第五話
5 現実 「少年、優を知っているのか?」 隊長が驚いたように声をかけた。 「はい、僕の指導教官でした」 「なるほどな、あいつの差し金か……」 隊長は軽く頭を抱えた。 「……正確にはあいつと、司令の、だろ」 「……ですね」 田島大尉と三村が声を挟む。何を言っているのか、翼にはどうにも話が掴めない。 「……あの、差し金って?」 「ああ、大したことではない、昔の馴染みの話だ」 隊長は何でもないというように話を打ち切った。 「昔話みたいなもんです」 「そうそう。優とミム、チビ同士の昔話さ」 「いちいちチビってうるさいですよ!ユータさん!!」 田島の発言に三村が声を上げる。 「放っておけ、三村。まともに相手をすると疲れるだけだ」 「そうですね……」 「な、なんだよ、それ……」 不満げな田島大尉に追い打ちをかけるように隊長は言う。 「さて、バカはさておき……」 「バカって誰のことだよっ!」 「飛行服を来てる方、彼が大橋大尉。うちの四番機を務めている」 「無視すんなっ!」 残り二人のうち、軍服を着た方が頭を下げた。 「レン、何か挨拶はあるか?」 隊長が声をかける。大橋大尉はビクっと肩を震わせると、恐る恐るといった感じで顔を上げた。 「……大橋……廉司……です……よろしく……」 消え入りそうな声で言う。 「レンジさん、大丈夫ですか?」 「……うん……ちょっと……緊張して……ごめんね……遼一君……」 そう言ってソファーに座り込んだ。 「気にすることはない」 隊長が翼の耳元で囁いた。 「あいつは人見知りが激しくてな、そのくせ自己主張が激しい。まぁ、最初は大変だろうが、悪いやつではない」 あまりフォローになってないな……。 翼はそう思ったが、声には出さなかった。 「……それでだ、あちらがフリーライターでレイン・マクスウェル氏。取材でここを訪れている」 もう一人が、こちらに近づいてくる。 「よろしく、青葉少尉。後から話を聞かせてもらう事もあるだろうから、その時は頼むよ」 近くで見ると、それはまだ少年だった。おそらく隊長よりは年下だろう。 暗いのと黒髪の所為でわからなかったが、大和の人ではなかった。どうやら西洋人らしい。 喋り方のイントネーションが自然なので、声を聞くだけじゃわからないだろう。ポケットのたくさんついたベストと、カーゴパンツという出で立ちだ。 翼の目に気付いたのか、レインは笑って言う。 「僕はハイエンスブルグ出身さ、もう無くなったけどね……」 そうして、レインは少し寂しげに笑った。 「そして最後に副長の三村、これで全員だな」 隊長がそう言って、話を打ち切ろうとする。 「……えっ。ちょっ、ちょっと待ってください!」 翼は慌てて声を出した。 何か、聞き捨てならないことを聞いた気がする。 「この三村くんが……あの三村中尉?それにこれで全員って……」 「なんだ、言ってなかったのか、三村?」 隊長が三村のほうを向く。 「あれ、言ってませんでしたっけ……?」 三村が首をかしげた。 「言ってないよっ!……いや、仰っていませんでした……」 思わず叫びかけて、翼は留まった。 同い年くらいかと思ったが、三村は二つ年上で、階級も上で、おまけに直属の上官である。知らなかったとはいえ、タメ口をきいたのは大間違いだった。 「別に尊敬語まで使わなくてもいいぞ、それから今は三村大尉、だ」 笑いながら隊長が言った。 「はい、わかりました」 翼は噛み締めるように言った。 「……でもびっくりしました。聞いていたイメージとは違って……」 「それって、どんな?」 翼の言葉に、田島大尉が食い付くように尋ねた。 「えっと、無口で、無愛想で、笑ってるとこなんか見た事ないって……」 言っているうちに、三村大尉の顔が曇っていくのがわかる。 顔を上げると隊長がニヤニヤ笑っていた。 「懐かしいな、三村。あの頃は可愛かったなぁ。鼻っ柱が強くって……」 「そうそう、泣く時はこっそり隠れて泣いてたんだよなぁ……」 田島大尉が続ける。 「……ダメ……だよ……遼一くんを……からかったら……」 「いいんです、レンジさん。慣れてますから……」 諦めたように三村大尉が呟いた。 「……それで、全員って……」 「……ああ、その話か。……うちの隊員は四人だけ、練習生を含めても五人だけだ」 「よ、四人!?それだけ!?……ですか?」 「ああ、これだけだ」 当たり前のように隊長は言う。 「ちなみに、その練習生ってのは……」 「もちろんお前の事だ」 翼は驚きのあまり声も出ない。 搭乗員が四人だけの飛行隊だなんて、聞いたことがない。 「……それで、一応聞いておくが……お前は何かやらかしたのか?」 隊長が尋ねてくる。 「はい?何かとは?」 「例えば教官を殴ったとかっ?」 指差すように、田島大尉が言う。 「はい?」 翼は一瞬、何を言われたか理解できなかった。 「あっ、成績がよっぽど悪かったとかですか?」 今度は三村大尉だ。 「……成績は青北では三位、全体では五位でした」 声を押し殺して翼は言う。 「……練習機……壊しちゃったとか……」 遠慮がちに、大橋大尉までも尋ねてくる。 「……どうゆう意味です?」 翼は周りを見渡した。 「いや、うちにも練習生が来るなんて思わなくてな。俺が教官長だし、それこそ出撃もないのに……」 「出撃がない!?」 翼は声が裏返った。 「い、いや、まったくないって訳ではないんですよ。昨日だってスクランブルがありましたし……それにいろいろ他の仕事もありますし……」 三村大尉が執り成すように言う。 「ま、昨日の出撃も、どこも手が空いてなくて仕方なくだったけどな」 田島大尉が笑いながら言った。 「……作戦行動なんて……一月近く……ないから……ね……」 大橋大尉が続いた。 どうゆう隊なんだ、ここは。 翼は目の前が暗くなる。 他の隊のスクランブル中に寝ているわ、隊員が四人しかいないわ、おまけにめったに出撃もない。 「……とりあえず、今日はこの後歓迎会があるはずだ。ブリーティングルームで行われるから会場に行っておけ。また迷われちゃかなわん」 隊長の声が遠く聞こえる。 「レイン、すまないが、こいつを案内してやってくれないか?」 「あ、いいですよ」 隊長の言葉にレインが頷いた。 レインに促されるまま、翼は部屋を後にした。 ・
「ふぅ……」 石月がため息を吐く。 「で、どーすんだ?」 田島がいらついたように言った。 「とりあえず、タクミを問い詰めんことにはな……」 石月は、司令の下の名前を出す。 「何を企んでるんだ、あいつは……」 石月は再びため息を吐いた。 その声に応えるように、電話が鳴った。 三村が受話器を取る。 二言三言話した後、三村は石月に受話器を差し出した。 「隊長、司令からです」 石月は黙って受話器を受け取る。 部屋の中に緊張が走った。 少しの間喋ると、石月は受話器を置く。 「どうやら、こちらの考えはお見通しのようだ」 石月が低い声で言った。 「お見通し、とは?」 三村が息を呑んで尋ねる。 「司令室に呼び出された、そこに優も来ているそうだ」 第五話 5 完 2005年 8月14日 掲載 |