王を撃ったりするから……」

 血の気が引いた。
 慌てて銃を構えるが、すでに遅かった。
 空気を切り裂くような短い音と共に、胸に焼け付くような痛みを感じた。
 目の前の輪郭がぼやけていく。

 全身を包む怠さの中で、男はゆっくりと意識を手放していった。

   第二話 1 完

2006年1月28日 掲載