第七話


戦う理由

 歓迎会が始まった。
 幹部連中のお決まりの演説。
 命を懸けて、国家の為に、国王陛下の為に……聞き飽きた言葉だ。
 
 最初は皆が緊張し、料理にも手が付けられなかったのだが、それを見た司令が、この会はあくまで軍の行事ではなく基地の飲み会と同じだ、と宣言したこと で、ようやく緊張を解くことが出来た。
 周りのテーブルを見ると、みんな聞いているふりをしながら半分聞き流しているようだが、このテーブルは誰もまともに聞いてはいなかった。
 拓人と綾人は良く見れば明らかに寝ているし、倉木と神崎は二人で何事か話している。サキは腕時計をチラチラ見ながら、時折料理を口に運んでいた。
「……西田少将、ありがとうございました。続いて、教官長の石月大尉からの挨拶です」
 この司会の言葉で空気が一変した。
 みな、椅子に座り直し、寝ていた者も起きだしている。
 それをわかっているのか、隊長はマイクを握ったまま苦笑しながら、静かになるまでじっと待っているようだった。
 
 やがて、辺りが静寂に包まれる。

「……教官長の石月だ。みんなよろしく頼む。……この基地に配属されたという事は、どーゆー事かはみながわかっていると思うから、あえて言及はしない。 同様に、いまさら報国心と言ったところで聞き飽きているだろうからそれも省く。これで十分の短縮だ」
 この言葉に、先輩隊員達から失笑が起こる。
「……まずお前達に言いたい事は、今、供に座っている同期の奴らについてだ。階級に違いはあれど、勤務が明ければお前らは友人だ。
 毎年、特にパイロットと 幹部候補の奴ら、整備や気象の人間を使役するバカがいるが、見つけたらタダじゃおかないから覚悟しておけ。これはもちろん、基地の先輩隊員に対しても同様 だ。
 ……次、お前達に目標としてもらうレベルについて話す。誰か、我々がなぜ戦っているか、わかる者は いるか?」
 
 すぐ様、国の為、王の為という言葉が頭に浮かぶ。
 国の為、王の為に命を懸ける、これが大和最大の美徳であった。言わば、この質問は恒例なのだ。
 
 一人の新人が手を挙げる。
「では、そこの君」
「はいっ、自分は黒沢少尉であります!石月大尉。我々の戦うのは国家を守るため、国王陛下をお守りするためであります!」
 お決まりの台詞が飛び出した。
「うむ、では他の者は?」
 隊長の問い掛けに、一斉に手が上がる。好戦派で有名な、西田少将が満足気に微笑んでいるのが見えた。
「……石月隊長なら、別の事言うんじゃないかと思ったんだけど、期待外れだったな……」
 小声で、周りのテーブルからそんな言葉が聞かれる。
 同感だな……。
 翼も失望を抱いていた。
 となりの拓人と綾人もそうだろうと見ると、予想に反して二人は楽しそうに話を聞いている。
「……お前ら、こんな茶番が楽しい?」
「ツバサは楽しみじゃないの?」
 拓人が意外そうに言う。
「何が?」
「これからが盛り上がるのに……」
 綾人の目が怪しく光った。

「……さて、今年は随分真面目な奴が多いな。二年前とはえらい違いだ」
 またもや失笑が起こる。
「……中々素晴らしい決意を聞かせてもらった。君たちこそ祖国防衛の希望だ……まぁ、本来ならそう締める所なんだが、少し俺の話を聞いてほしい。
 ……先ほど、君たちは国家の為に……、または、死を恐れず勇ましく……という言葉を使用した。だが、この題目で実際に死なれたら、我々は非常に困るの だ」
 会場がざわつく中、隊長は真剣な顔つきで言う。
「考えてみろ、仮に、初出撃で勇ましく戦って、敵機を五機落としてエースと呼ばれ、国に忠義を果たし、それで勇ましく戦死したとしても、お前達に掛けた 金も時間も割にあわんのだ。そんなことを続けてみろ、後、半年で簡単に制空権を取られるようになる。
 いいか、これだけははっきり言っておく。お前達が戦うのは自分が生き残るためだ。今のお前らは、国を守る力なんか、いや、自分を守る力もない、ただの 役たたずだ」
 その言葉に対して、「違う」とは言えなかった。
「いいか、一番大事なことだ。もう一度言うぞ、よく聞け。……お前達が戦うのは、一に自分のため、二に仲間のため、三に自分の大切なものを守るためだ」
「石月大尉!」
 幹部席から叱責の声が聞こえた。
 隊長は構わず続ける。
「人によっては、大切なものの所に、『国』が入るかもしれないし、『親』、『家族』、『友人』、『信念』などが入る者もいるかもしれない。
 この中に恋人 がいるものはいるか? ……お前達は当然、『恋人』が入るのだろうな。映画では使い古された理由だが、何も悪いことはない。愛する者のために戦う、素晴らしい事だ」
「おい、石月!」
 幹部席から怒鳴り声がした。見ると、西田少将が立ち上がっている。
 隊長は一度目を向けたが、構わず話を続けた。
「いいか、半年生き残れ。そうすればお前達を自分と仲間を守れるようにはしてやる。自分の大切なものを守れるようになるかどうかは、お前達の努力次第だ。
 お前達は大和の空軍の一員、たとえ『北都の掃き溜め』でも選ばれた人間だ、才能はある。
 いいか、国の為に死ぬなよ。自分の大切なものを守り切って、そして生き残れ…………全員起立!」
 
 隊長の大声がホールにこだました。
 一糸乱れず、隊員が立ち上がる。

「敬礼!!」
 先輩隊員達が、こちらに向かって敬礼する。
「……北都基地にようこそ、心より歓迎する」
 隊長は真っすぐに背筋を伸ばして敬礼した。翼達も立ち上がり、敬礼する。
 隊長からマイクを奪おうとしていた西田少将が、タイミングを失って立ち尽くしているのが見えた。
「……川原少尉」
 隊長の呼び掛けで、拓人が前に出るとマイクを掴んだ。
「……自分は川原拓人少尉であります。ありがたいお言葉を頂き、ありがとうございました。先程の石月教官長のお言葉を心に刻み、訓練に励んでいく所存で す。
 北都基地に配属されたことを、心よりうれしく思います。先輩方、ご指導のほど、よろしくお願いいたします。……全員気を付け!」
 新入隊員皆が、ピンと背筋を伸ばした。
「敬礼!!」
 先輩隊員から拍手が響く。
 
 この光景を見ていた石月隊長が、幾分か表情を緩めて言った。

 「……これで歓迎会を終わるが、最後に複数連絡と、配属について伝えておく。まず、新たな仲間を紹介する。空軍総司令部からいらした倉田正巳少佐だ。基 地副司令として勤務して頂くこととなった」
 幹部席の中で、一際小さな少年が立ち上がり、頭を下げる。
「倉田さん、何か一言あるか?」
 ないない、というように、倉田少佐は顔の前で手を振った。
「わかった。……次は田中優大尉だ。青北で教官をやられていたが、102隊パイロットとして復帰する」
「翼くん、あれ……」
「うん、教官だ……」
「復帰するなら言ってくれればいいのに……」
 綾人が呆れたように言った。
 
「優も何か一言……ないか、わかった。では、次に配属だ。まず、整備隊の者、君たちは……」
 隊長から、新入隊員の配属が伝えられていく。

 美少年・倉木が106隊。
 目つきの悪そうな少年・神崎は105隊。
 綾人が104隊で、サキは103隊、そして拓人は102隊だ。
 まるで謀ったかのように、このテーブルのみんなは別々になる。
 
「そして最後、青葉は101隊、俺についてもらう。……配属については以上だ。詳しい話は、この後すぐに各教官に聞いて くれ。以上、解散」
 石月隊長の声を合図に、みなが移動を始める。
「じゃあ翼くん、また後でね」
「新人は部屋が固まってるみたいだし、後から報告会ってコトで」
  「りょーかい」
 綾人と拓人の言葉に、翼は軽く手を挙げて答えた。
 周囲の目線が、自分に集まっていることを感じる。
 
 通常、教官長は候補生を受け持たないものだ。教官長の下につくということは、よっぽど期待されているか、問題児かのどちらかである。
 翼には、自分は優等生ではないが、少なくとも問題児ではないと いう自覚はある。自分が問題児なら、拓人や綾人やサキの方がよっぽど問題児のはずだ。

「おーい、こっちだ。ツバサっ!」
 田島大尉が手を振っているのが見える。
 翼が駆け寄ると、田島大尉はニッと笑みを浮かべた。
「ルーキーが一人っきりで淋しいかもしんねぇけど、まぁ、仲良くやろうぜ」
「はいっ、よろしくお願 いします」
 翼は頭を下げる。
 「よっしゃ、明日からは忙しくなるし、今日はパーッといくか!」
「いいですね、歓迎会ですかー」
 田島大尉の言葉に、三村大尉が賛意を示す。
「……ようするに……飲みたいんだね……二人とも……」
「酒 はダメだぞ。明日から忙しくなる」
「えーっ、マジかよ……」
 田島大尉ががっくりとうなだれた。
「……そんな訳で少年、何が食いたい?」
「えっ……あの、何でも いいんですか?」
「構わん、好きにしろ」
「じゃあ……ステーキ………いえ、やっぱり寿司がいいです」
「なるほど、寿司か……」
 隊長は笑いを堪えているよう に見える。
「わかった、回転寿司でいいか?」
「あっ、はい!」
「よし、行くぞ」
 隊長が先頭に立って歩き始める。
 
 こうして、翼の北都基地での生活が始まった。
  
 第七話 3 完

2005年12月30日 掲載