第一話
ブラックキャット



《不明編隊が急上昇!こちらに向かってきます》
《どうする!?このまま突っ切るか?》
 
 低空から急上昇だ、そんなにすぐには上がれない。機体性能的には可能でも、乗ってる人間の体が保たないのだ。
 田島の言うとおりこのまま突っ切ってしまえば、確かに敵の射程からは外れる。
 だが、敵が引き起こしを続けたならば、敵にとって絶好の形、すなわちケツを取られることになる。

「いや、降下して正面ですれ違う、機銃を用意しろ!」
《……撃つの……?》
「威嚇だけだ、当てるなよ」
《……了解……》
《マジかよ……》
《やるしかないでしょう!》

 当てろというのも難しいが、絶対当てるなという方がよりいっそう難しい。
 機体を下に向ける。機内を警報音がこだました。敵の編隊はすぐそばまで近づいている。
 前方に意識を集中する、するとチカチカと何かが光ったのが見えた。
「撃て!」
 一斉に射撃を開始する。

 振動が腕に伝わる。
 途切れなく響く音、フラッシュのような火花、その光景は火の粉が前方に散っていくようだ。
 チカチカと輝く光が近づいてきて、すぐ横を通り過ぎた。
 真っ黒に見える機体が、威圧感を放っているように見える。
 耳を劈くような風を切る音が、すぐ近くから聞こえた。

「旋回するぞ、ケツ取られんなよ!」
 機首を上に向けると同時に、右に旋回して高度を上げる。
「あっぶねぇ、全員無事か?」
《こちら田島、一発擦った。いまんところ異常はない》
《……こちら大橋……全部よけたよ……被害なし……》
《こちら三村、僕も被害なしです。いま、先に撃たれましたよね?》
「ああ、完全に向こうの先制攻撃だ。……北都基地、こちらブラックキャット、不明編隊から攻撃を受けた!繰り返す、不明編隊から攻撃を受けた!」
 無線に向かって叫びながら、首を回して相手を探る。右手上方に、点滅する様に光る赤い炎と黒い塊が見えた。
《ブラックキャット!損害は?》
 小村の叫び声が聞こえる。
「田島が一発食らった。正当防衛だ!攻撃を開始するぞ!」
《待て!》
 司令の怒鳴り声が聞こえる。
《オックス機と確認できたのか!?》
《拓実!そんなコト言ってるバアイじゃないだろ!攻撃されたんだぞ!》
 小村が怒鳴り声が聞こえた。
「確認は出来なかった!この暗さじゃ無理だ。敵編隊はおそらくF−16が四機。オックスの空軍って考えればしっくりくるだろ?」
《ファルコンならバルカにも配備されている!許可はできん!》
《敵機、散開しました!》
 司令の声にかぶさるように、三村の声が聞こえてきた。

「よし、こちらも散開。一人一機がノルマだ。102が来る前にカタをつけちまうぞ!」
《石月!交戦許可はまだ出していない!!》
「うるせぇ! こっちは仲間やられるわけにはいかねぇんだ。いくぞ。……ストーンヘンジ、交戦」
《お前達、命令だ!直ちに戦闘を停止しろ!交戦許可はまだ出していない!権限はこちらだ!石月ではなく、私の命令に従え!》
 司令の絶叫が機内をこだました。
《なんか叫んでますけどー、どーします?》
《決まってんだろ、うちの隊長は一人だ》
《……そゆこと……ブリッジ……交戦……》
《ライスフィールド、交戦!》
《ヴィレッジ、交戦!》
 各機が散開していく。
《おい!貴様ら、ただじゃ……ぐはっ……》
《じゃまなんだよ!どけ!!》
 小村の怒鳴り声が聞こえ、司令の声が聞こえなくなった。
《顔面ですかね……?》
「いくらなんでも顔は殴んねぇだろ、後頭部」
《じゃあ俺は側頭部!》
《……脇腹……》
「よし、いつも通り昼飯代な」

 石月は目を忙しなく動かすと、前方にいる敵に照準を合わせる。
 速度を上げながら敵機を捉えると、コンピュータがロックオンを開始した。それに気付いたのか、敵機は急降下しながら、大きな弧を描いて旋回していく。
 石月は少し速度を緩めながら、敵より小さな弧を描いてそれを追う。
 旋回しきったところで速度を上げ、敵の後ろに張りついた。
 敵も黙ってはいない。直ぐ様上昇に転じると、そこから石月を突き放すように暗い海目がけて急降下していく。
 石月も離れず、ぴったりとついていく。

 追う方だからといって無理に撃ち落とそうとすれば、逆に後ろを取られることにもなりかねない。百戦錬磨のパイロットとなれば、後ろを取る方法など何十通 りとあるのだ。

 海面ギリギリを敵は這うように飛んでいく。
 石月は機銃に切り替えると、射撃を開始した。
 水面に水柱が上がる。
 敵は焦ったのだろう、機首を引き上げると、急上昇に転じた。

 願ってもない機会は巡ってきた。
 確実と言ってもよい程の割合で、敵は意識を飛ばすだろう。仮に意識を保ったにしても、判断が遅くなるのは間違いがない。
 
 石月はあえて敵の飛行ルートをなぞる。
 上昇するや否や、強烈な圧迫感が体を襲った。息が詰まり、空気がうまく吸えなくなる。
 顔を覆うようにしているマスクを外してしまいたいが、それだけは出来ない。
 石月は左手でマスクを押さえると、再びロックオンを開始する。

 ピーという電子音。
 赤く光るモニター。
 SHOOTという表示。

 血が煮えたぎるような感覚が体を包んでいく。
 前方をグッと睨み付けると、石月はミサイルを発射した。

 白い軌跡がゆっくりと敵に近づいていく。やがて前方で大きな光が上がった。

 石月は上昇を止め、水平飛行に移る。
 上を見ると、火の玉となった機体の傍を、パラシュートが漂っているのが見えた。
 敵の脱出を確認し、石月はホッと息をつく。
「こちらストーンヘンジ、敵機を一機撃墜。脱出を確認した」
《了解、被害は!?》
「ない」
 無線の向こうで小村が息を吐くのが聞こえた。
《りょーかい、102がそちらの空域に入った。到着次第引き渡していいよ》
「了解、お前ら、もうすぐタイムリミットだぞ」
《わかってるっ!》
 田島が声を上げた。
 続いて、右手の方から光が上がるのが見える。
 
《こちらライスフィールド、敵機を一機撃墜。脱出は………あっ、今確認した》
《ブラックキャット、敵編隊の二機を撃墜!》
 小村が戦果を読み上げる声が聞こえる。

《ヤバいですよ、レンさん。このままだと、僕らだけおみやげなしになります》
《……そうだね……それは避けないと……》
 下の方で再び閃光が起こる、と同時に、遥か上方でも光が飛び散った。
《……ブリッジ……敵機を一機撃墜……脱出を確認……》
《こちらヴィレッジ、敵機を一機撃墜。脱出を確認しました》
 これで敵編隊を全機落とした事になる。
 石月はようやく緊張を解き、ふーっ、と息を吐き出した。

「……りょーかい。みんな、ご苦労だった。帰投するぞ」
《了解!》
 三人の声が重なった。だが、そうは問屋が卸さなかった。
《……石月さん。盛り上がってるとこ悪い、そちらに一小隊向かってきてる》
《はぁ?》
 田島が叫び声を上げた。
《これって、やっぱ狙われてますかね?》
《……たぶん……》
「確実、だな……」
 どこから嗅ぎつけてくるのかは知らないが、たまに出撃すれば必ずこうなる。
 恐らくスパイでも紛れ込んでいるのだろうが、いい加減、そこらのパイロットじゃかなわないと学んでほしいものだ。

《……石月隊長!》
 ここで無線から新たな声が聞こえてきた。
《荒川です、遅くなりました!》
「荒川隊長か、すまん、増援感謝する。聞いての通り、さらなる敵編隊が向かってきている」
《わかってます、こちらで引き受けるので、101はサポートをお願いします!》
「了解だ」

 荒川は若い、といっても三村と同い年だ。実戦経験は少ないが、実力はある。

《いくよ、康ちゃん!みんな!レッドドラゴンワン・リバー、交戦!》
 副長の須崎に声を掛け、速度を上げながら荒川の機体が通り過ぎていく。
《了解。でも健ちゃん、頼むから突っ込まないでよ!後始末がめんどくさいんだから!》
 須崎の二番機が続いた。
 さらにその後ろを、三、四番機と続いていく。
《二人とも、気ぃつけてよ!》
《《大丈夫!》》
 三村の声に、荒川と須崎の二人は声を上げた。

《……どっからあの自信はくるんだ》
《……まぁ……あれが二人のいいところ……だね……》
「確かにな……」
《三人とも、ぼさーっとしてないで、追っかけますよ!》
「はいはい」
 基地に帰れるのは当分先だな、石月は軽くため息を吐いた。  
    
   第一話 2 完

2005年12月30日 掲載