第七話
二人 1 「ほれ」 「えっ?」 目の前に缶ジュースを突き付けられて、三村遼一は正気に返った。 「飲まんのか?」 「……いえ、いただ きます」 椅子に腰掛けて辺りを見回す。 夕日が射し込んでくる休憩室。目の前には上官である石月隊長が座っていた。手には分厚い資料が握られている。先程、 倉田少佐から渡されたものだ。 「奢ってもらっちゃいましたね……」 「……まぁ、たまにはな」 それ程、自分はボーッとしていたのだろうか。 「……でだ、正気に返ったのならこれに目を通してくれ」 石月隊長が資料を差し出してくる。見ると、所々に線が引いてあった。 「新入隊員のリストだ。合計で十六名。全員覚えろ、とは言わん。今、無理に覚えんでも、おいおいわかってくることだからな…………ただこれから見せる六 人、こい つ らの名前は頭の隅に置いておいてくれ」 「……わかりました」 三村はページを捲った。 「……まずは『川原拓人少尉』、青北基地のトップですか……」 簡単な略歴を書いたページを捲ると、詳しい訓練成績が出てくる。 「……中々優秀ですね、この子。データ上はもう使えるレベルですし……でも何でこの子がうちに?」 「次のページ見てみろ」 言われるままにページを捲る。 性格、人格、学力、共に優秀だ。さらに下の方に目をやると『思想』の所に赤線が引いてあった。 「……反体制主義者?なんですか、これ?」 「文字通りだ。授業中に、少年兵の徴収とこの戦争に関して、政府と軍部を真っ正面から非難したらしい」 「へぇーっ、想像すると笑えますね」 「ああ、しかもこい つだけじゃない。バカモノがもう一人いる」 さらにページを捲る。 「……『水沼綾人少尉』、北都基地のセカンド。それで…こっちの子は王制批判ですか……」 「飛ばされる理由には十分だろう。王宮がある東都には到底配属できんからな」 危険分子は出来るだけ遠くに、この国では昔からの常套手段である。 「……なるほど。まぁ、この二人はいいとして……その次が『高瀬サキ少尉・13歳』青北基地のフォース。新入隊員16人中、唯一の女性隊員……」 再びページを捲る。 「……だが、協調性に著しく問題あり。同期の男性隊員との喧嘩において、相手の……」 三村は思わず読むのを一瞬ためらった。 「どうした?」 「…相手の急所を思いっきり蹴りあげ、相手は入院……。しかもその相手は西田少将の息子さんですね……」 西田少将は北部方面隊の総司令官である。よくこの基地に出入りしているが、好戦派で出世欲が高く、あまり好感を持てる人物ではなかった。 「まぁ、個人的にはよくやったと言ってやりたいが、男としては勘弁してほしいな……」 「ええ、さすがにこれはちょっと……僕らも気を付けないといけないですね……」 「ああ、十分にな」 「……次に行きましょう」 また、ページを捲る。 「……ようやく来ましたか、『青葉翼少尉』青北基地のサード。友人関係に問題あり……家族構成は三人兄弟の次男。長男・光一は……元北都空軍基 地・102戦術戦闘飛行隊長、中尉。三男・悠斗は、海 軍第八艦隊、潜水空母『はるかぜ』勤務、戦闘員、少尉。……間違いなく、光一の弟ですね……」 「……ああ、三男の方も海軍に志願しちまったらしい。唯一の 救いは、その艦の飛行長は設楽だってことだな。艦長も長谷川だし、副長には南、補佐には松永だ。うちの弟もいることだし、まぁ、少なくとも死にはしないだ ろ」 設楽優紀大尉は石月隊長の同期であり、北都基地所属のパイロットであるが、現在は海軍に呼ばれている。『はるかぜ』運航の初期メンバーとして来てほしい と 依頼を受けたのだった。 「『はるかぜ』って言えば、海軍の虎の子の一隻ですよね。凄いじゃないですか。潜水艦乗りってだけでも凄いのに、『はるかぜ』勤務ってことはよっぽどで すよ。光一の弟 も、隊長の弟も、やっぱり血は争えませんね……。そういえば、裕二君は何担当でしたっけ?」 「ミサイルの発射管制だ。他のメンバーも豪華だしな。そこまでの心配 はいらんと思うが……」 艦長の長谷川大佐も、副長の南中佐も、そして副長補佐の松永少佐も石月隊長の同期で、お互いをよく知っている同士である。さらに、松永 少佐は北都基地にいた事があるため、三村も彼の事はよく知っていた。 みな優秀な軍人である。 「ええ、それにしてもユウキさん、驚いたでしょうね」 「ああ、 撤退が完了したら、真っ先に連絡を寄越すだろうな……」 石月隊長は軽く微笑んだ。明らかに楽しんでいる目だ。 三村は次のページを捲る。 「ここからだ」 隊長は言葉を挟んだ。 「こいつら二人は、俺達でも迂闊に手は出せない」 隊長が新人に対してここまで言うのは珍しかった。 「この子ですか?……『倉田陸少尉』東都訓練基地のセカンド、この子って……」 「察しの通り、倉木空軍総司令官のご子息だ」 倉木大将と言えば空軍の最高権力者である。三村は慌ててページを捲った。 目を走らせるが、問題となる記述は見当たらない。 「普通の優秀な子に見えますけど……」 「ああ、その通りだ。俺も不審に思ったんだが、すぐ解決した」 隊長は一つの封筒を差し出 した。 「……拝見します」 表には筆で隊長の名前が書かれている。裏には倉木大将の名前が記されていた。 「筆字ですか、達筆ですね……」 中から手紙を取り出す。 「……拝啓、寒さも和らぐ季節に………前書きは飛ばしますね」 「ああ」 「……さて、今回あなたに手紙を送らせていただいたのは、一つお願いしたい事があるからです。実は今回、私の一人息子の陸が、パイロット候補生として配 属されることとなりました。そこで、戦場に出るに相応しい実力身につけているのか、あなたに最終的な判断をして戴きたいのです。出来ればあなたから、息子 にご口授して戴ければ幸いです。人事部の倉田少佐に頼んで、陸を北都基地の配属にして戴きました。教官長としてお忙しいでしょうが、何分、息子のことをよ ろしくお願いいたします。……追伸・もしお時間があるようでしたら、またゆっくり食事でもしましょう。それでは失礼いたします……」 三村はゆっくりと手紙を畳む。 「……これって、要するに親バカって事ですか……。それに、最後の食事って、連絡してこいって事ですよね」 「ああ、だからさっき電話してきた。手紙で書けない事があるみたいだから、一応秘密回線でな」 「収穫は?」 「あったな、次のページを見てみろ」 言われるままにページを捲る。 「……『神崎夏樹少尉』、この子が、東都訓練基地のトップですか……」 訓練データを見ると、物凄い数字が書かれていた。 「凄いですね、この子は……。ほとんどがトップクラス、総合成績も一位……何でこんな子がうちに?」 隊長は黙っている。嫌な予感がしたが、とりあえずページを捲った。 予感は的中した。 「うわっ……」 そう呟かずにはいられなかった。 「……喧嘩、傷害、命令違反多数……」 「多数ってもんじゃない。ほぼ毎日だ」 「しかも教官に対する傷害までありますよ。軍上層部に対する強い憎しみが見られる、か……」 三村は深くため息を吐いた。これだけ問題を起こせば、それだけ多く『修正』されたのだろう。そしてそれは、更なる問題行動を引き起こす。 北都ではすでに取りやめられた方式だが、各国軍隊でも、大和軍においても、軍の規律を守るためには容赦ないしごきが与えられる。 僅かな事まで『修正』し、徹底的に上官に服従する精神を植え付け、何より規律を遵守させる。 命のやり取りを行う軍隊だからこそ必要なプロセスであるのだが、当然ながらついていけないものも当然出てきてしまう。そのため、北都ではいつの間にか、 『脱落者が最後に辿り着く最果ての掃き溜め』という何とも有り難くない名前を頂戴しているのだ。 最も、これらは石月隊長達の率先した改革の結果であり、北部方面隊の中では未だに受け入れていない者も多い。パイロットについても、航空学校や士官学校 では考えられないほど自由と個性が与えられる。 勿論、それに付随した責任は自ら負っているのだが。 三村はそのまま他の子供達のデータもパラパラと一読する。 「あとの子達はいつも通り下位層ばかりですし、やっぱりうちに押しつたんですかね?」 「倉田少佐に危険思想者を北都に集めさせ、監視させる。上層部はそう考えたんだろうな」 「実際は違うと?」 「上層部の中でも、倉木大将は少なくとも違う。先ほど電話で確認した」 石月隊長は椅子に座り直した。 「話を戻すぞ、神崎少尉の出身はどこだ?」 「倉木少尉と同じく、東都訓練基地ですが……」 「俺が倉木大将に確認したのはそのことに関係する。この二人、実は親友同士らしい」 「えっ、そうなんですか?」 「ああ、倉木大将はこのことをかなり気にしていてな」 「ええ、そうでしょうね」 自分の息子が素行が悪 い者と親しいのを、快く思う親はまずいまい。 「しかもさらに面白い事がわかった」 面白い事と言いながらも、目が笑っていない。 「……この二人、国立東都軍 学校にいたらしい」 「な……」 『国立東都軍学校』 多くの優秀な人材を輩出し、エリート養成ではこの国一の学校だった。だが、二年前に『原因不明』の火災を起こし、現在は廃校になっ ている。 その中でも、身寄りのない子供を集め、特殊工作員 として育てる特別科の存在が明るみに出て、大変な問題になったのだ。 「神崎は特別科、倉木は普通科だったらしいが、この時からの仲だそうだ」 「なるほど、神崎少尉は特別科の最後の世代、裕一さんの後輩に当たるわけですね」 「こいつの一連の行動も、これで説明がつく。こいつは昔の俺達と一緒だ。ちょっと大っぴら過ぎるがな。そして、倉木大将は同じ立場である俺達にこの子を預 けて、さらにこの子を通じて息子さんにいい方向での変化を期待しているそうだ」 隊長は苦笑しながら、そして、少し悲しそうに笑った。 「……どうやら、忙しくなりそうですね。光一達の時も大変でしたが、今度はさらに大変になりそうですよ」 「出来れば、あの時と同じくらい楽しいといいんだがな……」 「大丈夫ですよ!」 三村は明るく笑った。 「僕も出来る限りお手伝いします。隊長、一緒に頑張りましょう!」 「……ああ、そうだな。頼りにしてる。遼一」 「はいっ、まかせてください!」 第七話 1 完 2005年12月30日 掲載 |