第二話
星空の下


 小さい頃、二人で星を見た夜を覚えている。
 
 ぼくと、りょうちゃんの二人は、何をするにも一緒だった。
 宿舎の部屋が隣同士で、親同士も仲が良かったため、ぼくら二人は兄弟のように育った。
 ぼくより二つ年上のりょうちゃんは、優しくて、あったかくて、いつもぼくを守ってくれた。
 ぼくはりょうちゃんが大好きだった。ずっと、ずっと一緒にいられると思っていた。

 あの戦争が始まるまでは……。



 戦争が始まってすぐに、りょうちゃんに任務が与えられた。

 敵国の軍に潜入し、情報を送る。諜報活動、いわゆるスパイ活動だ。

 敵国も友軍も兵力不足で、ついには子供をも徴兵し始めていた。
 潜入者が子供であれば、スパイと疑われる確率は、大人よりもずっと低い。
 りょうちゃんは泣きながらぼくと別れ、そして、二度と帰ってこなかった。
 りょうちゃんの行方不明と関係なく戦争は終わり、世界に平和が訪れた。
 敵国は戦争放棄を宣言。永世中立国となった。

 子供たちを大量に徴兵したことなど、なかったかのように……。



 あれから、もう5年がすぎた。

 書きかけの書類とにらめっこしながら、タクヤ・ラインバルトはため息をついた。
 5年たっても、この国は何も変わらない。
 指導者が代わり、一時は好転したかに見えた国政も、結局は元通りだ。
 戦争を繰り返し、子供たちを徴兵し、植民地から何もかもを搾取していく。搾取するものがなくなれば、また戦争で 植民地を増やしていく。
 永遠にこの繰り返しだ。
  5年前の戦争では同盟国だった国に次々と侵攻し、搾取していく。目的地は5年前の敵国であり、今回の大戦では、開戦と同時に中立を宣言したハイエンスブ ルグであった。
 
 目的は、前の大戦の遺産だった。
 
 追い詰められたハイエンスブルグが、最後の手段として開発した巨大ミサイル基地、『ピースメーカー』。かつての大戦では、使われることなく眠りについた その兵器が、皮肉にも今回の戦争を巻き起こした。
 『平和を生むもの』という名前が皮肉に聞こえるのは、タクヤだけではないだろう。『ピースメーカー』を得たオックスバルトは、西大陸の空を支配していっ た。
 今では、連合国軍は海の向こうの島国、大和(やまと)まで撤退している。
 
 大和が陥落すれば、東の大陸への空爆が可能になる。
 西と東、二つの大陸の間に挟まる国。細長く島々が点在し、小国ながら列強の仲間入りをする国。
 この大和王国での攻防が、大戦の鍵となるという見方は、両陣営共通の見方だった。
 
 しかし、西大陸での撤退が始まり、大和では連日空爆が続いている。
 大戦は、まもなく終局を迎えようとしていた。

 ふと、部屋の中に、ノックの音が響いた。
 「はい。どうぞ」
 タクヤの言葉に入ってきたのは、入隊したばかりの練習生だった。真新しい制服を着て、背筋を伸ばして敬礼をする。

 「失礼いたします、ラインバルト中尉。隊長がお呼びです」
 直立不動のまま、少尉は報告する。
 「……わかりました、すぐ行きます。……それから少尉」
 「はっ、何でありますか?」 
 「いくら僕の方が階級が上でも、そのアリマス口調はやめてくれないかな?……確かに僕の方が課程が早く終わったけど、一応同い年なんだから……」
 少尉の顔が強張った。
 「お言葉ですが、少尉。それは出来ません。規律が乱れます」
 「少尉……」
 「それに中尉は自分とは違います。中尉は特別であります。あなたは、自分のような一介のパイロットに過 ぎない者が、親しく話しかけられるようなお方ではありません」
 少尉は、タクヤをしっかりと見据えて言った。
 確かに、彼とタクヤの立場は違う。
 特別飛行隊所属という肩書きは、空軍の中では絶対の権力を持っていた。
 誰も が そのワッペンを見るだけで道を開ける。

 「……わかりました。自覚します。でも少尉、おそらくこの時間だと、みんなで飲みに行く誘いだよね?」
 「はっ、おそらくは……」
 「まさか、勤務時間以外でも、デスマス口調を続けるつもりじゃないよね?」
 「中尉、それは……」
 「うるさい、これは命令だ。勤務外でのデスマス、アリマス口調は禁止。もちろん敬語も。わかった!?」
 ため息をついて、少尉は言った。
「……上に目をつけられますよ」
 「もう充分つけられてるよ……ねぇ……たまには愚痴に付き合ってよ……」
 お互いに黙って見詰め合う。結局折れたのは少尉だった。
 「ふーっ……わかりました」
 お手上げ、というように少尉はため息をつく。
 「ありがと、少尉」
 
 そう言うと、タクヤはフライトジャケットを羽織る。胸には黒い犬のワッペンが縫いこまれていた。

 第二話 完 


2005年7月14日 掲載