今、星の下で。

 
 
 人は多くの戦いを経験してきた。
 たが、人々の記憶に最も強く残っているのは、地球外生命体――エイリアンとの戦いだろう。
 この戦いにおいて、我々の得る事が出来る情報は非常に少なかった。

 『特別な力を持った若者達の活躍によって地球は救われた』
 小学校の教科書にでも載っているこの一文が、我々の持つ知識の全てであった。
 
 だが戦後、情報の一部が公開されるに到って、状況は一変する。
 
 徐々に表れてくる隊員達の素顔。
 世界各国から集められた若者達。

 その中で私が特に注目したのは、一人の少年であった。
 当時、相容れぬと思われていたエイリアンとパートナーを組み、地球を救った少年。
 名はリュート・ターナー、まだ15歳のカナダ人の少年だった。





 
 誰もいない廊下を、彼女は一人で歩いていた。
 昼間なら沢山のスタッフが 行き来するこの道も、夜も更けた今ではほとんど人通りもない。
 とはいっても、『ギャラクシア』は眠らない。
 夜間のため人数は少ないが、エイリアンの襲撃に警戒 するため常に交代制でスタッフが作業をしている。
 地球の平穏を守っているのは、彼らの地道な努力の賜物だった。

 「……クレス、こんなところで何してるの?」
 彼女――クレス・シーヴェルは、声がした方に向き直った。
 小柄な少年がクレスの事をじっと見つめている。
 
 ヘキ・クレバヤシ
 ここに来てからよく話す友人の一人で、頼りになる仲間でもある。

 「ヘキ君……誰も部屋にいないから、みんなどこに行ったのかと思って……」
 「…そう……」
 相変わらずの無表情で小柄な少年・ヘキは話を続ける。
 「……僕は喉が渇いたから降りてきたんだけど……君も来る?」
 そう言って、ヘキは給湯室を指差した。
 「あ、うん。わたしも喉、渇いてたし……」
 「そう、じゃあ……行こうか……」
 そう呟くと、ヘキは先に立って歩きだす。遅れないように、クレスは慌ててついて行った。



 「待って……」
 給湯室に入ろうとすると、ヘキがそれを抑えた。
 「……中に誰かいる」
 「えっ?」
 給湯室の中は真っ暗だ。こんな中に誰かいるわ けが……。
 そこまで考えて、クレスはハッとした。
 いる、一人だけいる。
 夜中に、それも誰にも見つからないように給湯室を利用する人が、クレスの知る限り一 人だけいるのだ。

 「へ、ヘキ君、どうせなら食堂に行かない?ねっ?」
 「……別にいいけど、でもなん……」
 「だ、誰!?」
 給湯室から声が聞こえた。
 「今の声は……」
 クレスは思わず頭を抱えた。
 声出しちゃダメだよ……。
 そう小声で呟くがもう遅い。ヘキが電灯のスイッチを押し、給湯室内が明るくなった。
 
 「あっ……」
 中にいたのはこれまたクレスのよく知る小柄な少年だ。
 少年――リュート・ターナーはクレスの姿を認めるとホッと安堵の息を洩らしたが、そのす ぐ横にいるヘキの姿を見つけると、とたんに表情が変わった。
 ……リュート君、表情変えすぎだよ……。
 クレスは心の中で突っ込むがもう遅かった。
 
 「……こんな真っ暗で……一体何やってたの?」
 ヘキがポツリと呟く。
 「えーっと……あっ、の、喉が渇いちゃって……」
 「……そう」
 含みのある言い方が気になり、ヘキの視線を追ったクレスは心臓が飛び上がった。
 リュートの足元でモゾモゾと動く影がある。
 リュート君、足元っ、足元!
 クレスの必死のジェスチャーに気付いたリュートは、慌ててその場にしゃがみ込んだ。

 「…………」
 「…………」
 「…………」
 ……リュート君、動作か不自然すぎるよ……。
 「……今…そこに何かいなかった?」
 「さぁ?わたしには見えなかったけど」
 
 とりあえず、ヘキをここから引き離さなくてはならない。
 ヘキの目に映っているのは、明らかな不審感だ。
 「それよりヘキ君、早く何か飲んで、部屋で少しお 話しない!?」
 「……僕は別に構わないけど」
 「よかった……」
 本当によかった……。
 
 クレスはヘキの手を掴むと、引き摺る様にして流し台に近づく。
 手近にあったコップを手に取ると水を注ぎ、素早くヘキに手渡した。
 だが、コップを受け取ったヘキはそれに手を付けず、ある一点をじっと見つめている。
 嫌な予感がする。
 クレスは恐る恐る視線の先を追った。
 ヘキの視線の先にあったのは……。

 な、生肉!?
 クレスは声が出そうになるのを必死で抑えた。
 二人の視線に気付いたのだろう、リュートが慌ててそれを隠す。
 「ちょ、ちょっと、お腹も空いちゃって……」
 「……生で食べたの?……止めた方がいい。消化にも悪いし、食中毒 になるかもしれない」
 「う、うん……」
 相変わらず、ヘキは淡々という。
 
 もしかしてまったく気付いてない?
 なんとか誤魔化せたの?
 だが、そんなクレスの期待は、辛くも打ち破られた。

 「……ところでクレス、これ…何だか知ってる?」
 ヘキの腕には、リュートの飼っている『犬』が抱き抱えられていた。
 「コ、コニー!」
 「……こにー?……これ、君のなの?」
 「う、うん。僕の……い、犬……」
 ヘキはコニーとリュートを交互に見つめている。
 
 「ヘキ君、なんで……それ……」
 「……僕の足元でミィミィ鳴いてたから……クレス、犬って『ミィミィ』鳴くの?」
 「な、鳴く犬もいるんじゃないかなぁ……」
 「そう……」
 ヘキはコニーをじっと見つめると、ギュッとそれを抱き締めた。

 ぐにゅっ
 
 コニーが微妙に変形する。
 「……クレス、犬って抱き締めると、『ぐにゅっ』てなるの?」
 「な、なる犬もいるんじゃないかなぁ……」
 「そう……」
 ヘキは相変わらず、無表情のままコニーをじっと見つめている。

 「……クレス、……これってエイリアンなんじゃ……」
 「行って!コニー!!」
 リュートの掛け声と共にコニーはヘキを蹴り跳ばした。そのまま給湯室を飛び出していく。
 「ごめんね、ヘキ君!」
 ヘキに向かって謝りながら、リュートもそれに続いた。
 一瞬よろけたヘキだったが、すぐに態勢を整える。
 「……クレス、追うよ」
 「えっ、ちょっと、ヘキ君!?」
 こうして、壮絶 な追い駆けっこが始まったのだった。



 給湯室を出たクレスの耳に、リュートの声が飛び込んできた。
 「コニー!コニー!!どこに行ったんだい?出ておいで!」
 「リュート君、どうしたの?」
 「クレス……コニーが……コニーがいなくなっちゃったんだ……」
 「いなくなったぁ?」
 「うん、この辺りで見失っちゃって……」
 
 リュートはオロオロと辺りを見回している。
 さっきはヘキだったからよかったものの、司令官であるエルグランド・フォードにでも見つかれば処分されてしまうかもしれない。
 
 あれ、ヘキといえば、さっきまですぐ後ろに……
 「……どうしたの?」
 いきなり後ろから声を掛けられて、クレスはその場に飛び上がった。
 「へ、ヘキ君!」
 「…そんなところでつっ立って……あのエイリアンは?」
 「それが、いなくなっちゃって……」
 ヘキが額に眉を寄せた。
 「……なら探した方がいい。…みんなが君みたいにお人好しじゃないんだ。見つかったら、ただじゃ済まない……」
 「う、うん。でも……ヘキ君はダメって言わないんだ」
 「…別に、僕は任務に支障をきたさなければ構わない」
 「そ、そう……」
 ヘキ君の価値観って不思議だなぁ……、クレスはそう思ったが口には出さないでおいた。



 「アイちゃん、いる?」
 クレスは資料室の扉をノックした。
 
 「……クレス?」
 心なしか声に元気がない。どうしたんだろう……?
 クレスが疑問に思っていると、ようやく扉が開いた。泣きそうな顔をしたアイが顔を出す。
 「ど、どうしたの!?アイちゃん!」
 「……中を見て……あの犬っころ、見つけたらただじゃおかないんだから……」
 
 クレスが中 を覗くと、グチャグチャになった資料が散乱している。
 「アイちゃん、これ……どうしたの?」
 「……犬よ。変なピンクの犬が部屋に入ってきたから捕まえようと したら、散々逃げ回ってこの有様。はぁ、どうしよう……」
 アイはがっくりと膝をついた。ピンクの犬という言葉にリュートが反応する。
 「あ、アイちゃん。片 付けなら僕も手伝うから、そのピンクの犬って……」
 「片付けなんていいの!それより原稿が……」
 「……原稿?」
 ハッとしたようにアイが口をつぐむ。一瞬部 屋の中の空気が固まった。
 
 「……原稿?これ……?」
 ヘキが手近の紙を拾い上げる。隣にいたリュートもそれを覗き込んだ。
 「……まじょっこえるたん……?」
 「ダメ――――っ!!」
 アイが叫び声を上げてそれを奪い取る。ヘキとアイは至近距離で向かい合った。
 「……ねぇ」
 「な、何?」
 「……その中に僕がいたよう な気がするんだけど」
 「き、気のせいよ……そ、それよりクレス、何の用だったの?」
 いきなり話を振られて、クレスは我に返った。
 「あっ、そうそう。…アイちゃん、そのピンクの犬って……」
 「ああ、それがわかんないんだよねー。扉は閉まってたのに、どこから入り込んでどこから逃げ出したのか……」
 ドアの隙間からだよ……。
 クレスは心の中で呟 いたが、当然声には出さなかった。

 「じゃあ、アイちゃん。そのピンクの犬、見かけたら教えてくれない?」
 「クレス達も探してるの?わかった。クレス達が見 つけた時も私に教えてね。一発辞書でぶん殴ってやらないと……」
 資料室のドアが閉まった。
 「コニー、どこに行ったんだろう……」
 「アイちゃんより先に見つ けないとね……」
 暗くなる二人を尻目に、ヘキは淡々と言った。
 「……別に大丈夫じゃない?辞書で殴られても……『ぐにゅっ』てなるだけ……」



 基地内を隈 無く探したが、コニーは見つからなかった。
 そもそも変形してしまうのだ。
 地球の生物ではない、エイリアンならではの特長、正に『特徴』というより『特長』だ。
 結局、三人では手が足りず増援を頼むことにしたのだが……。

 「……別にいいぜ」
 「えっ、いいの?」
 クレスの言葉に、男は不満そうに声を上げた。
 「なんだよ、お前らが手伝えって言ってきたんだろが」
 「う、うん。そうなんだけど……」
 まさか素直に手伝ってくれるとは……。
 クレスは男――エミリオ・エストをじっと見つめた。

 「そうだリュート、お前、アランの奴も誘うつもりだろ?……やめとけ」
 「えっ、どうして?」
 「どうしてって……あいつは真面目だから、エイリアンのペットなんて許すわけねぇだろ?」
 「あっ……うん」
 リュートが下を向いて答えた。
 
 「そ、それじゃあ、私とリュート君は下から、エミリオ君とヘキ君は上からもう一度探すって事でいい?」
 「……彼と?」
 ここでヘキが初めて声を上げた。そのままゆっくりとエミリオを見上げる。
 「なんだよ、俺とじゃ不満か?それともクレスの方がいいってか?」
 「別にそんなんじゃない」
 珍しくヘキが強い口調で言った。エミリオをじっと見つめながら話を続ける。
 
 「……僕はそんなことは気にしないし、行動に支障が出なければ誰と一緒でも構わない。……クレスと一緒なら、行動に支障が出ることはないだろうけ ど……」
 「なんだよ、俺が足手纏いだって言いたいのか」
 「……誰もそんなことは言ってない。ちゃんと話し聞いてた?」
 「てめぇ……」
 気まずい空気が二人の間に流れる。
 そこにリュートが割って入った。

 「二人とも止めてよ!……元はといえば、僕が悪いんだし……」
 「リュート君……」
 リュートの声に反応して、二人はピタリと言い争いを止めた。
 さすがにいつもエミリオとアランの間を取り持っているだけの事はある。
 人徳というか貫禄というか……もっとも、決して怒らせてはいけないという、隊員達の間での暗黙の了解も関係しているかもしれないが……。

 「……今のはお前が謝る事じゃねぇだろ」
 「……そう、今のは別に君が悪いわけじゃない」 
 諍いが納まったのを見て、クレスは改めて二人に告げる。
 「それじゃ、探し終わったら食堂に集合ね」



 「うわー!可愛いですね!!」
 「な、ナツミさん。危ないですよ……」
 給湯室の方から声が聞こえた。

 「まさか……」
 二人は 慌てて駆け寄ると、そっと中の様子を伺った。
 給湯室の中には二つの人影――ナツミ・ミカミ、ナターシャ・シェストフが騒いでいる。
 その二人の足元には……。
 「コ、コニ……ムガッ……」
 「リュート君っ、声出しちゃダメだよ」
 叫んで駆け寄ろうとしたリュートの口を押さえて、クレスは素早く囁いた。
 そのまま、入り口の近くから引き離す。

 「そうだ!この犬、牛乳飲むんじゃないですか?」
 「えっ、これって犬……」
 「はい、どうぞ!」
 「ナ、ナツミさん!それはクレンザーです!」
 ナターシャの叫び声が聞こえる。

 「……まずいよ、クレス。このままだとエルグラントさんの二の舞だよ」
 「そんなこと言っても、飛び出す訳にはいかないし……」
 「そうだっ!」
 リュートは懐を探ると、長い棒のようなものを取り出した。
 「リュート君、それって……」
 「うん、結構得意なんだ」
 リュートはニッコリ笑うと、笛に口に付けた。

 流れるようなメロディがそこから溢れてくる。
 反響しているわけではないのに、体を包んでいくような優しい音。
 その澄み切った音色を聴いただけで、クレスにもリュートの演奏は相当なレベルであることは理解できた。

 「あ、あれっ……?」
 音に反応するようにして、コニーが辺りを見回す。
 一際柔らかな音が響き渡ると、コニーはいきなり走りだした。
 ナツミの手を擦り抜けるようにして、給湯室から飛び出す。
 
 「……リュート君……まさかそれで……」
 操ってるの?そう尋ねる前に、リュートは得意そうに笑った。



 給湯室を飛び出したコニーは、二階ホールにたたずんでいた。何かを探すように辺りを見回している。
 「コニー!僕だよ!!さぁ、おいで……」
 「これでようやく……」
 そう呟いたクレスの耳に、大きな叫び声が飛び込んできた。
 
 「……まさか、エイリアンか!」
 「あの声は……」
 クレスとリュートは声のした方に向き直った。
 「リュート君!」
 「マズイよ、クレス。どうしよう……」
 リュートの指差した先には、ギャラクシア司令であるエルグランド・フォードの姿があった。
 既にスタンガンを取り出し、臨戦態勢に入っている。
 
 「誰かいないか!小型エイリアンが侵入している!!」
 このままでは誰かが声に気付いてやってくるだろう。その前に、コニーがエルグランドのスタンガンにやられてしまうかもしれない。
 エルグラントがスタンガンの電圧を上げた。
 ここからでも電流が流れているのが見える。

 「ああ、コニー。今助けるからね!」
 リュートはブーメランを取り出した。
 「助けるって……ちょ、リュート君!?」
 「エルグランドさん、ごめんなさい!」
 「ちょっ、まっ、ええ!?ええええぇぇ!?」
 「待ってて、コニー!!」
 
 リュートの手からブーメランが放たれた。
 ブーメランは大きな弧を描き、エルグランドの視界に入らないように後ろに回り込む。
 そして……

 「ぐわっ」
 見事にコントロールされたブーメランはエルグランドの後頭部に命中した。
 予想外の衝撃だったのだろう、エルグランドはその場で気絶し倒れこむ。
 ブーメランは勢いを落とさず、リュートの手元にぴたりと戻ってきた。

 「コニー!大丈夫かい!?」
 「え、エルグランドさん!大丈夫ですか?」
 クレスは慌てて、倒れたエルグランドに駆け寄る。
 「ああ、コニー!恐かったかい?ごめんね、もう大丈夫だよ」
 「ミィミィ」
 隣ではリュートがコニーを抱き締めていた。
 
 「エルグランドさん!エルグランドさん!しっかりしてください!」
 「……どいて」
 頭の上から声がした。
 いつの間にか、すぐ傍にヘキが立っている。

 「ヘキ君……」
 ヘキはしゃがみ込むと、エルグランドをじっと見つめた。
 「……大丈夫、気絶しているだけ。でも……よくないね」
 「えっ?」
 「……足音」
 「あっ……」
 あちらこちらから、人が駈けてくる足音が聞こえる。
 「……移動した方がいい。……彼とその犬が……厳罰を貰いたくなければ、ね……」
 「で、でも、どこへ……?」
 足音は四方から聞こえてくる。
 確かなことは、それらが確実に近づいているということだ。

 「……おい」
 「ひゃあ!?」
 いきなり後ろから声を掛けられ、クレスは飛び上がった。
 「……なんて声出してんだ、お前」
 「え、エミリオ君!」
 そこにはヘキと行動を共にしていたはずのエミリオの姿があった。



 「まったく、どういうつもりだい、リュート?君がこんな事をするなんて……」
 「……ごめん、アラン君」
 男――アラン・オブライエンの言葉に、リュートは下を向いたまま呟いた。

 「……ったく、何でこいつが居んだよ」
 「僕は君達を呼びにきたんだ、緊急召集だっていうのにいつまでも来ないからね」
 「緊急召集!?」
 「……あれだけ派手にやれば、当たり前だと思うけど」
 思わず声を上げたクレスに、ヘキが冷静に突っ込む。決して広くないリュートの部屋は、五人と一匹で一杯になっていた。

 「で、でもアラン君。コニーはいい子なんだよ!最近、お手も覚えたし、待ても伏せも出来るようになったんだ」
 「……そういう問題じゃないんだよ、リュート」
 アランが強い口調で言う。
 「僕達は何と戦っている?エイリアンだ。地球の皆の希望を背負っている僕達がエイリアンと共に生活なんて、許されるはずがないだろう?」
 「……バレなきゃいいじゃねぇか、それとも告げ口でもしようってのか?」
 「……見くびらないで欲しいな、エミリオ。僕が友達を売ると思うかい?これはそういう問題じゃないんだ。話を聞くかぎりじゃ、この犬は前の襲撃でやって きたのだろう?おとなしそうに見えても、危険な事に変わりはない」
 「……そんなに危険そうには見えないけど」
 ヘキの言葉に、アランは眉をひそめた。

 「……意外だね、君は規律を遵守するタイプだと思ったんだが……」
 「……僕は任務に支障が出なければそれでいい。それに……もう少し考えた方がいい。もしこの犬の事を報告したら、どうなるか……」
 「だからそれは僕もわかってる!友達だからこそ心配して……」
 「……彼の事じゃない」
 「……え?」
 ヘキの言葉に、一同は顔を見合わせた。
 当のリュートも目を丸くしている。

 「……彼はせいぜい訓告、それか始末書で済むと思う。今の状況を考えれば、一人でもガーディアンを失う訳にはいかない。……ただ、犬は別」
 「ヘキ君、それって……」
 「……エイリアンの生態はほとんど解っていない、そこに『人の言うことを聞くおとなしいエイリアン』が飛び込んできたら、考える事は一つだと思うけど」
 誰も口を開くことは出来なかった。
 リュートはコニーを抱き締めたままじっとヘキを見つめていたが、やがて口を開いた。

 「え、エルグラントさんはそんなこと……」
 「……確かに、彼はそんなことはしないかもしれない。……だけど、彼の上にもまた別の権力がある。彼らは自分にはない力を恐れ、そして目的の為なら手段 は問わない。……相手が人であっても、エイリアンであっても……」
 落ち着いて話すヘキの口調には説得力があった。

 「じ、じゃあ、やっぱり隠し通すしか……」
 「……今のままじゃ、それも厳しいと思う。彼一人じゃ限界がある……」
 ヘキは淡々と話す。
 「八方塞がり、か……」
 アランがポツリと呟いた。
 部屋の中が沈黙に包まれる。
 誰もが口を開きかけ、そのまま口をつぐんでしまう。永遠に時間が止まったような感覚。
 しかし、それを打ち破ったのは意外な人物だった。

 「……いいじゃねぇか、別に」
 エミリオがポツリと呟いた。
 「エミリオ君?」
 「……だから、いつまでもこんな事で悩んでんのが馬鹿みたいだって言ってんだよ」
 この言葉にアランが素早く反応した。

 「エミリオ!君はなんて事を言うんだ!!リュートがどんな気持ちで……」
 「だ・か・ら、こいつだけで世話できねえなら、出来るようにすりゃいいんだろ?」
 全員が呆気にとられたようにエミリオを見つめている。
 その空気を破ったのはクレスだった。
 
 「……そうだよ!一人じゃムリでも、皆で手伝えばなんとかなるかも」
 「クレス、そんな……悪いよ。僕が勝手にやってることなんだし……皆に迷惑を掛ける訳には……」
 予想していない展開だったのだろう。リュートが慌てたように言う。
 
 「……捕まる方が、よっぽど任務に支障が出る」
 ヘキがポツリと呟いた。
 「……そうだね、幾らエイリアンとはいえ、捕まった先の事を考えるとね。……リュートの事も考えれば、僕も賛成するよ」
 「……お前、人に気を遣うのもいいけど、どっちが迷惑かよく考えろ」
 アランとエミリオも続いた。
 「じゃあ、決まりだね。餌の時も見張りをつければ見つかりづらいだろうし」
 「……それより、部屋に運んだ方がいい」
 「確かに、犬を連れて歩くよりはその方が安全だろうね」
 「……ていうかこいつ、何食うんだ……?」
 「あの、みんな……」
 リュートの呟きは皆の言葉にかき消された。



 「見てよ、クレス!コニーったら、こんな餌も好きみたいなんだ」
 「え、餌……それが……?」
 その物体はどうにも餌には見えなかった。
 リュートはヘキと二人で、その『餌』をコニーに与えている。
 アランとエミリオは遠くからそれを眺めていた。

 「リュート君、それってどこから……」
 「これ?みんなが持ってきてくれたんだ」
 「みんな……?」
 クレスが振り向くと、アランとエミリオは素早く目を逸らした。
 「……聞きたい?」
 ヘキがポツリと呟く。
 何故か、あまり聞かない方がいい気がした。

 「……ううん」
 「……そう……それなら別にいいけど」
 気にするのは止めよう、些細な事だ。クレスは心に決めた。

 この犬が正式に仲間に認められる、ほんの少し前の物語――



 私は今日、望遠鏡を買った。
 息子は目を輝かせて、それを覗き込んでいる。
 私が手に入れた資料から、彼らの中に笛とブーメランを駆使し、エイリアンのパートナー持った少年が、確かに存在した事がわかる。
 後の記録によると、大戦終了後も少年は彼のパートナーと共に生き、共に暮らしたということである。
 決して相容れぬもの同士であった人間とエイリアン、『二人』はそこに新たな道を作り出した。
 
 その後の『二人』の人生が、幸深いものであったことを、私は切に願う。

 
 2952年 彼らが守ってくれた星の上で、彼らを守った星を見ながら……。
 
 END



原作
立華 由希氏 コニー捜索隊の夜
浅海 めめら氏 変な生き物メイキング