第七話
2 同期 「ツバサ、何ボーッとしてんの?」 声をかけられ、翼は正気に返った。 隣に座る川原拓人が、覗き込むようにこちらを見ている。 「翼くん、さっきから変だよ?何かあったの?」 反対隣に座っていた水沼綾人も心配そうにこちらを見つめてきた。 「いや、別に……」 翼の気のない返事に、二人は顔をしかめる。 「ツバサ、せっかく101隊に入れたんじゃないか!」 「そうだよ、もっと嬉しそうにしたら?」 その101隊が原因だと言おうかと思ったが、やめた。 「……兄貴のことを思い出してたんだよ」 その言葉を聞いて、二人はハッと息を呑んだ。そのまま、下を向いて押し黙る。 「「ごめん……」」 そこまで落ち込まれるとは思わなかった。まったく嘘という訳ではないが、本当の理由は別にある。 嫌な沈黙が辺りを包んでいる。 気を取り直すように、翼は辺りを見回した。 広い部屋は椅子とテーブルで一杯だった。好きな場所に座るように言われて、翼達三人は一つのテーブルを囲んでいた。 六人掛けのテーブルには翼の他に三人 の少年……いや、少女も座っている。 一人は高瀬サキ。翼と一緒で青北基地の同期だ。口数の少なく、ショートカットのよく似合う少女だが、怒らせるとかなり恐い。 後の二人は翼の知らない少年だった。 一人はきつそうな目をした少年で、もう一人は金髪のかなりの美少年だった。 二人とも無愛想で、挨拶をしても、目線を寄越すだけで返事もしない。他のテーブルにもパイロット候補から整備、事務、司令部などの新人が混ざって座って いる。 大体、階級を見れば所属は読める。少尉クラスがパイロット、幹部候補生。それ以下が裏方になる。このテーブルに座っているのは、皆、少尉だった。 時間が経つにつれて、先輩にあたる隊員が、ぞくぞくとホールに入ってくる。 先程ここまで連れてきてくれたレインさんも、カメラを構えて真剣な表情だ。辺りを見回していた翼の肩を急に誰かが叩いた。 「よぉ、ツバサ」 見ると、田島大尉が笑いながら立っている。 「た、田島大尉!お疲れさまですっ」 翼は慌てて立ち上がった。翼の言葉に辺りがざわつきはじめる。 「田島大尉、どうなさったんですか?」 「いや、姿が見えたから、なんとなく見にきたんだけど……」 田島大尉は辺りを見回す。 「……お前が特別小さいわけじゃないんだな、みんな小さい」 周りの視線が自分に集中しているのを、翼は感じていた。 「……あ、いたいた。ユータさん。どこ行ってたんです?隊長が呼んでますよ」 今度は三村大尉だ。 小走りで田島大尉の方へ向かってくる。 「おう、ミム。よかったな、仲間がさらに増えてるぜ」 「別に嬉しくありません」 冷めた表情で、三村は言葉を返す。 ちらっと視線をずらすと、翼を視線に捕らえた。とたんに表情が穏やかになる。 「青葉君、どうです?緊張してますか?」 「いえ、大丈夫です!」 「そうですか、ならいいんですけど。緊張してトイレに駆け込まないようにしてくださいよ、誰かさんみたいに……」 「なっ……」 田島大尉の顔色が変わる。 「ミム、それ、どこで……」 三村大尉の後ろで、大橋大尉が笑っているのが見えた。 「レン、お前何言ってんだっ!」 「……遼一君を……いじめるからだよ……」 「てめっ……」 いきなり101隊の隊員が現れて、新入隊員の中を緊張が走る。 拓人は話し掛けていいものかうずうすしているし、綾人はじっと耳をそばだてている。サキはそれ面白そうに眺めているし、後の二人の視線はなぜか翼に向け られ、痛いくらいだ。 「……こいつら、なにやってんだ?」 不意に耳元で声が聞こえて、翼は飛び上がった。慌てて振り向くと、すぐ傍に石月隊長が立っている。 「た、隊長!」 「俺は雄太を呼んでこいと言ったんだが、ミイラ取りがミイラか……」 隊長は深くため息を吐く。 田島、三村両大尉は周りを気にせず言い合っている。 「……お前ら、さっさと戻ってこい。始まんないだろうが」 隊長の言葉に、三人がクルリと振り向く。 「イッシー、少し待て。このちびすけと決着つけてやる!」 「あーっ、そーゆーコト言います?こっちだってお調子者のバカには負けませんよ!」 「……二人とも……怪我しないよ うにね……」 まったく話を聞いていない。 隊長のこめかみがピクっと動く。 「だ、誰がバカだこの野郎!泣き虫のくせに生意気なんだよ!」 「な、何年前の話し てるんですか!そーゆーしつこい性格してるからフラれるんですよ」 「……あ、二人とも……そろそろ止めたほうが……」 「フラれ……、う、うるさい!お前、 バレンタインのチョコの数、俺より少なかっただろ!?」 「な……、ぼ、僕は量より質なんです!誰でもいいユータさんと一緒に……はっ」 何かに気付いたように、 三村大尉がさっと言葉を切った。 冷たい殺気が、すうっと辺りに立ちこめている。 誰も、石月隊長の方を恐くて見れなかった。 「貴様ら……」 地の底から出て来 るような低い声が聞こえた。 二人の肩がビクっと揺れる。 「……俺の言うことが聞けないということは、当然、減給覚悟なん……」 「さぁ、ミム。戻ろうか?」 「そうですね、ユータさん。さっさと戻りましょう」 決して隊長の方を見な いようにしながら、二人が足早に立ち去る。 「……お疲れさま……裕一くん……」 大橋大尉が、笑いながら隊長に近づいた。 「レン、見てたなら止めてくれ……」 「……ごめん……火ぃ点けたの俺……」 「はぁーっ……」 隊長は深いため息を吐いた。 「……それで、隊長はどうなさったんです?田島大尉を探しにき たんですか?」 「それもある」 翼の言葉に隊長は軽く頷く。 「だが、メインは別の用件だ。少年、神崎少尉を知らないか?」 「神崎少尉?」 確か全体でトップの 奴だ。 「ああ、お前と同じく新人なんだが……」 突如、椅子を引く音がした。 見ると、ずっと黙っていた二人の少年のうち、キツイ目をした方が立ち上がっている。 「…君が神崎少尉か?」 「ああ」 周りの人間が息を飲んだ。 いくら何でも『ああ』はないだろ! そう叫びたい気持ちに捉われる。だが、その心配は要らなかった。 二人のうち、美少年の方がさっと立ち上がる。 そして、手に持っていた資料で、いきおいよく神崎の頭を殴り付けた。 美少年は資料を平らに直すと、すっと椅子に座る。 「……はい」 神崎が罰の悪そうに答えた。 隊長の方を見ると、明らかに笑いを堪えている。 「……あー、なんだったっけ……そうだ、挨拶の話は聞いているか?」 「……いえ……」 神崎の肩がピクリと揺れる。 「毎年、トップの奴が新入隊員代表の挨拶をすることになっているのだが、やってくれるか?」 「……」 ここにきて、初めて神崎の表情に変化が現れた。嫌がっているというよりも、むしろ困惑しているようだ。 返事がない神崎を見て、隊長は軽くため息を吐いた。 それでまた、神崎の肩がピクっと軽く揺れる。 「… …神崎少尉……」 「……はい」 神崎がゆっくりと目線を上げる。 「……嫌なら無理せんでもいいんだぞ、誰でも好かん事はある」 「え?」 翼は思わず呟いた。 「何だ?少年」 「……いえ、こーゆーのって断ってもいいもんなのかと……」 「問題なかろう、死ぬわけじゃない」 「はぁ……」 隊長は再び神崎に目を向ける。 「……でだ。神崎少尉、イヤか?」 「……はい」 「……わかった。川原少尉はいるか?」 「は、はいっ!」 隊長の言葉に拓人がさっと立ち上がった。 「挨拶なんだが、君に頼んでいいか?」 「は、はいっ、任せてくださいっ!」 「いい 返事だ。ではよろしく頼む」 隊長は軽く微笑むと、今度は美少年に目を向ける。 「……大きくなったな、倉木くん」 「……俺のことを、ご存じなんですか?」 美 少年・倉木は意外そうな目で隊長を見た。 「毎年、写真付きの年賀状を拝見しているし、お父上は会うと君の話ばかりだ。いい意味での親馬鹿だな」 微妙に倉木 の顔が赤くなった。 「……親は関係ないですから……」 呟くように倉木は言った。 「……そうか、それならばいい」 隊長は満足気に頷くと、このテーブルにだけ聞こえ るように言った。 「……初めに言っておく。お前ら、頼むから仲良くしろよ」 隊長はそれだけ言うと、すっと席を離れていった。 第七話 2 完 2005年12月30日 掲載 |