第二話


ミジアスへ


 村が完全に見えなくなるまで、沈黙は続いた。
 
 空は青く澄み渡り、肌に感じる風は草の香りを運んでくる。所々に見える小さな小屋以外は人家も見当たらず、ただ広い草原が広がっている。
「……ミジアスまではずっとこんな景色が続く。ミジアスはカイゼルでも有数の馬産地でな、そこまで行けば馬車が通っている。しばらくは歩きになるが、我慢 してくれ」
「あっ、はい」
 辺りを見回していたライトに向かって、ブレイズが言葉を発した。
「……でもよ、師匠。バキンズさんの所で馬車借りるか、船使ってもよかったんじゃないのか?」
 カイルがライトとルナをちらりと見つめながらブレイズに問い掛ける。
 ルナは女の子であるし、ライトは旅慣れていない。二人の事を気遣った発言なのだろう。
「それも考えたのだが……バキンズ殿も忙しい御方で馬車は必需品だ。護衛騎士団のやつは壊れてしまったしな。船は、あー……金銭的に余裕がない。まぁ、幸 いな事にルナは歩き慣れている上に、 ライト君は男だ。ミジアスまでなら問題なかろう」
 それでもまだ不安そうな顔をするカイルに向かって、今度はルナが笑いながら言う。
「大丈夫だよ、カイル。ミジアスまでなら三日掛からないから……野宿も慣れてるし平気だよ」
「ぼくも毎日走り込みしてたから……キャンプも好きだし」
 ルナの後に続いて、ライトも言葉を発する。
 カイルはまた渋い顔をしていたが、「ならいいけど……無理すんなよ」そう一言呟き口をつぐんだ。

 自然とブレイズがやや前を、カイルがやや後ろを歩くという隊列が出来ていることに、ライトはここで初めて気付いた。
 恐らく、旅はもう始まっているのだ。ルナの旅はもう……。
 そこまで考えて、ライトはふとある事に気付いた。

「……それで、次の目的地がミジアスって街なのはわかったんですけど……この旅の行き先っていうか、目的ってなんなんですか?」
 一瞬、空気が凍った。
 ブレイズは歩みを止めると、素早くライトの方へ視線を向ける。
「……誰も説明してないのか?」
「は、はい……」
 ブレイズは軽く頭を抱えた。カイルとルナに目を向けると、二人は素早く視線を逸らす。
 ブレイズは軽くため息を吐くと、再び前を向いて歩き出した。
「わかった、説明しよう。……最初からな」
「よっ、ブレイズ『先生』!」
「『先生』、格好いいですよ〜」
「やかましい!殊更先生を強調するな!」
 ブレイズは二人を一喝すると、慣れた口調で話し出した。

「長々と話しても覚えきれんだろうから要点だけ話すぞ。……ゴホンッ、まぁ、聖者、聖女というのは、一言で言えば『神々と心を通わす者』だ」
「……巫女さん、ってことですか?」
「ふむ、それに非常に近い。プラスして先天的な特殊能力を持つ者を聖者、聖女と呼ぶ。その能力は様々で、ルナのような治癒能力を持つ者や身体能力が異常 なほど高い者、他にも物体を消滅させる力を持つ者など、いずれにせよその力は測り知れんものばかりだ。そして、各地の神々と心を通わせ自身の持つ力を強 めること、それがこの旅の目的だ」
「……でもよ、師匠。オレも気になってたんだけど、何でそれが聖者や聖女が国を救うことに繋がるんだ? いくら力が強くたって、所詮一人の人間だろ?」
 カイルがやや語調を強めて言う。
 正直、聖者、聖女が国を救うと言われてもライトもピンと来なかった。
「お前はそこまで信仰心深くないからそう感じるのだろうが……神を信じ敬う者にとって聖者や聖女は神の代弁者だ。それでなくても、圧倒的な力を持つ強き心 の持ち主の下には、それ相応の人間が集まってくる。国を動かすには十分なほどに、な」
「ふーん、そんなもんかねぇ……」
「そんなものだ」
 まだ不満そうに口を尖らせるカイルに対して、ブレイズはその頭をくしゃくしゃと撫でた。
 いくら旅に同行させたといっても、ブレイズにとってカイルはまだまだ子供なのだろう。カイルはそれを不満に感じたが、幼い頃から面倒をみてもらっている ためか如何せん立場が弱い。
 結局、「ちぇっ」と呟いたまま口をつぐんでしまった。

「……最初に向かうのは、カイゼルの守護神の一人である『風界王・オリエンス』。四精霊の一つ、風の精霊シルフ族の長だ。ミジアスから歩いて二、三日の所 に『サイアウインド』という街があってな。そこに隣接する『風の谷』にシルフ達は暮らしている。……もしかするとクロノスの事も聞けるかもしれんぞ」
「本当ですか!?」
「ああ。神の事は神に聞くのが一番だ。界王ならば、クロノスの居所くらいは知っているさ」
 ライトを安心させるように、ブレイズは軽く微笑んだ。
 吊られて笑顔になるライトを尻目に、カイルがポツリと言葉を発する。

「問題は、何事もなく辿り着くことが出来るかどうか、だな」

 この言葉で、ブレイズの表情に影が奔った。
 ルナも一瞬表情が強ばり、きゅっと拳を握り締める。
 一体どうしたのだろう。
 ライトは皆の顔を見回した。
 険しい表情のまま頭を掻いたブレイズは、言い訳するように言葉を発する。
「……まぁ、なんだ。……現在、カイゼル国内は少々ゴタゴタしていてな」
「ゴタゴタ?」
「うん。ここ数年、偉い人が急にいなくなったり死んじゃったりして、色々と揉めてるみたいなんだ……」
 ブレイズの言葉を引き継ぎ、ルナが下を向いたまま言った。
「前の王様が死んで、すぐに何人かの大臣や将軍様が行方不明になって……それからだよ、新しい陛下の弟が暴動で死んじゃったり、老師様が急に行方不 明になった り……」
「有名な騎士団長が一気に二人死んだりしたもんな……」
「うん……」
 カイルの言葉に、ルナは深く頷いて同意を示した。
 どうやら、この国は決して安全ではないらしい。
 今回の旅にブレイズとカイルが同行したのはこの為なのだろう。
 それはわかる。
 だが……そうなるともう一つ気になる事があった。

「……ルナ。君の趣味、一人旅って言ったよね?」
「うん、そうだけど……」
「もしかして……ルナってかなり強い?」
「えっ!?」
 そう。治安が危ない中一人旅をするということは、それだけ武術の心得があるという事になる。
 ライトの質問に一瞬ルナは戸惑ったようだが、やがて照れたように言葉を発した。
「……一応、ブレイズ門下だし」
 そうして、同意を求めるようにブレイズの方をチラリと見上げる。
 そんなルナを見て、ブレイズは深くため息を吐いた。
「……並の騎士では相手にならん位には育てたつもりだ。少なくとも自分自身の身くらいは守れるだろうな」
 渋々といった表情でブレイズが言葉を発した。
 要するに、この中で戦えない者、自分自身の身を守れないのはライトだけということになる。

 下手すると、ルナに守ってもらうのかも……。
 真っ青な空とは裏腹に、ライトの心は深く沈んでいった。



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 2006年11月11日更新