第六話
役割

 僕に連れられて歩くこの小さな新入隊員は、驚くほど『彼』そっくりだった。
 あんなにも驚いたのは久々だったかもしれない。

「あの、レイン……さん」
 青葉少尉は消え入りそうな声で話し掛けてきた。
「さっきの話、本当ですか?」
  嘘ではない。彼らの話した101隊についての言葉には嘘はなかった。
 ただ、言葉が良くなかった、それだけだ。
 
 彼らのすべてを言葉で表すのは不可能だ。
 彼らを理解するには、彼らの過去、彼らの中にある深い闇に触れなくてはならない。

「嘘ではないよ、でも事実でもない」
「……どういうことです?」
 青葉少尉の目は明らかな不信の光が宿っていた。
「言葉どおりだよ、彼らは事実を話した。それは君を、大いに失望させたと思う。お兄さんに聞いていたイメージとは違っていてね」
 青葉少尉がさっと顔を上げる。僕は構わず続けることにした。
「彼らは、飛ばない、じゃなくて、飛べないのさ」
 我ながら、大和語の言い回しがうまくなったと思う。
「単純な物理の問題だよ、一人の人間が、同時に違う場所にいることは出来ない。彼らにはそれぞれに他の重要な任務がある。彼らにしかできない、ね」
 僕は一旦言葉を切った。二人の間を沈黙が支配する。

 確かにこれが理由だ。ただし、表向きの。
 本当の理由、それを口にするのは禁忌だった。
 だが、僕の中のもう一人の自分が叫んでいる。
 託すなら、この少年しかいないと。
 
 一度、彼らを救った『彼』・青葉光一。
 『彼』の弟だからといって、この少年にすべてを背負わすのは間違いだとは思う。
 だが、他に託せる人物がいないことも確かだ。

「……青葉少尉、もし、君がこの町にいる一人を殺すように命令されたら、どうする?」
 我ながら、芸がない例え話だと思う。だが、僕の大和語の能力ではこれが限界だった。
「……難しいですが、捜し出して、殺すしかないんじゃないですか?」
「まぁ、そうだろうね。暗殺とはそうゆうものだ」
 青葉少尉はじっとこちらを見つめてくる。
「まさか一人の人間を殺すために、その町ごと破壊してしまおうとは思わないだろ?仮に、手元に町を吹き飛ばせる兵器があったとしても」
 わかりづらい例えだったかもしれない。
 
 単純なことだ。
 強すぎる手駒は、手に余るだけで必要ない。
 むしろ、力を使わせずに飼い殺してしまったほうがいい。その力は何かの拍子で、自分達に牙 を向くことにもなりかねない。
 力を出せない状況で酷使し、すり減らし、潰してしまう。仮に彼らが撃墜されても、上は喜ぶだけだろう。
 僕がそれを防がなくてはならない、僕が持つ、ペンの力によって……。
 その為に、僕はここにいる……。
 
 僕はそんな風に考えていた。

 結果的に、僕の考えは間違っていなかった。
 ただ役割が違っていた。
 僕に与えられていた役割は、最初、僕が考えていたよりも遥かに重大で、そして、つらいものだった。
 この時から僕は、あの忌まわしい戦争で実際には何が起きていたかを、この目で見ることになった。
 
 僕がこの基地に来て、彼らと出会った事の本当の意味は、見届けることだった。
 あの戦争で実際に何が起きていたか、死んでいった者達はどうゆう人間だったか。
 戦いの中で消えていくような小さな『真実』。
 それを拾い集め、記録する。

 そして、戦いの果てで何が残ったのか、それを見届ける。
 それこそが僕の与えられた、『役割』だった。

 もっともこの時、僕は少しもそれに気づいてはいなかったのだが……。
  
 第六話 完

2005年11月23日 掲載