第
一章 破られた壁
古雅飛行場空襲 プロローグ 2003年4月23日発行 「ハイエンス・
ジャー
ナル」五月号より抜粋
「大和王国の恐怖」 文 レイン・マクスウェル 2003年04月08日。 国立北都空軍病院特別棟に、オックスバルト空軍第186航空団第203戦闘飛行隊『ブリザード隊』隊長、アンドリュー・マエスニフ大尉はいた。 長年のベストセラー、F―16・ファイティングファルコンを操り、幾多の空を駆け抜けたエースである。 つい先日、101隊によって撃墜された。 ――わざわざ来てもらって済まないが、話せることは限られているぞ。 髭面の男は最初に言った。 僕に対する牽制のつもりなのだろう。病室にいるにも関わらず彼の顔色は良かった。 ――……ああ、もちろんオックスの情報は話せないし、大和の方から口止めされている話もあるしな。話せることといったら……そうだな、先日の戦闘の事く らいだ。といっても、すでに『クロネコ』から聞いてしまっているか? 僕が首を振ると、男は静かに頷いた。 ――……そうか、わかった。君が知りたいのならば教えよう。あの夜、私が落とされた時の話をね。 男の笑いが自嘲気味に見えたのは、たぶん気のせいではないだろう。 ――そうそう。そういえば、君は何歳なんだ? いきなりの質問に、僕は首をかしげた。 ――いや、他意はないのだよ、単純な興味さ。少なくとも、一杯付き合ってもらえる歳ではないだろう? 僕が答えると、男は感心したように目を見開く。 ――……なるほど、ということは『クロネコ』の隊長よりは一つ下か……ふん、信じられないよ。パイロット育成は、本来ならとても時間が掛かる。戦闘 機ってのは、未成年の子供や二十歳かそこらの若者が自在に操れるものではないんだ……それでも……私は落とされたんだがね。 男の目が宙に彷徨う。説明しようと口を開きかけた僕のことを遮り、男は言葉をつなげた。 ――……ああ、説明はいらない。彼らがどのように生 きてきたかは知っている、当時は新聞でかなり話題になったからね。あの時の記事の少年達というのは彼らなのだろう? 公表されてはいないが、それくらいの想像はつくさ。 では、我々が大和にこだわるのもわかるだろう? 只の子供たちを、短期間で一人前の兵士に育て上 げる……恐ろしい国だとは思わないか?現に今、連合国の主力は大和王国軍、それも、前の大戦ではその戦力の5割以上を失ったにもかかわらず、だ。君もハイ エ ンス ブルグ出身なら、わかるだろう? ハイエンスブルグと言う単語が出た瞬間、僕の表情に変化があったのだろう。男の饒舌は止まった。 ――…………済まない、話がそれたな。だが、あの時私が感じた恐怖は忘れられないよ。 男の言葉によって、あの夜の『真実』が語られていく。 ・
……あの日、と言っても数日前だか、我々 は急な任務変更を受けた。 我々はバルカ王国への偵察飛行の最中だった。北海岸に集結しているという噂の部隊の写真を撮って、基地に戻る。単純な任務のはずだった。 だがバルカ領空に入って、突如大和に飛べと指令を受けた。 無線を聞いて驚いた。 久々に『ホクト』の奴らが、それも『クロネコ』が姿を見せた、無線はそう告げてきた。 心踊ったさ。『クロネコ』だって、こりゃ俺達の獲物だってな。 レーダーを目一杯広げて、我々は逃げられないように目を凝らして探した。 そして、見つけた。 『ホクト』方向に向かう機影が4つ。 大和のレーダー網は強力だ、俺達は低空で侵入した。 『クロネコ』は一戦交えた後だと聞いていたから、確実に後ろから追い付けると思った。 まさか、正面から迎撃してくるなんて誰も思わないさ。 『クロネコ』が反転したのを確認した後、奴らは突然レーダーから消えたんだよ。 ジャミング(電磁波によって、敵のレーダー等に影響を与える) を持っている『スーパートムキャット』じゃない、旧式のトムキャットがだよ。 無線からは奴らの声だけが聞こえてくる、だが、姿は見えない。 ……この恐怖が わかるかね? ……我々が気が付いたときには、すでに『クロネコ』は絶好のポジションを取りつつあった。 我々は慌てて上昇し、先制攻撃をかけた。 確かにやっ たと思ったよ、だが、避けられてしまった。 我々は直ぐ様散開した。 『クロネコ』にチーム戦闘をさせては一溜まりもない。一対一の戦闘ならば、まだ勝ち目が あるはずだ。私はそう聞いていたし、実際そう思った。 『クロネコ』の戦術は単純なんだ。 2番機、4番機という絶対的な護衛機の下、1番機と3番機が敵を叩く。ならば、先に護衛機を叩けばいい。 私と僚機である2番機は『クロネコ』の1番機、3番機を引き付けた。 その間に部下の二人が後の二機を叩く。……作戦どおりだと思ったよ。だが、見込みが甘かった。 護衛機だと思って2、4番機を甘く見ていたんだ。 おまけに、『クロ ネコ』の1番機、あれは……化け物だった。 私がどんな軌道を取り、いかに攻撃しようとも、まったく相手にならなかった。 気が付けば後ろを取られ、私は無理 な軌道を取り……そして撃墜された。 私の体にあれ程の負担が掛かったんだ、彼にも同じだけの負担が掛かっていたに違いない。 だが、彼の軌道は崩れなかった。 正しく、完敗。そうとしか言いようがない。 ・
話し終えた男の表情は意外にも穏やかだった。 寧ろ、笑みさえ浮かべているように見える。僕は気になっていた質問をぶつけてみた。 ――…… 彼らか?この前見舞いにきてくれたよ。どうやら、私と部下の身柄が保障されるように取り計らってくれたみたいだ。ありがたいことだよ。 それまで穏やかに話していた男は、ここで少しだけ沈んだ表情を見せた。 ――……けれど、彼らを見ると国の息子を思い出す。本来な らば、彼らのいるべき場所はここではない、それだけははっきりとわかるよ……だが…… 男は言うか言うまいか迷っているようだったが、意を決したように口を開いた。 ――……出来ることならば、再び彼らと戦いたい。あの雲の向こうに飛び立ってね……。 病室の窓からは、穏やかな春の青空の中に浮かぶ雲が、ゆっくりと流れていた。 第一章 プロローグ 完 2006年6月16日 掲載 |