第 一話
それぞれの理由


「担当空域が変わる?」
 タクヤの言葉に、隊長は笑いな がら答えた。
 
「変わるわけではない、広がるだけだ。『ヤマト』が思いの外しぶとい。一気に叩くためにも、我々の力が必要だそうだ」
 勤務が明けた夜半近く、 酒場ではトトの奏でる、美しいヴァイオリンの音が響き渡っていた。
 タクヤの傍には隊長の他、部隊のメンバーが座っていた。
 正面には隊長と女性隊員である副長、右隣には三 番機のノル大尉。左隣には四番機のシロ中尉が座っている。
「ということは、基地は変わらないんですね?」
「ああ、このままここに駐屯する」
 ホッと息を吐い たタクヤを見て、隊長は意外そうに声を上げた。
「お前、最初はここを嫌がってただろ?今は随分とお気に入りみたいだな」
「あら、隊長。知らないんですか?」
 副長が笑いながら言葉を挟む。
「タ クヤ君、友達が出来たんですよ」
「ほぅ……」
「それって、女の子?」
 ノル大尉が笑いながら言う。少し酔っているようだ。
「違いますよー、センパイ。トト君 デスよー、そうだよね?タクヤ君」
 シロ中尉も呂律が回っていない。
「まぁ、友達というか……、一緒に遊びに行ったりしてるだけで……」
「それって、友達じゃないのか?」
「そうよ、仲良しじゃない」

「……いえ……」
 タクヤはワインを口に含んだ。

「俺はよくても、向こうはそうは思ってません。立場が違いすぎますから……」
「……まぁな、占領兵とじゃ、友人となるのは難しいかもな……」
 隊長は渋い顔をして言う。
「……聞いた話じゃ、あいつの兄はあの『ノクターン』 らしい」
「それって……」
「ああ、俺が落としたハイエンス空軍のエースだ」
「うわっ、最悪だな……」
 ノル大尉が顔をしかめる。
 トトと初めて会った時、自分 たちに見せた表情はその為だったのだろう。
 突如肩を捕まれた。そのまま激しく揺さ振られる。
 「だーいじょーぶ!!タクヤ君、あきらめたらダメだよー!愛さえあれば、なんとかなるっ!」
 「シロ、お前、酔いすぎだ。少し抑えろ」
 「だいじょーぶですよー、まだ酔ってませんっ!」
 シロ中尉は、自分の撃墜数と共に、飲酒量も増加していく。
 
 今日は 大規模な空爆を行った。
 西の大陸での撤退が遅れ、必死にヤマトを目指す敵の陸軍と海軍。
 逃げ続ける彼らの上からの空爆は、向かってくる敵を倒すのとは、まったく違う意味を持っていた。
 この人はパイロットに、いや、軍人には向いてないのだろう。優しさは邪魔になる事の方が多い。敵を人間だと考えれば、爆弾など落とせなくなるのである。

「シロ、一応言っとくが、本国の中学生は酒など飲んでないんだぞ」
「オレは本国にいないから関係ないデスっ」
「……従軍規定があるだろが……」
 隊長は頭を掻いた。
「俺が言ってるのは、節度を持てという事だ。若いうちから酒ばかり飲むと、肝臓に悪い」
「隊長だってー、未成年じゃないデスカー。あっ、もうすぐそうじゃなくなるんでしたっけー?」
 話し方がぐだを巻いてきた。こうなってしまっては、話しても無駄だ。
「隊長、俺も酔ったし、シロ連れて帰るわ」
 ノル大尉が立ち上がった。
「センパイ、もう帰っちゃうんデスかー」
「お 前も帰るんだよ。ほらいくぞ」
 ノル大尉はシロ中尉を肩で支える。
「センパーイ、アイスが食いたいデスっ」
「はいはい、部屋に着いたらなー……じゃ、行くわ。また明日」
「ああ、レジスタンスもうろついてるらしい。……気を付けてな」
「怪しい動きがあったら撃つのよ」
 軽く手を挙げて、二人は店を出てゆく。

「……あまり、今日の任務には、あいつを連れて行きたくなかったのだが……」
 
 隊長がポツリと呟いた。
「しょうがないわよ、任務ですから。……私達がやらなければ、他の誰かがやるだけです」
「……わかってる」
 この二人には独特の空気がある。もしかしたら、恋人同士なのかもしれない。
 隊長はボトルを掴むと、ゆっくりとグラスに注いでいく。
 琥珀色の液体を口に運ぶと、意を決したように隊長は切り出した。
 「本当はあいつらもいるところで言うつもりだったんだが……実は近々、『クロネコ』を潰すらしい」
 隊長はポツリと呟いた。
「『クロネコ』って『ホクト』の……?」
「ああ、今回の区域拡大も、それに絡んでくる。わが軍同様、連合国側も多数の少年兵で構成されて いる。それの象徴となるのが『ホクト』基地であり、その中心が『クロネコ』だ。『クロネコ』の一番機、『ストーンヘンジ』。こいつを落とさなくては、『ヤ マト』陥落はない」

 ブラックキャット隊、通 称『クロネコ』。空を飛ぶ者ならば、一度は聞いたことがある名前だ。

「厄介な相手ね……」
「ああ、だから、正面からは行かない」
「……どうゆう事ですか?」
「……エサを撒いておびき出し、圧倒的多数で叩く」
「素晴らしい作戦ね、考えたのは空の人間ではないでしょう?」
「シュリンク将軍は陸軍出身だ。しかたあるまい」
「……シロ中尉が、一番嫌いな作戦ですね」
「あたし達だってそうよ」
 副長は一気にウィスキーを体に流し込む。

「『クロネコ』か……」
 隊長は どこか遠くを見ているようだった。
  
 第一章 第一話 完

2006年1月28日 掲載