第三話
北の最前線


「ふぅーっ」
 声を上げ少年はソファに倒れこんだ。

 僕は冷蔵庫を開けると、コップに牛乳を入れて彼に差し出す。
「お疲れさまです。石月隊長」
 名前を呼ばれた石月裕一(いしづき ゆういち)大尉はさっと起き上がると、頭を掻いて笑った。
「……悪いな。記者の君に、そんなことまでさせて……」
「いえ、そんな……。後の皆さんはどうします?コーヒーでも入れましょうか?」
 僕は周りに問い掛ける。
「……じゃあすみませんが、コーヒーを一杯頂けますか?」
 机の上で日誌を書いている三村遼一(みむら りょういち)大尉が答えた。
「わかりました。……田島大尉と大橋大尉はどうします?」
「俺も牛乳もらおうかな。レン、お前は?」
「……俺も……牛乳……もらう……」
 石月大尉と同様にソファーに倒れこんだまま、田島雄太(たじま ゆうた)大尉と大橋廉司(おおはし れんじ)大尉の二人も答える。
「了解です」
 そう言って僕は、コーヒーを沸かし始めた。
 時刻は4時を回ったところだ。今日二回目のスクランブルを終えて、さすがの彼らにも疲れが見えていた。
 任務があける時刻までに、また敵が侵入してくれば、彼らは疲れ切った体で飛ぶことになる。

 なんとかこのまま休ませてやってほしい。
 そう願はずにはいられなかった。

 部屋の中には簡単なキッチンが付いているので、お湯を沸かすのは簡単だ。
 その間に二人の元へ、コップと紙パックごと牛乳を持っていく。
 二人は旨そうに牛乳を飲み干した。
「雄太、レン、お前等は仮眠取っとけ。この調子なら、また出ることになるかもしれん」
 石月隊長があくびをしながら言う
「それはいいけど……イッシー、お前は大丈夫なのか?」
「明日は非番だからな。なんとかなるさ……」
 目を真っ赤にさせて石月大尉は言う。
「せっかく久々に4人揃ったとたんに、これだからな……」
「よっぽど人手が足りなかったんだろ?」
 田島大尉が面倒くさそうに続けた。
「空襲が続いていますからね……」
 三村の言葉に、部屋がシンと静まる。
「……どっちみち最低一人は起きてなきゃならん。とりあえずお前等は寝ろ」
「……ああ、そうだな」
「……うん……」
 毛布をかぶって田島大尉と大橋大尉二人はソファーに横になった。
 一分と経たないうちに、静かな寝息が聞こえてくる。

 僕はキッチンに戻ると、お湯が沸いたかを確かめた。
 コーヒーはインスタントだから簡単だ。カップに入れてそこにお湯を注ぐ。
 そうして、出来たてを三村副長の所に持っていった。
「わぁ……、ありがとうございます」
 ブラックのまま、三村大尉はゆっくりとそれに口をつける。
「三村、お前は?休まなくても大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。隊長こそ休まれてはどうですか?」
「そうゆうわけにもいかん」
 苦笑しながら石月大尉が言う。

 彼らが最後にまともに眠りに就いたのは、いつのことだろう。
 大陸から撤退して以来、いつ来るか分からないスクランブルの所為で、彼らの体力はすでに限界だった。
 さらに、それぞれが任務であちこちを飛び回っている。

「レイン、君も最近寝てないだろ?俺たちに付き合って起きてなくていいんだぞ」
「いえ、僕がこうしていたいんです……いえ、いさせてください」
 自分が一番疲れているだろうに、隊長は僕を気遣った。
 思えば、自分と基地の隊員の橋渡しをしてくれたのは石月だった。
「本当は君のような物書きになるのが夢だったんだがな……」そう言った石月隊長の目はどこかもの哀しげで、僕はそれ以上声をかけることは出来なかった。

 最初に、この北都基地に行く事を決めた三年前。
 ここに来ることを決めたのは、大和の負の遺産である少年兵の中に変わった者たちがいると聞いたからなのだが、最初はこれ程長い付き合いになるとは思わな かった。
 当時、戦時中ではなかったため、彼らは主に国内で活動していた。だが、僕が彼らに心を奪われるまで、そう時間は掛からなかった。
 
 敗戦濃厚の連合国軍を、なんとか生き長らえさせている男達、いや、少年達。
 彼らに国を守らせることの代償は、彼らから『少年』という時代を奪うことだった。
 石月大尉と話していると、実際は一つ年上のこの少年が、十も年上に感じるのはそのためだろう。
 
 戦争を引き起こした者。
 そして、それに対抗するために、彼らを利用する者。
 それら全てに、僕は憤りを感じていた。
 ……だが、僕の思考はそこで中断される。
 
 突如、基地に重たい音が響き渡った。
 基地職員に緊急事態を告げるサイレンが鳴り響く。
 どうやら、彼らに休息の時間は与えられないらしい。
 
 レッドアラート。
 空襲警報だ。

 赤色灯が狂ったように回っている。
「ちっ、来たか……」
 舌打ちを一つ、そして隊長は走りだす。それに隊員達が続いた。
「すまん!話はまた後だ!」
 石月隊長が蹴飛ばすようにドアを開ける。
「コーヒーありがとうございました!」
 三村副長がそれに続いた。
「帰ってきたら、話、聞かせるからな、待ってろよ!」
 さっきまで寝ていたとは思えない早さで、田島大尉が駆けていく。
「……牛乳……ありがとう……」
 最後に大橋大尉が続いた。
 僕は暗い部屋に一人取り残される。主がいなくなった部屋はもの寂しく、静寂が室内を覆っているようだった。

「……帰ってきたら……か……」
 僕は田島大尉の言葉を思い起こす。
 そう言って飛び立っていったあの『彼』は、二度とこの基地には戻ってこなかった。
 あの、人懐っこい笑顔は、もう二度と見られない。
 今、自分の書くべき記事は、きっと、この基地にいる彼らのことなのだ。
 『彼』のような少年が、二度と出ないためにも。
 
 僕は、そう思っていた。

 エンジン音が聞こえる。
 僕は窓に近寄ると、ブラインドの隙間から外を眺めた。
 
 彼らが上がっていく。
 闇の中を、アフターバーナーの炎が揺らめいている。
 とりあえず、彼らの無事を祈るため、僕は、司令室に向けてゆっくりと歩き始めた。

 第三話 完


2005年7月21日 掲載