第五話


新たなる仲間

 
「ねぇ、隊長」
 沈黙に耐えかねたように、三村が言う。

「さっきから 黙り込んで、いったい何を考え込んでるんです?」
「わからんか?」
「そりゃ、大体予想はつきますけど……」
 早足で歩きながら隊長は再び黙り込む。
 隊長のこ とだ、決して青葉少尉の事だけを悩んでいるわけではないと思うが、一応尋ねてみる。
「……青葉少尉のことですか?」
「……それもあるな」
 隊長はそのまま黙り 込む。こうゆう時に無理矢理問い詰めるほど、三村はバカではない。三村は隊長の言葉を待った。
「……なぁ、遼一」
 隊長が下の名前で呼ぶのは、大抵大事な話 があるときだ。
「なんですか、ユーイチさん」
 石月隊長の下の名前を呼ぶ。隊長はこちらをゆっくりと見た。
「今回の新入隊員、お前はどう見る?」
「……どこか、臭い気はしますが」
「ああ、そうだ。レベルに極端な違いがありすぎる」
 
 それは三村も感じていた。
 あれから新入隊員のデータを見たが、王都である東都市にあ る、東都空軍基地に配属されるような優秀な者まで、北の果てである北都基地に配属されているのだ。
 
「……本来なら東都で出世コースに入っている子まで、ここに回されてますからね」
「ああ。青葉もあの成績なら、東都基地に配属されるはずだ」
「希望したのかも知れませんよ? ここが いいって」
「仮に希望したからといって、東都の奴らがみすみす優秀な新人を逃がすと思うか?」
「そうですよね……」
 戦果を北都基地と競っている東都基地が、こちらにいい新人を回してくれたとは思えない。
「…誰かバックについたんですかね?うちが上に嫌われてるのって、僕達がいるからでしょ?」
「それをわかっていて北都基地に取り計らうようなバカは、上にはいないと思うがな…」
 正面に司令部の扉が見えてくる。
 扉を開けて辺りを見回すと、司令部がシンと静まった。
 隊長が立ち番をしている若い兵士に目線で合図を送り、奥にある基地司令室の扉を開けさせる。
「石月、三村両大尉、入ります」
 三村がゆっくりと言った。
 司令室に入ると、基地司令の才川大佐が立ち上がって出迎えてくる。
「やぁ、急に呼び立てて済まない、取り込んでいたかな?」
「いや、ちょうど俺も話したいことがあったところだ」
 才川大佐の頬がピクっと揺れた。
 三村は目線をずらじ、先に司令室にいた二人の少年に目を向ける。
 
 向かって左側のソファーに座っているのは、昔からの同僚である田中優(たな かまさる)大尉だ。
 
 目が合うと、目線で挨拶をしてくる。三村は軽く礼をしてそれに答えた。
 田中大尉は三村達が着ている略式の軍服、いわゆる『戦闘服』、『飛行服』 ではなく、正装、いわゆる『制服』の上着を脱いだ格好だ。
 ワイシャツの左胸の所には四段になった記章がついている。
 その上についている鷲のバッジが戦闘 員の物から指揮官の物に代わっているのを見て、三村は少し淋しい気分になった。
 左胸のポケットの下には、救難員のバッチが付けられている。

 向かって右側に座っているのは、見たことのない少年だった。
 この暑いのにしっかりと制服の上着のボタンを止め、背筋を伸ばして座っている。襟と袖の階級章を見ると、少佐であることがわかった。

「それで、俺に話とは?」
 石月隊長が司令を真っすぐに見つめて言う。
「君も薄々感付いてはいるのだろう?」
 司令が椅子に座りながら 言う。
「まぁ、そうだな。上の連中が何かろくでもない事を企んでる、ということはわかる」
 石月大尉は司令をじっと見つめる。すると、先程まで黙って座っていた少年が急に立ち上がった。
「才川大佐、よろしければ私の方から説明させていただきたいのですが……」
 司令は石月大尉と少年を交互に見て、ため息を吐きながら言った。
「……よかろう。石月大尉、こちらは倉田少佐だ。東都の軍司令本部から本日付けで配属になった。基地副司令として勤務してもらう」
「よろしくお願いします、石月大尉。お会いできて光栄です」
 倉田少佐が手を差し出してくる。
「こちらこそ、少佐。101隊長の石月です。こっちは副長の三村」
「よろしくお願いします」
 三村が手を差し出すと、倉田少佐が力強く握り返してきた。

 「……なるほど、あなたが、あの三村大尉……」
 
 手を握る力が強まった。
「……どんな方なのか、ぜひお会いしたかった……」
 痛い程きつく手を握られて、三村は思わず手を振り払った。
 手を振り払われた倉田少佐は一瞬驚いた顔をした後、素直に手を引っ込める。
「三村……?」
 三村の行動に驚いたのだろう、石月隊長が顔を覗き込んできた。
「……すみません、なんでもないです」
 隊長は不信そうに眉を寄せたが、すぐに前を向き直した。
「……それで説明とは?」
「あなたが言っているのは、青葉少尉の事……ですよね?青葉光一中尉の弟がなぜ北都基地へ、しかも、なぜ自分の隊に配属されているか、ですよね?」
「……それもある、な」
 前を見据えたまま、隊長は低い声で言う。
「ということは、他にも疑問点があると……?」
 倉田少佐は意外そうに言った。
「青葉の件に限らず、今回の配属について上が何を考えているのか、それをはっきり教えて頂きたい」
「……配属についてですか?」
 
 倉田少佐の目が泳いだのを、三村は見逃さなかった。

「こうゆう言い方はしたくないが、うちの基地に今まで配属されていたのは、能力が低いが、もしくは精神的に著しく問題がある者ばかりだった。かつての俺 も含めてな」
「……ええ」
「更正された者、充分な力を付けた者は他の部隊に引き抜かれ、再び飛行時間の足らない新人やドロップアウトした奴らが配属される。これが今まででは 普通だった」
「…………はい」
「だが今回はいつものように成績の低い者の他に、本来ならば東都に配属されるような優秀な者まで『掃き溜め』と呼ばれるここ北都基地に配属されている。 一体どうゆう理由か、はっきり答えてもらおうか?」
 「………………」
 倉田少佐は明らかに動揺していた。
 そもそも『少佐』と『大尉』だ。階級の下の者に、このような喋り方をされた事がないのだろう。典型的な士官学校出 のお坊っちゃんらしい。
 
 大和空軍には四つの上下関係がある。連合国軍となった今でも、それは生きていた。
 
 一つは階級。
 二つ目は年季。
 三つ目が年齢。
 そして最後は戦績で ある。
 
 階級では倉田少佐が一つ上だが、年季、年齢、戦績という点では、石月隊長の方が遥かに上だった。

「……優秀な新人が入ってくるのは、ご不満ですか?」
 倉田少 佐が下を向いたまま、ぽそりと呟いた。
「そんなことはない、むしろありがたいくらいだ。だが、こちらは指導する立場なんでな。データに載ってない事まで知っておく必要がある」
 倉田少佐はしばらく下を向いたままだったが、やがて顔を上げた。
 そのまま石月隊長に笑顔を向ける。
「……まいったな……さすがですね。青葉少尉の事で、頭が一杯になっていると思ってました」
「……悪いが、101隊長の肩書きは伊達じゃない。これでもマスターパイロットなんでな」
 石月隊長の言葉に、倉田少佐はため息を吐く。
「今度から情報部の言うことはあてにしない事にしますよ……でも隊長、貴方はこの件に関して、一つ読み間違いをしています」
「ほう……で、それは?」
「今回の配属について、上はただ許可 しただけ。北都基地の配属人員を考えたのは、このぼくです」

 第五話 6 完
2005年11月23日 掲載